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第三十四話 伝えるべきなのは

「……今のは?」


 すっかりわたしのお腹を撫でるのが習慣ともなったブラン。今日も今日とてソファーで並んで座った状態から撫でていたところ、急に驚いたように手を離しました。


「胎動……ですね。中からお腹を蹴っているんです」


 いわゆる「安定期」に入ったところで悪阻も治まり、お腹の膨らみも一目で分かるようになっています。実はブランがどういった反応を見せるか内心で楽しみにしていたのですが予想以上に驚きがあったようです。今もまだ自身の手の平とわたしのお腹へ交互に視線を向けています。……そこまで怯えなくてもいいでしょうに。

 肝心の我が子は一度動き出したら勢いがついたのか続けざまに何度も蹴りだしました。


「とても元気みたい……ほら、ブランも」


 再び彼の手を腹部に当てさせ何度か起こった胎動をじっくりと体感させてあげました。この手の知識にも体験にも疎いのは分かっているのでこういった機会を逃さないようにさせています。

 お腹が動く度に挙動不審になる彼は何ともおかしなものでした。


「元気なのはいいことなのですが、あまりお父様を困らせてはいけませんよ?」


 わたしがお腹へそう語りかけていると彼はむず痒いような顔をしています。


「……まだ慣れませんか」

「いや、まぁ……そうだな」


 時々こうしてお腹の子へ話しかけているとブランはそわそわと妙に落ち着きがなくなります。……原因は分かっているのです。「お父様」と呼ばれることに戸惑いや気恥ずかしさがあるのでしょう。

 あと半年もすれば名実ともに父と呼ばれる事になるのですからそろそろ慣れてほしいものです。


「ブランも照れずにこの子に話しかけてください」

「……それに何の意味があると? まだ生まれてもいないというに」

「子供って胎内にいる時に話しかけたり音楽を聞かせてあげると元気に育つらしいですよ?」


 わたしもそれ程詳しくはないのですがどこかで聞きかじった知識を披露するとブランはどうも懐疑的でした。


「一体誰がそのような事を言い出したのやら」

「そこまでは……やってみても損はないからいいじゃないですか。それに意味が無かったとしてもいいんです! 話しかけてわたしが楽しいんですから」


 ふとした瞬間独り言のようについつい話しかけてしまうのですから意味があろうとなかろうとどうでもいい。言い切ったわたしに彼は目を細めて苦笑し身を屈めてお腹へ顔を寄せました。


「私が、お前の……父となる者だ。我が名はブラン、お前の母がくれた名だ」


 随分堅苦しい自己紹介から入るのですね。そういえば名付けてから名前を名乗る機会なんて実はこれが初めてなのでは……ブランが子供に何を語るのか、好奇心から敢えて口を挟まず彼の言葉に耳を傾けていました。


「精霊の力を得た人間であるお前は他者よりも苦しむ事が多いだろう、もしもそうなった時……恨むなら私を恨め」


 また、誤解されそうな事を言うんですから……全く。これでは子供が生まれてからきちんと意思疎通が出来るのか心配です。


「だから、母を恨むな。お前の母は自らの命を代償にお前を生む事を選び私はそれを止めなかった。……全ての責は私にある」


 ブランは生まれてもいない我が子に何を言うのでしょう。いずれ育てば自分が母の命を奪った原因であると知るのだから今から語るべき内容でもないでしょうに。


「己を誇れ。親の命と引き換えに生まれようと、お前は望まれてこの地に立つのだと」


 ひとしきり話し終えたブランが身体を起こすとその顔は満足したようで。横から見つめるわたしの視線に気づくと問い返すようにこちらを見てきました。


「何故、今そんな話を?」

「今くらいしか改めて話してやる余裕がない」

「生まれて大きく育ってからでもいいのでは?」

「……その頃にはとても話してやる事はできないだろうからな」


 当然の如く生まれた疑問は曖昧な笑みと共に流されました。ですが確かに彼の語った事はわたしこそ今の内に話しておくべきでしょう。

 今しか時間はないのですから。


「わたし、貴方が元気に産まれてくれたらそれで十分よ。わたしは貴方の誕生を心待ちにしているのだから」


 わたしのように役目が定められた訳でもなく、ただ望まれて生まれた子供として生きていってほしい。それがわたしがこの子に唯一望むこと。


「貴方のお父様は少し言葉が足りなくて分かりにくい話し方ばかりですが、とても優しい方なので安心するといいですよ」


 後は残された父子で仲良くしてくれたら満足です。


「フィナル……」

「子供相手だとわたしのように貴方の言葉を察してあげられないのですからね。理解する努力も必要ですが分かってもらう努力をブランもしてください」

「……心得ておこう」


 すると彼は再びお腹へ顔を寄せてきました。そうそう、たくさん話しかけてあげてください。


「お前の母親は単純で間抜けで騙されやすく迂闊で何をやらかすか分からんとんでもない発想の持ち主ではあるが、誰よりも心根が強く清らかな人間だ。……お前にも良い所が似るといいな」


 わたしは何と反応すればいいのでしょう。子供相手にわたしを貶しはじめたと思えば最後にそんな事を言うなんて。抗議をしづらくさせるなんてあまりにも卑怯です。

 火照る頬を押さえて彼を見やれば平然としているのが少し憎らしいくらい。やり返されるとこんなに気恥ずかしいなんて完全に予想外でした。


「言葉が少ないと言うので通常より遥かに多くの言葉を用いてみたがどうだ?」

「まぁ……いいと思いますよ。内容はともかくとして」


 少しだけやり返したくてわたしは彼の方へ倒れ込み、腿を枕にするよう横になりました。


「これは罰です。わたしの気が済むまで枕になるのです」

「……このままでは私もお前も家事が出来んが」

「たまにはお休みします!」

「……仕方ない」


 彼のマントがわたしに掛けられ、その上から肩を、背中を、頭を撫でられていきます。その心地よさにいつしかわたしは眠りに誘われていきました。


「……ナル、……しが消え……頼む……」


 何やら彼が囁き掛けていたようですが睡魔に囚われたわたしの耳にはまともに届かず。次に目が覚めた時はブランも眠っていて夕焼けの強い西日が窓からわたしたちを照らしていたのでした。

 ……あと何度こういった時間を過ごせるでしょう。



 ――わたしの死ぬ日まで残り約五か月――

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