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第三十二話 隠し事

 翌朝一人で目覚めたわたしは身支度を整えてブランが戻ってくるのを待ちました。

 ブランは一体何を話すつもりなのか、それで彼らが納得してくれるのか、気になって仕方がないのに何も出来る事が無い現状が余計にわたしを不安にさせました。


「こんなに心配掛けて……貴方もお父様に文句が言えたらいいのにね」


 そっとお腹に手を置いてみてもまだ何の兆候も見られないけれど、確実に存在する娘に話しかけて気を紛らわせることにします。この子はどちらに似るのでしょう。父親似ならわたしとは正反対の長身の美人になってくれるかもしれない、わたし似ならまた黒髪でしょう。


「わたしに似たらブランは可愛がってくれるでしょうか、それとも自分に似た方が嬉しいのかも……」


 ブランがどんな顔をして子供の相手をするか想像してみると思いの他楽しくていつの間にか不安な気持ちは消え失せていました。……そこに自分がいないという現実は見ない振りをして。


「フィナル、今戻った」

「お帰りなさい。……皆一緒なんですか?」


 想像で楽しんでいるところへブランの帰宅に気付きました。ブランだけではなく、彼の背後にはグリスとルージュまで揃っています。もしかして話が終わらなくてここで続きを行うつもりなのでしょうか。

 わたしが様子を窺っているとブランに促された彼らが一歩前に出てきました。


「……勝手な真似して悪かったな」

「ごめんね」


 なんと揃ってわたしに謝罪をしたのです。ルージュはともかく頑なだったグリスがここまで素直に詫びるなんてブランは一体彼らに何を話したのでしょうか。


「え、いえ、結局はわたしの為を思ってくれたことですし、被害はありませんでしたし……ブランに何かされました?」

「別に何もしていない。話をしただけだ」


 あまりにも疑わしくてついブランの方を見てしまいましたがわたしの方が睨まれてしまいました。


「こやつらもお前が子を産むまでの間協力する事になった。何でも頼めばいい」


 ブランはそう言うものの、彼らの表情は自ら望んでとは言い難い微妙なものです。


「あの、不本意でしたら無理にお手伝いしてもらわなくても……」

「別に嫌な訳じゃねぇよ」

「ただちょっとね……こっちも色々と複雑なのよ」


 そう言われてしまうと助かるのは事実なので断る必要もありません。……やはり死にゆく人間の死の理由そのものを手助けするのは彼らにとっても気分のいいものではないのでしょう。


「できれば生まれた後も見守ってくれますか?」


 産まれた後はここで過ごすのですから彼らに疎んじて欲しくなくて、細やかなお願いのつもりで口にした言葉。何故かブランも、グリスも、ルージュも一瞬黙り込みました。


「……わたし、そこまで無理なお願いをしてしまいましたか?」

「無理と言うか何と言うか……」

「ちょっとそれは明言できないわね……悪いけど」


 口籠る彼らに不安になってきました。もし産まれても彼らに冷たく当たられてしまったら。出来ればわたしの代わりに可愛がってほしいというのは欲張り過ぎだったのでしょうか。

 わたしが落ち込んでいるといつの間にか隣にブランが寄り添い、肩に手を置いてきました。


「ここでそれを口にしてしまえば守護を約束した事になる……流石に三体の精霊からの守護は過剰というものだろう」

「あ……」

「少なくとも子が育つまでは私が守ってやれる、それで我慢しておけ」


 迂闊なお願いをしてしまった事に内心で反省しつつも、子供を守ると改めて皆の前で宣言してくれたブランの言葉に嬉しくなって笑みが零れます。


「ブランがいるのなら何の心配も要りませんね」

「当然だ」


 互いの視線が合って、彼もまた自信ありげに笑っていました。……わたしがグリス達の存在を思い出すまで。


「……目の前で盛るのだけはやめてくれよ」

「な、お、おかしな事を言わないでください! そんな事しません!」

「全くだ。無防備な姿を迂闊に晒せるか」

「問題はそこではありませんから!」


 大声を出すわたしを苦笑して見ているグリスとルージュ、悪びれない態度のブラン、このような雰囲気はどれくらい振りでしょう。

 寿命を知ったあの日から、内容はその都度変われどずっと思い悩む事ばかりでした。

 先の事を考えるとまだ少し恐ろしくなるけれど彼らといる時だけはそれを忘れたい。


「これからも、思い出を作っていきましょうね」


 わたしは出産のその日まで、後悔のないように生きるのみなのだから。



 ……そんな決意をしたというのに、あれから数日経つとどうも彼らの行動が不審なものとなりました。

 常にわたしの側にいたブランは度々出かけるようになり、グリスとルージュはブランが不在の時にやって来ては彼に代わってわたしの手助けをしてくれます。三者が一堂に揃う機会も無くてこれでは思い出作りも何もありません。

 それぞれに聞いてみても「やることがある」「野暮用」そればかりでまともに説明もなくて、どうにも気になってしまいます。


「あら、手が止まってるけど疲れたの? 休憩する?」


 考えに耽っていると今日の付き添いのルージュが声を掛けてきました。いけない、子供の為の服を作っていたのにすっかり忘れていました。


「えっと……ではそうします」


 布地をテーブルに置いて一息つきました。わたしが魔力から直接作れば一つ一つ縫い上げる必要もないのですが、産まれたばかりの子供に黒尽くめの服は流石に可哀想でブランにお願いして大量に提供してもらった白い布を使っています。……わたしの布では産まれた瞬間に消えてしまいますし。

 お茶の入れ方を習得したルージュがわたしの為に用意してくれた紅茶を口にして再び思考はブランの事へ移りました。


「ブランは今日も遅くなるのですね……」

「ん、まぁアイツも忙しいのよ」


 いつも同じ返答。ここまで来ると何かを隠しているとしか思えません。精霊は嘘を言わないのなら質問の仕方から考えないといつまで経っても正解に辿り着けずに終わってしまいます。


「忙しいとは、何がそこまで忙しいのですか?」


 続けて質問をするとルージュはにこりとした笑みを崩さずに対応してきます。グリスなら面倒そうに、ブランなら一言で話を切り捨てて終わり。

 ……この中ならルージュの方がまだ攻めやすそうです。


「それはまぁ色々と」

「その色々を教えてほしいのですが」

「……聞いてどうするの?」


 ルージュが僅かに警戒してきました。今まではすぐに引き下がっていましたが今回は負けません!


「わたしは彼のつ、妻なんですから知っておくべきだと思うのです」


 ……改めて言うとまだ少し照れが残ります。


「人間の夫婦間でも相手に全てを晒してる訳じゃないんでしょう? 妻だから、ってのはちょっと理由にならないわね」

「……わたしに言えないような話ですか?」


 目に見えてルージュが反応しました。どうやら核心に迫って来たようです。


「ブランに口止めされているのですか?」

「……これ以上は勘弁してちょうだい」


 続けて問うととうとうルージュが折れました。


「アタシはアイツに『絶対話さない』って約束してるんだからお嬢ちゃんが何を言おうと説明はする気ないわ」

「……余程わたしに知られたくないのですね」

「お嬢ちゃんがそうやって周りの事を気にして追及するのは良い所でもあるけど悪い所でもあるわね」


 彼女が苦笑するとそっとわたしの頭に手を置いて軽く撫でられました。


「今更アイツがお嬢ちゃんを蔑ろにする訳ないでしょう? アイツにはアイツの考えがあるんだからもう少しドンと構えてたらいいのよ」


 ……何だか誤魔化されたような気がします。けれどこれで彼が何かを隠していることは確信できました。

 いつか話してくれるのかそれとも死ぬまで黙ったままなのか、もう少しだけ待ってあげましょう。


 ――わたしの死ぬ日まで残り約十か月――

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