第三十一話 わたしの願い
この結界は精霊に限らず中に入ったものを封じるもの。あの日のものと似ていますが性能も範囲も大違いです。……ブランは恐らく前回のように力任せに壊そうとしたのでしょう、格下のものならそれでよくても自分と同等の精霊相手では使えない手段です。中からブランが必死になって離れるように言ってきますがそれは聞かない振りをしました。
わたしが再び結界の壁に触れるとそれだけで強い反発を感じます。……まずは反撃を受けないよう、わたし自身に守りを掛け改めて結界に触れました。
「……大丈夫」
今度は何の抵抗もありません。するすると壁をなぞるように手を動かし結界の壁面を探っていきました。
「おい! 何やらかす気だ!」
後ろからグリスが叫ぶのが聞こえました。いけない! 結界に集中している今のわたしは無防備で力尽くで止めようと思えば簡単に結界から離されてしまいます。ここで邪魔をされてはブランを助け出せない。
「……?」
一瞬身を縮めて覚悟をしたものの何も起こりませんでした。振り返るとルージュが何やら頷いていて、グリスは探し物をしているかのように辺りを見回しています。
「今だけお嬢ちゃんを認識できなくしておいたから。直接助けてはやれないけどこのくらいはね」
「ルージュ……ありがとう」
彼女にも思うところがあったのでしょう。わたしの妨害をしないでいてくれるだけでありがたいのに出来る範囲で手助けしてくれる。難しい立場でしょうにそれだけでも十分です。
「とっとと諦めろよ……」
グリスがわたしを見つけられないまま座り込みました。彼もこうなれば止める気はないようです。邪魔が入らない事に安堵しやろうとしていたことを続行しました。
「……見つけた」
黙々と壁を調べていき、わたしは探していたものに辿り着きました。
結界の起点。
ただの壁にしか見えないけれど分かるのはグリスから結界の作り方や仕組みを教わっていたから。ここに強い衝撃を与えればきっと。
「うっ……!」
触れた途端今までとは違う強い力が全身に流れ込んできました。わたしの作った守りでは防ぎきれない威力の反発が起こり、思わず手を離してしまいます。
「フィナル! もう戻れ!」
ブランが怒りを通り越して悲痛な顔になっていました。ですがここまで来て諦められません。
「ブランがいなきゃ……意味がないんです……」
子供が欲しかったのは自分の為だけではなくてブランの為でもあるのだから。それに母親がいないだけならまだしも父親不在だなんてこの子が可哀想だから。
弾かれそうになるのを無理矢理押さえつけて起点となる場所へ魔力を注ぎ続けました。
「絶対、出してあげます!」
残りの魔力を一気にぶつけたその時、壁に亀裂が入ったかと思うと氷のような音を立てて崩れ去りました。
「本当にやりやがった……だからこいつに時間をやりたくなかったんだ」
グリスが呆れたような声で呟くのが聞こえます。割れた結界の欠片はすぐに消えてわたしはやっとブランの元へ辿り着けました。
「随分と無茶をする……身体は何ともないか?」
「少し疲れただけ……それより、グリス達は……」
緊張の糸が切れたわたしが座り込むとすぐにブランがわたしを支えてくれました。今回は一見わたし達がグリス達の企みを破ったように見えても偶然の結果に加えてルージュの協力もあってのこと。また同じような事を計画されては次は抵抗は難しいでしょう……そうならない為に今この場で、彼らに心から納得してもらわなければ次はありません。
「……何でそこまでして奴と奴の子にこだわる。自分自身の命より大事なものなんかある訳ないだろ」
「お前は何も反省していないのか……」
グリスの言葉にブランが殺気立つのがわかりました。このままではいけない、仲間である彼らが争うなんて見ていられない。
「グリス……今まで貴方が見て来た人間は自分の命が最優先な人間ばかりだったかもしれない」
これは否定できない事実。狭い環境で十九年生きて来た自分と、数百年数千年世界を見て来た彼とでは経験が違うのだから。
「でもこうは考えたことは無い? 命より大事なものを失ってしまったから、最後に望むのはそれしかないんだって……長く生きていればまた大事なものを見つけられるかもしれないと希望を持っているかもしれないって……」
わたし以外の、精霊達が息を呑むのが分かりました。
「自分の命に代えても何かを成す人はすぐに死んでしまうから今まで貴方が目にしなかっただけ、人間は決して命だけに執着するものじゃないって分かって……」
様々な人間と接する機会の多いルージュ、人間とそもそも関わりの少なかったブランに比べるとグリスが最も偏った人間とばかり接してきたのでしょう。だから彼はこんなにも頑なだった。
「お前の言いたい事は分かった。それでも……お前が死ぬのは納得できねぇ」
結局行き着く先は感情論になるのは仕方のないことかもしれません。わたしが選んだ道こそが感情的なものそのものですから、彼の言葉を否定できません。
「……お前達に話がある」
わたしが考えあぐねているとブランが彼らに言い放ちました。
「呼び出された理由が話があるとのことだったが、会って早々結界を仕掛けられたからな……私の方からもお前達に話したい事があった」
「ブラン!? まさか報復だなんてそんなこと……!」
「……お前は私を何だと思っているのだ」
話し合いとの名の付いた暴力的なものを想像してしまいましたが考えすぎだったようです。グリス達はというと怪訝な顔つきでこちらを窺っています。
「前回は私が何かを言う前にお前達が出て行ったのでな……この件に関して知らせておくべきだったと実感した」
「……まぁ、別に聞くだけならいいけどよ」
「それで納得するかどうかは別よ」
「ああ」
彼らの間で話が進んでいたかと思えば、ブランが突然こちらへ向いてわたしを抱き上げてきました。今の状況でその必要があるのか、戸惑うわたしを無視しています。
「まずはこれを家に戻してから、改めて集まろう」
「ええっ! わたしは仲間はずれですか!?」
「……身重の身体で、あれだけ魔力を使い、時刻は深夜。これでお前を更にいつまでかかるか分からん話し合いに付き合わせる気はない」
確かに実は疲れ切っていて立ち上がるのも億劫ではありましたが、自分に関わる話を任せきりにはしておけません。
「ですが……」
「ここで無理をしては元も子もない。大人しく寝ていろ」
「……わかりました」
結局のところ今のわたしでは抵抗も出来ないのだから言う通りにするしかありません。それでもこれだけは言っておかなくては気がすみませんでした。
「ブラン、ちゃんと仲直りしてくださいね。わたしが死んだ後、彼らとはこれからも長い時間を過ごすのですから」
無言で彼が頷くと同時にわたしは家へと戻され、寝かしつけられ、一人で朝を迎えることになりました。




