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第二十九話 精霊の力

 彼らに決別を宣言されてから数日が経ちました。

 ブランはわたしの家に住み着き片時も離れようとしませんしグリス達の方から会いに来る事もなく、ブランとわたしだけの時間を過ごしています。ブランはわたしの身体を労わりいつになく優しく接してくれていますがこのぬるま湯のような状況にわたしは強い違和感を覚えていました。


「……グリス達と仲直りしなくていいんですか?」


 寝台で共に横になり、わたしの髪を指に絡め手遊びをしていたブランにそっと尋ねました。


「……あちらが見限ったというのなら何も言う事はあるまい」

「ですが、ずっと一緒に過ごしてきた仲間なのでしょう?」


 わたしの問いに首を軽く振って否定する彼の表情は諦めの色が見て取れます。……人間が何度死んでやり直しても更に足りないくらいの長い時間を共にしてきた同族との決別は、少なからず彼にとっても感情が動くものであったようです。

 それでも彼は答えを変えません。


「それでも、意見が合わない以上どうする事も出来ん。……私は今更お前を手放したくはない」


 布団を顔まで掛けられ話はそれで打ち切られてしまいました。わたしが仲を取り持とうにも彼らに直接連絡が取れる訳でもなし、何よりブランが常に心配して付き従っているので行動を起こすことも難しくなっています。今夜も結論が出せずわたしの意識は睡魔に囚われ眠りに着きました。



 事態が動いたのはその次の日のこと。


「……呼び出された」


 夕食の席で唐突にブランがそんなことを口にします。誰に、と問うまでもないでしょう。


「きっとあちらも言い過ぎたと思って仲直りをしたくなったんですよ」

「……そう簡単に考えていいものか。私を亡き者にしようと考えているやもしれん」


 例え襲ってきても返り討ちにするが、と喜ぶわたしとは対称的に平然と恐ろしいことを言ってのけます。思念での会話はすぐに終わったようでその内容をわたしに教えてくれました。


「私単独で来い、との指定だ。……奴らはお前を気に入っていたから、巻き添えを喰らわせたくないという配慮か。やはり戦わなくてはならんか」

「そういう物騒な考えをしては駄目ですよ。人間には聞かせられない、見せられない何かがあるのかもしれないでしょう?」


 既に敵対する者として彼らを見るようになってしまったブランをどうにか宥め平和的な方向へ誘導していきます。


「しかし話だけなら思念で済むものをわざわざ呼び出すとは……何を企んでいるのやら」

「直接顔を見て話すのが大事なのはどこでも同じですよ。……もう少し彼らを信じてあげてください」


 わたしの言葉に感じるものがあったのかようやく彼もその気になり、静かに頷きました。そしてその夜更け、わたしが心配で離れ難い彼をグリス達の元へと送り出しわたしは一人部屋の中に取り残されました。

 ……あれ以来ブランが常に一緒なので一人で過ごす夜は久しぶりでした。解放感と共に僅かな寂しさを感じるようになったのはそのせいです。


「どうか仲直りができますように。グリス達がわたし達のことを納得してくれますように」


 どこで行われているかも分からない話し合いの成功を祈りつつわたしは寝台に潜り込んで彼の帰りを待たずに先に眠ることにします。飲まず食わずでいられる精霊同士ですから、下手をしたら数日掛かる事も考えられると事前にブランから伝えられているので素直に先に休むようその言いつけを守りました。


 ……眠りに落ちた筈のわたしが何かの気配に気づいたのは偶然でした。

 たまたま眠りが浅かったのか、微かに揺れる室内の空気を感じ取り部屋の中に何者かが存在する事を理解します。

 ここはブランを初めとした高位精霊が集まる場所として下位の精霊が近寄ることもない安全地帯。勿論人間など最初から存在しないとなればそこにいるのは即ち


「……ルージュ!?」


 てっきりブランが帰宅し、わたしを驚かそうとしているのだと思っていました。けれどそこにいたのは話し合いをしている筈のルージュで、ブランやグリスと一緒という訳でもありません。身を起こして視線を合わせたわたしに気付くと彼女は一瞬顔をしかめ、自然な動きで寝台に腰かけわたしへ手を伸ばしてきました。


「……寝てる間に事を済ませてあげたかったのに、何で気づかれちゃったのかしら」


 普段の陽気さ、穏やかさなど微塵も見せない鋭い瞳に背筋がぞくりと震え狭い寝台の上ながらわたしは僅かに後ずさります。


「ル、ルージュ? わたしに何かするつもりだったのですか?」


 彼女がわたしを害するような事はないとこの状況でも信じられます。だからこそ何のつもりなのかが想像つかなくて恐ろしい。

 わたしの問いに彼女は口元だけを歪ませそれが当然のように言い放ちました。


「何って……記憶を消しに来たのよ。お嬢ちゃんからアイツに関する事を全て」


 その言葉にわたしは思い出しました。そう、彼女は記憶と精神の精霊。以前街へ出かけた時に話してくれたのは記憶を消したり操作したりと……けれどそれは相手の同意があるか、意識の無い状態でないと行えなかったはず。


「こうして目覚めちゃったらお嬢ちゃんに記憶消去の同意をもらうしかないのよね……という訳でアイツの事忘れよう?」

「な、どうしてそんなことを」

「何でって、お嬢ちゃんが死ぬのはアイツが好きで、アイツ以外の相手が嫌だからでしょう? アイツの事さえ忘れてしまえば人間を相手にして生きていけるじゃない」


 彼女の言葉はまさしくその通りでした。全てはわたしの我儘に由来し、わたしが最初から彼への想いを封じていれば内心はともかく平和な関係でいられた。ブランは自覚することなくわたしをからかってくるだけの関係で、わたしは生きる為に人間との子供を持ちここで親子で暮らす。

 彼への気持ちを忘れることなど出来ないと思っていた、けれど彼女の力を借りれば何の苦痛も無く忘れられる……それはとても魅力的な提案だったでしょう。

 ……彼との子供がいない時でなら。


「お断りします」


 わたしが断ると思っていなかったのか、ルージュは驚愕の色を隠していません。わたしの肩を掴むとその勢いで詰め寄ってきました。


「何で!? 記憶を消すだけでいいのに。痛いことなんて何も無いんだから消してしまえばいいじゃない」


 記憶を消してしまえば忘れたことすら気付かずにいられるのだから、そうしないわたしが不可解なのは当然でしょう。そう出来なかったのはわたしに忘れられてしまったブランが辛い思いをするから、そして今はまだ小さな粒にもなっていない彼との子供を諦めなくてはいけないから。


「まだ小さいけれどブランとの子供がいるんです……この子を諦めて今更自分だけが生き残るなんてしたくない!」


 記憶を消せばお腹の子供はわたしを死なせる存在として彼らに処分されてしまうでしょう。その子を死なせておいて生きる為だけに別の子供を持つなんてことは絶対に出来ない。

 ルージュの視線に負けないようわたしも力を込めて彼女を睨み付けます。手荒な手段を取られたとしてもできる限りの抵抗をしてみせる、そう決意した時でした。


「……人間って本当に分からないものね」


 彼女が視線を逸らし呟くように言葉を漏らしました。


「これでも何千年も人間の理解に努めようとしてたんだけど、どいつもこいつも非合理的で非効率なことばかり言うのよ」

「ルージュ……」

「人間の頭の中が複雑過ぎて知りたくてそれでも接する度に分からない事ばかりが増えて。……お嬢ちゃんに何とか生きてほしくて頑張ったんだけど所詮精霊じゃ理解するなんて無理なのかしらね」

「それは違います!」


 自嘲する彼女がとても物悲しく見えて、声を掛けずにはいられませんでした。


「やり方に問題はあったとしても、わたしの為を思っての行為なんですから……それもわたしがブランの為を思うのと同じことです。精霊が人間を理解出来ないなんてありません!」


 誰かの為という気持ちに精霊も人間も違いはなくて、ただ常識や考え方で行き違いが起こってしまう。わたしの為にと来てくれたルージュを非難する気にはなれませんでした。


「……ありがとう」


 張り詰めた空気が緩んで、彼女とわたしの顔に微笑みが浮かびました。しかしルージュがわたしの記憶を消す為単独でここへ来たのなら、ブランとグリスで何をしているのでしょうか?


「ブランとグリスは今一体何を……」


 彼女に問うと、微笑みから一転わたしから目を逸らします。何かを知っているのは明らかで、それも言い難いことなのを察しました。


「ルージュ!」

「……アタシがお嬢ちゃんの記憶を消すのを邪魔されないよう、結界の中に閉じ込めてる」


 それでは危惧した通り、ブランが襲われているというのでしょうか。


「守りと破壊だからお互いの力は均衡してる。倒すことは出来なくても時間稼ぎにはなるからね……どっちかが力尽きるまで続くんじゃないかしら」


 それを聞いたわたしは咄嗟にマントを手にし、外へ駆け出していきました。

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