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第二十八話 対立

「う……」


 朝のまどろみの中、わたしは半覚醒状態にありながらも中々起き上がることができませんでした。

 何せ身体中に気怠さを感じ、一部痛むところもあって当分このままでいたいと堕落した事を考えてしまいます。けれど、それを許さない存在がわたしのすぐ隣で待ち構えていたのです。


「いつまで寝ている。早く起きろ」

「あ……おはようござ……ああっ!」


 頭上から降ってくる声に気付き、何度か瞬きをしてその身を起こしたところでわたしは今の自分の姿に……何も身に着けていないという事実に思い至りました。

 そうでした、早朝からブランが会いに来ることなんて今までなかったのに何故彼がいることを自然に受け入れてしまったのでしょう。

 ……昨夜あんなことをしてしまったというのに。それも自分からお願いして。

 裸なのもそうですが昨夜のあれこれを思い出すと恥ずかしくて顔が見られません。咄嗟にシーツを自分へ引き寄せるとそれを頭から被って寝台の隅で亀のようにうずくまって何とか心の平穏を取り戻そうと努めました。

 けど彼にとってはそれが不満なようで、無言でわたしからシーツを奪っていきました。


「きゃああ! 何をするんですかっ!」


 再び彼の前に裸を晒すことになってしまい、シーツは彼の手の中に収まったままで身体を隠すようなものが見つかりません。散らばった服は遠くにありオロオロと手で胸を隠すのが精一杯でした。


「昨夜は暗くて見えなかったのだから明るいところで見ようとしただけだ」

「だ、駄目です恥ずかしい!」

「今更恥じらうような関係か?」


 それはそうですけど! もう少し雰囲気とか空気を読んで……ブラン相手に無理な話でした。


「……恐らくこれが最後なのだから、見せてくれても構わないと思ったのだが」

「う……」


 それを言われると嫌とは言い辛くなるのに少し卑怯ではないでしょうか。


「そ、そんな事を言っても自分は服を着てから言うなんて卑怯です!」

「お前が裸で寝て、早く起きなかったのが悪い。それともお前も私の裸が見たかったのか?」


 それなら今からでも、と服を脱ぎ始めたブランを慌てて止めようとしたら捕まってしまいました。……まさか最初からこのつもりで!?


「朝から騒々しい……もう少し淑やかに出来ないものか」

「誰がそうさせているんですか!」


 彼の腕に収まりようやくそこでシーツを取り戻すことができて少しずつ落ち着いてきました。昨夜の事があっても普段通りのやり取りができることに密かに安堵してもいます。


「ブラン、今日グリスとルージュにも昨日の話をしようと思うんです」


 元々グリスが知らせようとしたからその前にブランにだけは直接伝えたくて呼び出したのです。ルージュはまだ何も知りませんしグリスにだってわたしが決めた事を伝えなくてはなりません。彼にはこの数日の間散々迷惑を掛けてしまいましたから。


「話……?ああ、お前が私の」

「そこまでは言わなくていいんですっ」

「……妻となった事を言わなくては、と思ったのだが」


 ブランが何を言うつもりなのか焦って思わず止めてしまいましたが、その口から出たのは思いも寄らないものでした。妻? わたしが、ブランの妻?


「……妙な顔をしてどうした」

「その、わたし、ブランの妻って……」

「昨夜は恋人だと言っていたが、よく考えれば子を持つような間柄なら夫婦の方が正しいと思ったのだが……お前は嫌なのか?」


 確かに彼のいう事も尤もです。ですが人間と精霊との違いにこだわる彼なら正式に認められた訳でもないわたし達にそんな関係を当てはめるなんてしないと思っていました。

 彼の妻となれるのならこんなに嬉しいことはありません。


「いいえ、貴方の妻になれてとても嬉しい」

「そうか」


 わたしから彼の首に腕を回すとそのままどちらともなく互いの顔が近付いて、口づけを交わしました。

 ……わたしが服を着る事が出来たのはもう少し後のこと。



 部屋の中は重苦しい雰囲気が漂っていました。

 その主たる原因はグリス。彼だけが難しい顔でわたしとブランの二人を睨むように見ているのです。


「ちょっとちょっと、珍しく全員揃ったと思ったら何よこの空気」


 この中でまだ何も知らないルージュだけがうんざりしたように辺りを見回しています。彼女にもとても良くしてもらいましたから一年後の事を伝えるのが心苦しく思いますが話さずにいることは出来ません。


「実は……」


 意を決してわたしは全てを話しました。身体のこと、ブランとの関係、今後のことを。尚この話の間ブランには口を開かないように言いつけてあります。彼が話すと余計な火種を生みそうな気がしましたから。


「ですから皆様には残り一年の間お世話になります」

「ふざけるなっ」


 話を終えたところで、グリスが大声を上げて立ち上がりました。怒りの色が露になっていて、そしてそれはグリスだけではなくルージュもそうだと気が付きました。


「折角助かる方法があって、どうしてそうなったんだ!」

「グリスには色々気にかけてもらってありがたかったのは本当です。それでもわたしはブランのことが……」

「俺が腹を立ててるのは小娘、お前だけじゃねぇ!」


 そしてグリスとブランの視線がぶつかり合いました。


「てめぇのことだ! 何で小娘に応じたんだ! てめぇが手出ししなきゃ小娘も諦めて生きる方を選んだかもしれねぇじゃねぇか!!」

「……お前には関係の無いことだ」

「関係ない、だと!?」


 ブランが零した一言で益々グリスが激昂し、胸倉に手を掛け一触即発の雰囲気でわたしが口を出すのも憚られるよう。視界の端でルージュが立ち上がったのが見えて彼女ならこの空気を何とかしてくれる、そう安堵しました。


「……アンタ、見損なったわ」


 けれどわたしの希望は儚く潰えて。彼女もまた見た事もないような冷たい瞳でブランを見ているだけでした。


「アタシ達はこの子のこと気に入ってるし、生きててほしいと思ってるのにアンタは自分の欲に負けてこの子の命を縮めたの? アンタもお嬢ちゃんを可愛がってると思ってたのに所詮自分が良ければ後の事はどうでもいいと思ってたの?」

「……」

「何とか言えよ!」


 激しく責め立てるグリス、静かに詰め寄るルージュ、されるがままのブラン。わたしが口を挟む隙など無くてその行く末を見ているだけしかできません。


「……もうアンタとはこれまでね」

「人間に惑わされるなんざ精霊の恥晒しが」


 吐き捨てるように言葉を残し、彼らは出て行ってしまいました。後に残されたわたし達は何も言えなくて長い間そのままでいたような気がします。


「ごめんなさいブラン……! わたしのせいで貴方が……」


 わたしが決めた事であれ程彼が責められるなんて想定していませんでした。グリスもルージュもわたしの想像以上にわたしを大切に想ってくれていたのでしょう、それ自体はとても嬉しいのにそれが原因でブランが責められるなんて。涙で視界が滲んできました。


「……お前のせいではない。私が決めてお前を受け入れた、全ては私に責任がある」

「ですが……」

「……お前は何も心配しなくていい、子を産むその日まで私の側にいればいいだけだ」


 彼はこんなにもわたしに優しいのに、その彼に対してわたしは何も出来ない。彼を頼るだけの自分が情けなく思えて堪えようとした涙は頬を伝っていきました。

 このままでいい筈はないのに何ができるのか思いつかなくてただただ、彼の胸に縋るしかできませんでした。

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