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閑話 闇の中に紛れて思うこと

 事を終えた仄暗い室内で、私は寝台から起き上がり己の衣服を整えた。

 隣には疲れ果てたのか生まれたままの姿で眠りについたフィナルがいて、外気に晒されたその肌に布団を被せてやる。規則正しく上下する胸の動きや繰り返される呼吸に生存を確信しほっと安堵の息を吐いた。


「……本当に、とんでもないことを考えるものだ」


 この数日間の悩みに決着が着いたはいいものの、新たな問題を抱え込むことになった今後に思いを馳せた。

 ……三日前の突然の拒絶に思った以上に衝撃を受けた己がいて、こちらからフィナルに会い辛かった為向こうからの招待はありがたかった。顔を合わせてしまえば通常の態度に戻れるだろうと招きに応じたのだが……誰がこのような展開となる事を予想できたであろうか。

 最初にあれの話を聞いて湧きあがったのは怒り。

 あれがいい加減な冗談を言うような者ではないという信頼はあったがそれでも信じ難く、性質の悪い冗談と切って捨ててしまった。それが偽りのない真実と知った時の私の衝撃は恐らくあれには分かるまい。

 生存する方法を聞いた時には喜びと苦しみが同時に私の心中を占め、取り乱した挙句突飛な行動に出てしまったのは自分自身で驚いた。


 ……それ以上のあれの行動で更に驚かされたが。


 自ら口づけを仕掛けてきた事もそうだが、死を覚悟しても貫くものが私への恋情だという事も。

 私がそれまで持っていた人間への印象を全て破壊されたように感じ説得できる言葉が浮かばない。そんな私の内心など知ってか知らずか更なる衝撃を叩きこんでくる。

 思わず怒鳴りつけてしまいやり過ぎたと思ったが、それだけは阻止したかった。

 精霊の魔力持ちの人間を増やすような行いに抵抗もあり、何より母を失った子が生きていける筈は無いと思っていたから敢えて不幸な運命の子を生み出させたくなかったのだ。

 だがそれもあれの一言で容赦なく粉砕された。


 私がいる、と。


 その言葉でフィナルが産むのは「精霊の子」ではなく「私の子」だとようやく気が付いた。

 精霊たる私が人の子の親になる……私自身では不安でしかないが、お前は信頼してくれているのだと思っても良いのだな?

 お前がそれだけの覚悟で自らの命を賭けるというのなら、私は必ずお前を生かしてみせる。

 ……他の何に代えても。



 そっとフィナルの肌に手を伸ばすと冷たさを感じたのか少し反応が見られた。温かな体温も胸の鼓動も、どちらも精霊には持ちえないもの。

 これまでは何とも思っていなかったが今はそれがとてつもなく欲しくて溜まらない。

 私が精霊でなければ何の問題も無かった。私が人間であればフィナルも子供も私も、共にいられる未来があった筈だ。あるいはフィナルが精霊なら……


「……馬鹿らしい」


 そこまで考えてあまりにも有り得ない想定に自嘲するしかなかった。私が精霊でフィナルが人間であったからこそ今があるというに、妄想にしても非現実的すぎる。

 ……そんな妄想に逃げそうになった今の己がたまらなく情けない。

 私も覚悟を決めたのだ、何をすべきかは知っている。迷う事など何一つない。

 ただ一つ懸念があるとするならば……こんな方法を取ったと知ればフィナルは腹を立てるであろうな。知られても実行するだけの話だが、どうかあまり恨まないでいてほしいものだ。


「お前が死を迎える瞬間まで、最も近き場所でお前を守ろう。滅びと破壊の精霊・ブランの名に於いてこの契約は絶対と化す」


 これは私だけが知る誓い。誰も覆す事は出来ない。


 ……フィナルが目覚めるまではまだ時間が掛かりそうだ。眠い訳ではないがそのまま寝台に潜り込むとフィナルが自然とすり寄って来た。腕の中に囲うと柔らかな肌の感触と体温が直接伝わってくる。そういえば暗がりでろくに見ることもできなかったなと思い出した。


「身も心も全て晒したのだから何の問題も無いな」


 目覚めた時の反応を楽しみにしつつ、私は一時の平穏をいつになく満ち足りた気持ちで過ごし朝を迎えたのだった。

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