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第二十七話 運命の日3

 口づけをしたのにそれでも離れ難くてお互い動こうとしません。

 今ではわたしも彼も背中に回した腕を解かずより多くの接触を求めているようで、静寂が支配する時間だけが過ぎていきました。けれどいつまでも黙ったままではいられないと最初に口を開いたのはブラン。薄く微笑むその姿はどこか満ち足りた様子を感じさせました。


「お前が私を愛していると言ってくれる、それで十分だ……これでお前が人間の元へ行こうとも耐えられる」

「……何を言っているのですか? わたしは貴方以外の男性の元へ行く気はありませんよ?」


 彼は何を聞いていたのでしょう。あれだけ気持ちを言葉でも行動でも伝えたのにわたしが人間の男性の元へ行くことになっている。問い質したいのはこちらですが彼の方が目を丸くして何か言いたそうにしていた為わたしは口を噤みました。


「正気か!?」


 相思相愛になった直後にこれだなんて、愛の言葉をもらうのも嬉しいのですがもう少し優しい言葉も掛けてほしいものです。


「わたしは至って正常です」

「それでは死んでしまうというに、何故己の事でそこまで平然としていられるのだ! お前とて以前死が恐ろしいと言っていたではないか」


 確かにそんな話をしたこともありました。今だって死ぬのが怖くない訳ではなくて、ただ覚悟を決めたからに過ぎないから。


「……賭けでした。もしもブランがわたしの寿命を知っても興味が無かったり、人間との間に子供を作ることに抵抗が無いようであれば何も言わず黙って生きる方法を選ぼうと」


 けど、彼は違った。わたしを求めてくれた。


「ブランが少しでも嫌だと感じたなら、死の瞬間まで貴方の側にいようと決めていました」


 結果としては想像以上のところへ収まりましたが。


「運命を呪い、泣くだけの段階は既に通り過ぎました……全て覚悟の上です」


 それに自分が生き永らえる為だけに愛情から生まれた訳ではない子供を生み出す事そのものが嫌でした。規模は違えど、それでは国が栄える為に生み出されたわたしと何の変りもありません。

 生まれた理由を知る事になる子供の絶望を考えると出来る事ならそんな真似はしたくない。


「しかしそれでは……余りにも短過ぎるではないか。ただでさえ短い寿命を更に縮めるなど……」

「言いましたよね? 命に代えても守りたいものや貫きたいものがあると。わたしにとっては貴方への愛がそうなんです」

「だが……」


 ……普段あれだけ自分に自信を持っている彼なのに、今日はずっと煮え切らない態度ばかり。わたしの命に関わる問題だからこそ慎重になっているのだとは思いますが今更考えを変える気はありませんのに。


「ブランがわたしを憐れんでくれるというのなら、わたしのお願いを叶えてくれますか?」

「……何だ」


 既に身構えられてしまっています。今まで無理難題を言った覚えはないというのに少し失礼ではないでしょうか。


「貴方の子供が欲しい」


 瞬間、ブランの顔色が変わりました。少し前の迷い、戸惑いの雰囲気は消え失せ怒りの色が露になったのが分かります。


「馬鹿か! それこそ確実に死んでしまうだろうが!!」


 ここまで声を荒げて怒られたのは初めてでした。その衝撃に一瞬身体が縮み上がります。けれどそれに対する言い分はわたしにもあるのですから、こちらからも言い返します。


「産まなくても死んでしまうのは同じです」


 言葉に詰まったところを更に畳みかけました。


「死ぬのなら、せめて愛する方との子供を残したいと思うのはそんなにおかしなことですか?」

「それは分かるが……生まれた子はどうなる。親も無く育つ程人間は強くあるまい。そもそも魔力を持って産まれた子がどうなるかはお前が身を以って知っている筈だ」


 彼のその疑問も尤もな話ですが、それに対する答えは既に持っています。


「ブランがいるでしょう?」


 今までわたしを守り、世話を焼いてくれたブランが子供をないがしろにする筈はない。わたしにしてくれたように、守り導いてくれると信じているからこんなことが言える。

 それに彼自身最初に出会った頃と比べても随分変わったように思えます。今の彼ならわたしの代わりに子供を愛してくれるでしょう。

 ……そして子供も父親に愛され父親を愛し、わたしの代わりに何十年も側にいてくれる。子供が寿命を迎えたら孫が、更にその子孫が。

 そうやってずっと彼の側にいてくれる存在を残したい。

 ……それもこれも全ては彼が受け入れてくれなければ始まらない話ではありますが。


「……ブラン?」


 わたしの言葉を聞いていたブランは、そこから急に考え込むような姿勢を取りました。眉間に深い皺が刻まれ苦悩の色が見て取れます。

 ……やはり精霊と人の世の秩序を保つ役目の彼にとっては危険な精霊の魔力持ちの人間を生み出す事自体が受け入れ難いのでしょうか。それとも「子供」という存在そのものが。

 だとしたらわたしは彼に応えられないお願いをしてしまったことになります。


「無理を言ってしまってごめんなさい。今のは聞かなかったことに……」

「いや、私も覚悟を決めた」


 発言を取り消そうとしたと同時に彼の言葉が被せられました。思い付きやその場の流れで決めたのではなく、真剣に考えた末の覚悟であるのならわたしも嬉しい。


「約束しよう、お前が死ぬ最後の瞬間まで側にいる。お前も子供も守り通す」


 精霊の誓約は絶対。彼がそう口にしたのならそれは必ず叶えられる。もう何も心配する事なんてない。


「……ありがとう。わたしの残り時間は一年もないけれど、その間ずっと一緒にいてくださいね」

「…………そう、だな」

「……?」


 最後、少しだけ言葉に詰まっていたのは何でしょうか? 何かの違和感を覚えたものの心当たりも無く首を傾げるだけでした。

 その事も気になるのですがそれよりも折角相思相愛になれたのならいい加減に彼に改めてもらう事があるのを思い出しました。


「ブラン、わたし達……その……恋人同士、とも言える関係になりましたよね?」

「……人間同士であればそうなるな」

「人間と精霊でも恋人でいいと思います。それより……名前で呼んでくれないのですか?」

「いきなり何だ」

「何か理由があるのかと思って今まで気にしない振りをしていましたが、『フィナリール』と貴方の声で呼んで欲しいのです。駄目だというのなら、せめて理由を教えてください」


 彼の顔が不機嫌なものへと変わりました。この話題でどうしてそんな表情になるのかがわかりません。それでも彼の目を見てじっと訴えかけると渋々といったように重苦しい口を開きました。


「……それは、お前を利用しようとした者共が呼んでいた名ではないか」

「はい、生まれた時からそう付けられた名前ですから」

「その名で呼べば人の世にいつまでも囚われる懸念があった。それと、あのような人間共と同じ名で呼びたくなかった。それだけだ」


 まさかそんな理由があったなんてわたしの予想外で、何て反応を返せばいいのでしょう。

 確かに初めの頃にそうやって名前で呼ばれていたらそれまでの幸せだった日常を思い出し、ここに馴染めなかったかもしれません。そんな彼の気遣いを今更ながら知らされて胸の内が暖かくなってきます。


「では、ブランがわたしに新しい名前を付けてくれたらそれで呼んでくれますか?」

「……私に名付けだと?」

「わたしも貴方に名前をあげたのですから、今度はブランが名付けてくれてもいいと思います」

「……急に無茶を言ってくれる」


 とは言いつつも真剣に考えてくれている様子。自分の名前すら思いつかないと早々に放棄して人任せだったブランも変われば変わるものです。


「フィナル」

「え?」

「思いつかん故元の名前を縮めたが……これでいいか?」

「……単純ですね」

「名付けなど初めてなのだから仕方ないであろうが。気に入らんならお前が考えろ」


 私自身の事は棚に上げてつい笑ってしまいましたが、ブランがわたしの為だけに考えてくれた名前。それだけで何よりも価値があるものですから気に入らない訳がありません。


「いいえ、ありがとうブラン。すごく嬉しい……」

「フィナル……」

「これからたくさん名前を呼んでください……最期まで」

「ああ」


 見つめ合い、久しぶりに穏やかな心持になれたところで突然彼が大きく動きました。


「えっ」


 彼に抱きかかえられるのは珍しいことではないのですが、その行き着く先は寝台でした。行動の意図が何となく予想が着きますが万が一違っていた時の事を考えると口には出せません。


「あの、ブラン……?」

「精霊が人間に魔力を与える方法はその種によって違う」


 わたしが質問しようとするのをあえて無視している彼は何やら語りだしました。


「粘体状の身体を持つ精霊なら人間の全身を包み込み体表面から少しずつ魔力を取り込ませる、虫の姿を持つ精霊なら針で刺してそこから魔力を注ぎ込む、大体はその姿から予想の着く方法だ」


 精霊の魔力を授かれば精霊の子が出来るとは知っていても、具体的な方法はそういえば聞いたことがありませんでした。彼の言う通りならば、もしかして。


「えっと……それなら人間の男性の姿をしたブランは……」

「……察しろ」


 恐る恐る問いかけたわたしの唇は彼に塞がれ、予想通りの方法で魔力を得て朝を迎える事になったのでした。


 後悔なんてしていない、わたしが望んだことだから。

 それでもこの日宿った子供に会えないという現実が痛みとは別に少しだけわたしに涙を流させました。

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