第二十六話 運命の日2
その言葉を聞いてわたしの内心は喜びに満ち溢れました。彼もわたしと同じ……生きたい、生きて欲しいという願いと相反する感情を持て余しているのだと。
「……馬鹿な事を言って悪かった。お前の命に口出しする権利などないというに」
ですがブランはわたしの内心に気付かず腕を解き離れようとします。なので今度はわたしから彼の胸にしがみつきました。わたしの行動が予想外だったのか彼の身体が一瞬びくりと動きます。
「馬鹿な事でも何でもありません。……わたしも同じですから」
「同じ? お前が何を悩むというのだ? 生きる術があるのならばそれを使わぬ手はなかろう?」
……やはり精霊にとって、人間とは生きる事に執着するものだという印象が拭えないのですね。
全てがそうではないというのに。
「人間は、時に自らの命に代えても守りたいもの、貫き通したいものを持つことがあります」
「お前にはそれがあると?」
「……はい」
一瞬の隙を突きました。平常時ならこんな不意討ちはとても成功しなかったでしょう。今は彼も混乱していて少し周囲に気を配る余裕がなかったから、わたしもこうして行動に移す勇気が持てたのです。
こちらに視線を合わせようと下を向いたブランの唇に、わたしの唇を重ねました。
「……!」
触れるその瞬間に間近で見た彼の瞳は動揺と戸惑いが明らかで、接触してから引き離す事も距離を詰める事もなくただ固まっています。
初めて、それも自分から交わした口づけはわたしの熱と彼の冷たさが合わさり溶け合うような感覚に包まれました。
涼を求めるようによりこちらから強くしがみついて離されまいとします。その間彼はされるがままでわたしから離れるまで動こうともしませんでした。
「……っはぁ」
離れた瞬間からお互い大きく息を吐いて呼吸をします。息をする事すら忘れていてそうでなければもっと長い時間あのままでいたことでしょう。今更ながら思い切った行動をしたものです……衝動的に動いてしまったので彼がどんな反応を返すか恐ろしくなってきました。
それでも恐る恐る顔を上げてみると、そこには目に見えてうろたえたブランの姿が。
「な、今のは、それよりも質問の答えが」
……予想以上に驚かせてしまったみたいですが、嫌悪されている様子はないのでほっと胸を撫で下ろします。ともかくこのままでは分かっていない彼に理解してもらえません。
「今のがわたしの答えです」
「だから、それがどういうことだと」
「愛する方がいるのに、他の男性に抱かれるのは嫌なんです」
ここまで行動して言葉でも伝えれば流石に分かってもらえるでしょう。そう考えたわたしはまだ精霊の視野が狭く頑迷な事を理解していなかったようです。
「お前がかつて婚約していたという者を慕っているのは理解した、が何故あのような行動に出る!?」
当のわたしですらほとんど忘れかけていたような事を何故思い出すのですか。
「違います!」
「何が違うと? お前が恋情を抱くような相手などそれくらいではないか。それとも以前人里に降りた時にでも見つけたか?」
「わたしの愛する方は目の前にいます」
一度離した距離を再び縮め、彼の首に腕を回しました。こんなに隙だらけなのは本当に珍しいものです。
「ブラン、貴方を愛しています」
これで理解してくれなかったらもう後はありません。わたしが振り絞った勇気をことごとく台無しにしてしまう彼ですが絶対に諦めたくはない。
……何度でも分かるまで繰り返すつもりでしたが、どうやらそのままの意味で曲解されず伝わったようです。
「私は精霊だぞ」
「知っています」
「ならば何故だ!」
「気が付いたら好きになっていたから仕方ないではありませんか!」
ここまで何とか泣かずに堪えていたのに、感情が昂って大声を出すと同時に涙がじわりと目の端に溜まってきました。
「口が悪くていつもわたしをからかってきて、好奇心旺盛で言葉が足りなくて、いつもわたしを守ってくれて文句を言いながらわたしの頼みをきいてくれるくらいお人よしで分かりづらい優しさを持つ貴方を愛しているんです!」
この一年ずっとブランと一緒だった。命を救われて、ここで暮らす為の手助けをしてくれて、生活が落ち着いてからも会いに来てくれて、いつからかは分からないけれど彼が側にいることを当たり前の幸せだと感じていた。
この気持ちを今更無かった事には出来ない。
「……泣くな」
彼の手がわたしの目元をなぞり、涙を拭ってくれました。……わたしが泣くと彼はいつも困ったような顔を見せてくる。
「お前が泣くと落ち着かんと言っているであろう」
「……全部ブランのせいです」
本当に、何もかもブランのせいですから。わたしが笑うのも泣くのも悩むのも全て。
「泣き止んでほしいのならわたしの質問に答えてください」
脅しの言葉に彼が警戒したような表情へ変わりました。先程からわたしの発言や行動が予想外過ぎて不安になっているのでしょう。ですがわたしがここまで自分の気持ちを告げたのですからそれに対する返答をもらわずにはいられません。
「貴方は、わたしをどう思っていますか?」
彼の瞳を見据えわたしは答えを待ちました。
「精霊は言葉を違えない」。常々彼が言う言葉。もしも嫌いだと、そういった対象として見られないと言われたらそれが彼の真実だから諦めるしかない。けれどもしそれ以外の答えだったら……
「……よく分からん」
……それではわたしの方こそ分かりません。この場を誤魔化して無かった事にしてしまうつもりなのでしょうか。
「それではいけません。きちんと答えてください」
「そう言われてもな……自分自身でも分からんものをどう口にしろと」
見つからない言葉を求めて彼の口が何度も開いたり閉じたりしています。誤魔化しではなくて真剣に答えてくれようとしているのが分かりました。
……少しくらいの助言をしてもいいですよね?
「ブラン、わたし貴方と一緒にいる時間がとても楽しくて、会えない日は会いたいと考えてしまって、触れたくて、触れられたいと思っています」
散々考え込んでいた彼がわたしの言葉に聞き入ります。
「……ブランはどうなのですか?」
「……同じだ」
わたしの言葉で、何を言いたいか、何を言えばいいのか掴めたのでしょう。それまでとは違い、少しずつではあるものの言葉が紡ぎ出されました。
「お前が私に抱いている感情とどこまで同じものかは分からんが、お前を見ていると目が離せない。触れたいと願う。怒った顔も笑った顔も常に私の心をかき乱してくる。何より手放したくない……お前も同じだというのなら、私はお前に恋情を抱いているのであろうな」
互いの視線が絡み合って、その瞳に籠った感情が真っ直ぐに伝わってきます。いつの間にか彼の腕がわたしを支えるように後頭部と腰に回っていて、離れられなくなっていました。
「……こんな時まで、分かりにくい言い回しはやめてください」
拗ねたようにわたしが言うと、小さく彼が笑みを浮かべました。
「愛している」
「もう一度言ってください」
「……愛している、誰よりも何よりも」
「……わたしも、貴方を愛しています」
目を閉じると、元々狭かった距離が更に無くなったのをわたしはその身で知ることになりました。




