第二十五話 運命の日
あれから三日間、誰にも会う事無くわたしは家に閉じ篭っていました。
一度自覚してしまえば思い当たる事の多すぎるブランへの好意に戸惑い、そしてそれが決して実る事はないという現実に打ちのめされ、どんな顔をして皆の前に出て行けばいいのか分かりません。ルージュはそこまで来訪の頻度は高くありませんでしたし、グリスはわたしが話す気にになるまで待っていてくれる。……ブランは、あんなひどいことを言ってしまったのですから来てくれなくて当然でしょう。来られても追い返すしかなくて余計に傷つけてしまうだけなのでそれでよかったのですが。
本当に、気づいてさえしまわなければわたしは渋々生きる為の方法を選べたでしょう。今となっては彼を想いながら他の方に抱かれる事に耐えられない。
けどこのまま迷っていてもいずれ死んでしまう。
決断ができないままいたずらに時間が過ぎゆくあるのをグリスは見逃してくれませんでした。
「おい、いつまでだんまり決め込んでる気だ?」
三日目になって扉を無理矢理開けて押し入って来た彼に詰め寄られました。
「お前には時間がねぇんだぞ! 何を迷ってやがる、自分が生き残る為ならどんな手段でも取るのが人間ってもんだろうが!」
グリスの言い分は正しい。彼も今まで生きてきて生に執着する人間を多く見てきたからこその言い分でしょう。でも今はその正論を聞くのが辛い。
「……これ以上俺は待たねぇ。明日、他のやつらにも知らせる」
「そんなっ……まだもう少し時間を……」
「もう散々待ってやった! ぐずぐずして子を産む前に限界が来たら意味がないだろうが!」
まだ覚悟も決断も出来ていないのに。グリスの言葉に反論も出来ずわたしはそれを受け入れるしかできない。
……もう、今までのようにはいられないのですね。
「では、グリスに一つお願いがあります」
彼の眉が動き、怪訝な表情でこちらへ向き直るのを確認してからわたしは口を開きました。
「今夜、ブランにわたしの部屋へ来るように伝えていただけませんか?」
「……別に構わないけど、奴だけでいいのか?」
「はい、ブランだけ」
わたしがブランを指定する理由が分からないのか不思議そうに聞いてきます。グリスにはブランへの感情を気付かれていないようでそこは安心しました。……もし気付かれていたら彼と会おうとするのを阻止する筈ですから。
「もしも彼が会う気がないと答えた場合は、無理強いはしないでください」
あれで嫌われてしまったというのなら逆に諦めも着きます。わたしの未来も運命も、全て今夜の結果次第。唯一人で戦場に出向くような心持ちでわたしは夜を待ちました。
音も無い夜更けに彼は現れました。
三日振りに彼に会うと、以前とは全く違う感情が湧きおこりまともに顔が見られません。なるべく表情を見られたくなくて敢えて明かりを少なくした薄暗い部屋で彼はただ黙って立っています。
「……来てくれないと思っていました」
「……顔を見たくないと言っておきながら呼び出すとはどういう風の吹き回しだ。それもこのような時間に」
わたしが座るように促しながら彼を迎えるといつものような皮肉めいた言い回しで少し安心します。こんな夜更けに会うのは初めてで、薄暗い中で見る彼は僅かな明かりを反射しその存在感を見せつけているようでした。
「この間は感情的になってごめんなさい。あの時は少し混乱していて、ブランのせいではないのに八つ当たりをしてしまいました」
わたしが謝罪すると彼は僅かに雰囲気を和らげたようでした。
「その為にわざわざ私を呼び出したのか、お前の妙な文句には慣れているのだから今更であろう?」
彼の言葉選びのおかしさにも随分慣れてしまってそこに込められた気遣いを分かってしまう。それがとても嬉しくて同時に苦しくもなる。
早く言わなければ。言葉を発しようにも喉の奥に何かが詰まったように息苦しく、浅い呼吸を何度も繰り返してはようやく彼と視線を合わせることが出来ました。
「それだけではありません……ブラン、わたし貴方にお話しなければならないことがあります」
「話などよりお前の方が気になるのだが。まだ体調不良は治っていないのか? 話とやらは後日聞いてやるからもう休め」
「今、どうしても話したいのです」
挙動不審なわたしを思いやって止めようとする彼を制し、再び口を開きました。もう後戻りは出来ない。
「わたし、一年後には死んでしまうそうです」
沈黙が辺りを支配しました。
確かに聞こえた筈なのに何も言ってくれません。彼の瞳は鋭くわたしを捉えたままでそこから目が離せずに見つめあったまま時間だけが過ぎていきました。
この空気を先に破ったのはブランの方で乱暴に椅子から立ち上がると立ったままわたしの肩を強く掴んできたのです。
「痛い……! ブラン、やめて……」
「下らぬ冗談などを言うからだ! 何を馬鹿なことを……」
彼が本当に怒っているというのがわたしにも伝わってきました。これが冗談だとしても怒りを覚える程わたしが死ぬような話を聞きたくないという事で、怒っている相手を前にしているのに嬉しくなってしまうわたしはどうかしているのだと思います。
「冗談でも、嘘でもありません。……わたしの残りの時間は一年にも満たないのですから」
再度、そう告げれば彼もわたしが本当の事を言っているのだと理解したようです。肩を掴む力が弱くなり瞳が不安げに揺れているのがわかりました。そしてそれはわたしも同様でしょう。
「グリスに診てもらった時に教えてもらいました。精霊の魔力が原因で衰弱しているのだと」
そしてグリスから聞いた原因と、解決方法があるという事を全て彼に話しました。……人間と子供を成さなければ生きられないという事も。
「本当はとても嫌ですが、それしか方法がないみたいです。だからわたしは……」
言いかけたわたしの言葉は途中で遮られる結果となりました。ブランが突然わたしを強く抱きしめてきたから。
「ブランっ……! 一体どうしたのですか?」
彼の接触には何かしらの意味がありました。こんな唐突に抱き締めてくるなんて今まで無かったことで言おうとした言葉も忘れてただただ驚きと同時に安心感に包まれました。その間にも回された腕に益々力が入り痛いくらいです。
「……私はお前には生きていて欲しいと考えている」
耳元で聞こえる彼の言葉に思わず安堵しました。よかった、彼もまたわたしが生きることを望んでくれている。それだけでもう十分です。
「だが、お前が人間の男のものになるという事が耐え難い苦痛に感じてしまう!」
それはどういう意味ですか?合理的で効率的な考えを好む筈の彼がどうして?
「お前の生を望む私と、お前を奪われたくないと考える私がいてこの矛盾が私でも何なのかよく分からん……お前が関わるとおかしな事ばかり考えてしまう」




