第二十四話 期限2
「……え?」
突然の関係のない話にわたしの思考が一瞬止まります。今はわたしの魔力や、それに伴う害について話していたはずでは?まだ事態が飲み込めていないわたしを前に彼は淡々と説明を続けていました。
「お前の一族は精霊と子を成すことでより強い魔力を蓄えてきた。……魔力が強過ぎるなら逆の事をすればいいだけの話だ、魔力の無い人間との間に子を作ればお前の魔力の大半が子に移る。子を産めば産む程お前の魔力は減り、最終的には普通の人間にも戻れるだろうよ」
「けど……それでは魔力を持って産まれた子供は一体どうなるのですか?」
「魔力の制御をして、死ぬまでに人間と子を作ればいい。それを繰り返していけば何世代か後には何の問題も無くなる」
彼の言う事は筋が通っていて、この方法ならば確かに少しずつ魔力は失われていくでしょう。条件だって決して不可能な無理難題という訳でもない、わたしが生きられる道がそこにある。
「お言葉ですが、わたしはここを出ていけないというのに人間のお相手を見つけるだなんてできません」
なのにわたしの口から出て来たのはそれを否定するような言葉。
「子を仕込むだけなら数日もあればいけるだろ? それくらいなら他の奴らだって見逃してくれんじゃねぇか」
「ですが……!」
わたしは何を言おうとしたのでしょう、慌てて自分の口を押さえてそれを堪えました。
自分の命が掛かっているというのに彼の言う方法がどうしても受け入れられなくて。愛してもいない男性との間に子供を作るくらいのこと、一年前に強制されそうだったこととほぼ同じ状況ではありませんか。それも今回の場合死ぬのではなく、むしろ生きる為の行いですのに。
どうして、こんなに胸が苦しくなるのですか
「とりあえずあいつらにも話を通しておくから、近々人里に行けるようになる筈だ。相手は適当に選んで……」
「待ってください!」
彼の言葉を遮るようにわたしは叫びました。何かを考えていた訳でもなく、ただ知られたくないと咄嗟の行動でした。
グリスはわたしが止めようとするのが予想外だったようで目を白黒させています。
「お願いします……どうか誰にも言わないで……」
わたしの懇願に彼は信じられないものを見るような目をしていました。
「は!? 何考えてんだ。もう時間の猶予はろくにねぇんだぞ?」
わたしの寿命が残り一年未満なら、今から子供を宿したとしてもかろうじて間に合うかといったところでしょう。そう考えると残された時間はあまりにも短い。
「分かっています! せめてもう少し考える時間をください。……自分の口から伝えたいのです」
考えても魔力に詳しい彼らより良い考えが浮かぶことなんて期待できません。どうしてもこの方法しかないというならば落ち着いてから伝えたい。
……それから異様に長く続いた沈黙を破ったのは彼の方でした。
「……あまり長いこと黙っててやれねぇぞ」
「構いません。きちんとわたしの口から説明します」
グリスが軽く息を吐くのが聞こえました。随分と時間を取らせてしまい、言いにくいことも言わせてしまい負担をかけてしまったようです。
「グリス、ありがとうございます。本当なら少し診察する程度でしたのに……」
ほんの軽い気持ちで頼んだ事から知ってしまった未来。知りたくなかったと思う反面知って良かったという気持ちもありました。選択すら与えらえなかったわたしの祖先と比べたら十分恵まれています。
「礼はいらねぇよ」
ぶっきらぼうな返事はいかにもグリスらしいところです。ふふ、と少しだけ笑ってしまいました。
立ち上がり背を向けた彼でしたが、出て行く時にわたしに向けた一言はわたしに重くのしかかるのでした。
「俺も、多分あいつらも、お前には死んでほしくねぇと思ってる。それを忘れるなよ」
一人きりになって、ようやくわたしは声を上げて泣くことができました。死にたくない、もっと生きていたいと。何度も命の危機に遭って、今ようやく穏やかで楽しい時間を過ごせているのに。毎日料理をしたり家事をしたり、遊びに来るブラン達と楽しくお喋りをしたり……そんな日常を過ごしてお婆さんになるまでここにいたい。
けど生きる為にはよく知りもしない男性との間に子供を作らなくてはならない。……政略結婚と似たようなものなのに、どうしてこんなに苦痛を感じてしまうの?
以前はわたしも王家に産まれたからにはそれを当然としていた筈なのに、男性に身を委ねる自分を想像するだけで背筋が凍るような嫌悪でいっぱいになってしまう。
「どうして……」
生きる為の唯一の方法を受け入れられない理由がわからない。
何故、どうして、頭の中がそのことで溢れていたからわたしが来訪者の存在に気付いた時には背後に彼が、ブランがいました。
「荒れているな、何があった」
わたしを気遣うような声音、いつもなら安心する彼の声、なのに今はわたしの涙を溢れさせる効果しかありません。
「何でもありませんっ……!」
「何もない筈が無かろう」
今はまだ会いたくないのに。早く出て行ってほしい。それを願って平静を装うも当然彼には気づかれてしまいます。彼の手がわたしの肩を掴んで声を掛けてきました。
「あ……」
熱い。体温なんてないはずなのに、彼の手が触れたところだけがとても熱く感じてしまう。嫌悪感も何も無く彼に触れられたその一点だけが熱を持ち始め心臓が激しく騒ぎ出す。
見も知らぬ方に触れられる想像だけでも怖気がするのにブランだとそんなことはなくて、むしろもっと触れてほしいとすら感じてしまう。
その瞬間、全てが繋がりました。
何故生きたいのか、何故グリスの方法が受け入れられないのか、何故ブランなら触れられる事に嫌悪が湧かないのか。それらの理由は一つに集約されていて、わたしはそれに気付いてしまった。
「駄目ですっ!」
肩に置かれた手を振り払い、顔が見えないようにしながら彼から距離を取りました。勢いがつき過ぎたせいで乱暴な方法になった為ブランが少し不機嫌になったのがわかります。けれど今はそれに構ってはいられません。
「帰ってください」
「何かは知らんが今のお前を放って置けるものか」
「それでも帰って! 今は貴方の顔を見たくない!!」
言い過ぎたと思った時は既に遅く、彼は怒るでも文句を言うでもなく、見た事もない顔をしていました。
「……悪かったな」
どうして目を伏せて痛みを堪えるような顔なんてしているのですか。いつものように文句を言ってくれたら安心出来るのに。
背を向け立ち去る彼の背中に一瞬縋りつきそうになりましたが、あんな言葉を言ってしまったわたしが今更何を言えばいいのでしょう。そのまま見送るしかできませんでした。
彼が去った後の部屋で膝から崩れ落ちるように座り込んで俯いたので床に涙の染みがいくつも作られます。わたしの呟きも涙のように染み込んで消えてしまえばいい。
「気付きたくなかった……」
彼を、ブランを愛しているなんて




