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第二十三話 期限

「……流石に不調が続いているのではないか?」


 このところめまいや立ちくらみが頻発していましたが、今日は熱を出してしまいました。ここでの暮らしで体力もつき、健康的な生活をしていましたから病気とは無縁でしたのに……。寝台に横たわるわたしの頭上から、ブランがこちらの様子を窺いながら額に濡れた布を置いてそう言ってきました。


「……たまたま疲れが重なっただけの話ですよ、大したことではありませんから」


 本当に少し熱が出たくらいで随分と大袈裟です。このくらい一晩眠ればすぐに治る筈ですのに。


「人間の病など私は知らんからな。放置して大事になる前に原因くらい突き止めておけ」


 今度は水差しの飲み口を口元へ運んできます。顔を横に向けて飲み口をくわえると緩く傾けられ少しずつ水が流れ込んできました。

 ……すっかり看病も手慣れたものですね。以前ブランがお酒を飲んで倒れ、看病した時の事を覚えていたのでしょうか。熱を持った今のわたしには時々触れる彼の手がとても冷たくて気持ちいい。


「……いっその事奴に任せてみるか」


 水差しを口元から離して彼が小さく呟きました。この場合の「奴」とは恐らくグリスの事でしょう。

 ……彼らはわたしが呼ぶ時には応えてくれますが、お互いを呼ぶ状況でも未だに名前を使いません。気に入らないということは今更ないと思いますが、少し気になります。それに……わたしの事も「フィナリール」と名前で呼んでくれた事もありません。いつも「お前」などと呼ばれるだけ。まさか忘れているなんてことは考えられませんからきっと何かしらのおかしな理由があるのでしょう。「長くて呼び辛い」といったところですかね。

 無理強いはしませんがわたしが死ぬまでの間に呼んでくれたら幸いです。


「グリスにですか?彼がわたしの為に力を使ってくれるとは思いませんが……」


 癒しの力に長けた彼ならどのような病でも治してしまえるでしょう。ですが彼は一個人の為に自分の力を使う事は嫌がっていた筈です。一度頼ってしまえばそれ以降も甘えが出てしまうので彼のその考えはわたしも正しいと思っており異論はありません。


「……少しくらいならば頼めばやってくれよう」

「そんな事お願いしていいのでしょうか」

「構わん。文句を言うようであれば私からも口添えしてやろう」

「あまり無理を言わないでくださいね」


 彼らが揉めている姿など見た事はありませんが、一言で命令するブランと一言で断るグリスの様子が容易に想像できてくすくすと笑いがこみ上げてくるのを止められませんでした。ブランもそれに気づくと面白くなさそうな顔でシーツを引き上げわたしの顔に被せてきました。


「今日のところはとりあえず寝ておけ。明日奴にここへ来るよう言っておこう、この際だ気になる箇所も診てもらえ」


 視界がシーツで覆われたわたしの頭上から聞こえた声に返事を返すと、やがてわたしは熱のもたらすだるさによって眠りへと誘われたのでした。



 次の日、熱が引いたわたしの所へグリスがやって来ました。


「本来ならこの俺が一個人相手に力を使うなんざ許される事じゃねぇからな。感謝しとけ」


 ブランが説得してくれたのか当の彼自身も協力する気があったのか、どちらかは不明ですがこうして要請に応えてくれた事はとても有り難く感じています。


「はい、わざわざわたしの為にありがとうございます」

「勘違いするな! 別にお前の為じゃねぇよ」


 即座に否定されてしまいました。口ではそのように言っても「わたしの体調を知る為」なのですから合っている筈ですのに。


「さっさと済ませて帰るからな」


 彼は顎で椅子のある場所を示し座る様促してきたので言われた通りにします。城にいた頃も定期的な診断を受けた事はありますが精霊の診断とはどのように行うのでしょう、少し緊張してきました。


「向きを変えて背中を向けろ」


 指示された通り椅子に横座りになると、背中に彼の手が置かれたのが分かりました。服越しでも伝わる冷たさに思わずびくりと身体が震えます。


「そのまま静かに……力を抜いて目を閉じろ」


 すると冷たい筈の手から、暖かな力が流れ込んできました。これが癒しの魔力というものでしょうか。背中から肩、二の腕、指先と浸透していく力にただ酔いしれます。安らいでいくわたしとは対称的に、グリスの方はどこか様子がおかしくなってきていますが。


「……何だコレ、妙だな」


 何か異常が見つかったのでしょうか? 魔力を流す手はそのままでぶつぶつと独り言を呟いているのが聞こえます。


「どういうことだ……これは……」


 不安を煽るような事を言うのは切実にやめてほしいのですが。わたしの内心なんていざ知らず、ようやく納得のいく答えが出たのか背中から手が離されます。あまりの心地よさに少し名残惜しく感じてしまいました。

わたしが振り返ると神妙な顔のグリスと向かい合う事になりました。……こんな顔をしたグリスなんて初めて見ます。


「……色々と話さなきゃならねぇ事はあるが、まずこれだけは言っておく」


 ごくりと、わたしの息を呑む音が聞こえる程の静けさの中彼はゆっくりと口を開き語りました。


「お前、このままじゃ一年も保たねぇぞ」


 彼の言葉の意図が分かりません。一年保たないとは、保存食の話なんてしていた覚えはないのですが……。理解出来ないわたしへ、いつもなら苛立ち混じりに説明してくれる彼の口が重いのは何故?


「お前の身体に宿る魔力は本来人間が持ってていいものじゃねぇ……それはお前の身体を蝕む毒のようなものだ」


 ……決して、良い話ではないのはもう分かります。ですがわたしは聞かなくてはならないのです、己の現実を。


「お前は人間の許容量を遥かに超える魔力を身に宿しながら、最近までまともに制御されず野放しだった。……その魔力が人間の弱い身体を少しずつ侵食しお前の命を縮めているんだ。このところ倒れたりしていたのは恐らくそのせいだな」


 それからは彼が説明をしてくれました。精霊は簡単に言えば魔力の塊が自我を持ったようなもので触れる事が出来たとしてもそれは血の通う肉体ではないと。つまり精霊の魔力を持つわたしの身体には無数の精霊が寄生しているのに近く、いずれは生命力の全てが魔力に取って代わられ生きていけなくなるのだと。産まれた頃からきちんと制御出来ていればここまでにはならなかったのだそうです。


「気づかなかった俺らが迂闊だった。人間の身体に精霊の魔力を宿した事例なんて俺だって初めてだから考えもしてなかったぜ……」


 グリスが髪をくしゃりと崩しながら吐き捨てるように呟いたのをわたしはただ聞くだけ。まだ実感が湧いていないせいでしょうか、グリスの様子を観察する余裕すら出てきました。


「けど、完全に手遅れって訳じゃない。助かる方法はある」

「本当ですか!」


 ここまで絶望的な話しか聞けていないわたしには彼のその言葉が闇夜の光明のように思えました。だから次に聞いた言葉はすぐには理解出来ませんでした。


「誰でもいい、人間との間に子を作れ」

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