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第二十二話 一年経ったら4

 わたしの言葉に彼は一瞬目を見開き、黙って続きを促します。


「魔力で人を傷つける方法を知ってしまった今、また同じような事があった時抑えきれるのか……今度こそ本当に人を殺めてしまうかもしれません。」


 先程も無意識の内に発露したのですからいずれ自分が意識する程でもない些細な感情にすら反応してしまいかねません。そんなつもりはないのに身近な存在を傷付けかねないのです。


「こんな力、欲しくなかった……」


 魔力の為に普通に産まれる事も無く、魔力のせいで命の危機を経て、魔力に翻弄されてばかりだというのにここに来てさらにわたしに試練を下すのですか。わたし個人が魔力を持ってよかった事なんて一つもないのに。


「……話をしよう」


 彼はわたしの話に何を言うでもなく、自分の話をしようと言うのです。やはり魔力を持つのが当たり前である彼らには理解し難い話だったのでしょう。ですがそれでも口を挟む事なく黙って聞いてくれる彼の存在は今のわたしにとってとても有り難いものでした。


「私は人間と関わる事なく過ごしてきた、何故か分かるか?」

「……人間に興味が無かったから?」


 彼の問いにわたしが答えると軽く首を振ってその答えを否定しました。


「逆だ。私が人間へ関心を持たないように、だ」

「どういう意味ですか?」

「精霊の力については以前話した通り、各方向に特化した分野というものがある。癒しと守り、記憶と精神、そして滅びと破壊……私は滅びと破壊を司る精霊だ」


 今度はわたしが驚きで目を丸くしました。彼からは火や水などを操る力の使い方を教わっていましたが、時々「お前の魔力の使い方は面白い」と言っていました。それが謙遜ではなくて本当にそういう使い方しかなかっただなんて。


「人間と関わって醜さを知れば全てを滅ぼしたいと考えるやもしれん、逆に好感を持てば人間にとっての敵を排除せんとするやもしれん……どちらにしても与える影響が大きすぎる」


 ふっと彼が息を吐きました。暗いので正確な表情までは分かりませんがどこか諦めのようなものを感じます。……いつもあんなに無駄に自信に満ちた態度なのに。


「己が力の持つ影響が恐ろしく私は自ら人間との関わりを断った。最初から関わらなければ人間に興味を持つ事もなく、興味が無ければ人間がどのように過ごそうが嫌悪も肩入れもしようがないのだから」


 彼が自分の内心をここまで語るのは初めてで、わたしが考えるよりも彼が長い時間を生きてその間に様々な思いをしてきたということを改めて知らされたような気がします。


「だから自分自身の力を疎むお前の気持ちは、少しは理解できる……はずだ」


 わたしを捉える彼の眼差しは鋭く、真剣に案じてくれているのだということがそこから伝わってきます。既に距離なんてどうでもいい程に彼の言葉を待つだけでした。


「今更お前が普通の人間として生きていくことは出来ないのだから人間と関わりこれ以上他者を傷付ける事は出来ない。それは安心しろ」

「ですが、無意識に身近な方を……ブラン達に攻撃を仕掛ける事もあり得るのですよ?」


 今のわたしにとって彼ら以上に親しい存在はいないのですからそれが一番恐ろしくて、わたしもかつてのブランの様にあえて距離を取らざるを得ないかもしれません。だというのに当の彼に何故か鼻で笑われました。


「何ですか今の笑いは」

「……いや、意味のない事で悩んでいるのだな、と」

「意味がないなんて! 本当に不安なのですよ?」


 その言い草に涙も退いてしまいました。わたしが一体誰の事を心配しているのだと思っているのですか!


「案ずるな、私がお前の側にいよう」

「……え?」


 脈絡のない彼に悲しみも腹立ちも忘れて、驚きのあまり目を何度か瞬かせてしまいました。


「お前が我を忘れて暴れようと私が止めてやる。何も恐れる必要などない」

「どうして……そこまで言ってくれるんですか……」


 わたしは彼に何度も助けられてきて何も返せていない。なのに彼は更にわたしの側にいると言う。「管理しているから」という理由だけでは説明のつかない行動に問わずにはいられませんでした。


「前に言った筈だ、お前は興味深いと」

「それが身体を張る程の理由ですか?」

「確かに面倒ではあるが……お前の泣き顔や悲痛な顔を見ていると私が落ち着かんのだから仕方なかろう?」


 彼が顔を背けて軽く溜息を吐くのが見えました。


「お前が泣かずに、苦しまずにいられるのなら多少の事はどうでもいい。要は私の為だ」

「ブラン……」


 言葉はおかしくても込められた気持ちは十分に伝わって来て、止まった筈の涙が再び目の端に溢れてきます。


「だから泣くなと。お前が泣く度に妙な感覚に襲われる」

「そんな事言われましても……勝手に出てくるものをどうしろと」


 せめて彼に泣き顔を見せないようにと彼の胸へ顔を埋め、感情が落ち着くのを待ちました。その間彼はひたすら私の背を撫でてくれたのでした。

 ……しばらくの間そうしていた時の事です。


「……あの」

「何だ」

「グリスとルージュは、もしかしてまだわたしを探しているのでは……?」


 ブランと再会してからは感情の振り幅が大きく、一時は忘却の彼方にあった彼らの事を今になってようやく思い出しました。どのくらいの時間探してくれていたのか分かりませんが、少なくとも五分十分程度ではないはずです。


「お前を見つけてすぐに思念で伝えておいた。既に戻っている筈だ」

「そうでしたか……グリス達にも後でお礼を……あっ!」


 そこまで考えたところで今日の騒動の原因とも言える物の存在を思い出しました。逃げている途中失くしてしまわないように懐に入れておいたのです。


「ブラン、あの、もう離してください」


 彼の胸に手を着いて何度も押すと名残惜しそうにようやく解放されました。そんな彼の視線はお構いなしに包みを取り出します。


「これはブランへの感謝の気持ちです。……今回見つけてくれた事も含めて、どうしてもお礼がしたかったのです」


 彼の前に包みを差し出すと訝しがりながらも受け取ってくれました。その重さ、硬さを確かめるように軽く振るなどしています。


「このようなものを懐に仕込んでいたか……道理で胸が硬いと思った」

「な、なな何を言うのですかっ!」


 咄嗟に自分の腕で胸を隠すようにして地面にしゃがみ込んでしまいました。確かに自分から彼に飛びついて、抱き締められているのにも不満なんてありませんでしたが、まさか彼がそんな事を考えていたなんて……


「何を慌てている。自分から押し付けておいて身勝手な」

「押し付けた訳じゃありません!」


 何も言わなければ気付かずにいられたのに……! 遅れてやって来た羞恥心でしゃがんだ姿勢のまま動けそうにありません。


「で、これは私の物でいいのだな?」


 そんなわたしを気にも留めないブランは至って平然と包みを解きはじめ、中身を確認した途端とてつもない勢いで私の方へ振り返りました。


「これは……!」

「今のブランに一番相応しいと思うのですが如何です?」


 その驚いた顔だけでわたしは満足です。狙っていなかったのですが先程の発言への仕返しにもなったようです。


「……嫌がらせか、これは嫌がらせなのか」


 ……予想以上に衝撃があったようです。ただの日記帳とペンとインクだというのに。


「失礼ですね! ブランの文字が下手なのは道具が良くないからではと考えてブランの為にと選んだものですのに」


 しかも長生きする彼に合わせて百年以上は持ちそうな本革装丁の立派な分厚い日記帳です。これを見た瞬間彼に贈りたいとしか考えられませんでした。


「……ちゃんと、使ってくださいね?」


 この場で捨てる程彼はひどい性格ではないと信じていますが、受け取ったまま放って置く事は十分あり得ます。そうならないよう念押ししなくては。彼はというと難しい顔で眉間に皺を寄せると何かを言いかけては止まり、ようやく発したのは短い言葉。


「……いずれ、その内、気が向いたらな」


 普通の人間相手なら明らかに誤魔化しの言葉ですが、言葉を違えない精霊ならば正真正銘真実の誓いも同然で。

 約束してくれた事に嬉しさを感じているわたしを他所に彼は日記帳を包み直し小脇に抱えるとこちらへと手を伸ばしてきました。


「……いい加減に戻るぞ。」


 彼がしゃがんだままのわたしの手を取って引っ張ると勢いのままに胸に抱き留められました。今度は胸に何も入っていないので潰れて形が変わった感触に羞恥と焦りが再び湧きあがってきます。


「ふむ、やはり抱いた感触が違うな」

「言わないでください!」

「お前は注文が多すぎる」

「全部ブランのせいですから!」


 そして彼と共にわたしは精霊の領域へと戻り……帰りました。

 ここで暮らし始めて一年経ったら、わたしにとっての帰る場所はここになりました。

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