第二十話 一年経ったら2
初めて見る庶民の街は小さな建物が密着するように立ち並び、そこには夜会でも見た事のないような数の人間が忙しなく動いていました。小さな子供が駆け回る姿、声を張り上げて人を呼び込む商売人の姿、それに対して冷やかしていく客の姿、いずれも初めて見る光景です。わたしが人混みに怖気づいて足を止めたのにルージュはというと平気な様子で雑踏へと足を踏み入れていきました。
「ルージュは随分慣れているんですね……」
はぐれないよう慌てて彼女の後をついていきます。おっかなびっくり辺りを見回しながら小さく呟くと彼女は当然だという顔をしていました。
「アタシは持っている能力的に人間と関わる事も多いし、情報も得やすいからね。人里に降りる回数も多分アタシが一番多いんじゃないかしら」
「そ、そうなんですか……」
何だか先程から視線を感じます。こちらを見ているのは男性ばかりであまり気分のいいものではありません。もしかしてわたしの正体に気付かれているのでしょうか。それを考えると急に不安になってきて思わずマントを掴む手に力が入りました。
「あの、もしかしてわたしの偽装が解けているのでは……」
そう声を掛けたところ笑顔で首を振って否定されました。その顔は妙に楽し気です。
「……周りの人間が今何を考えてるか教えてあげようか。『美人だな』『いい身体してるな』『ヤリてぇな』こんなところね」
「ルージュは人の心が読めたりするのですか!?」
そのあまりにも直接的な内容に顔が赤く染まってしまいます…男性ばかりが見ている理由がよく分かりました。
「読める訳ないでしょ。アタシを見た人間の男の感想なんて大体この三つなんだから」
隣を歩くわたしでも気になる程だというのに当の彼女は至って平然としています。確かに彼女は長い睫毛に縁取られた切れ長の瞳、波打つ鮮やかな色の髪、手足は長く豊かな胸にくびれた腰、形の良いお尻と女性でも見惚れるような姿です。……自分との違いに少し情けなくなりました。
「アタシが出来るのは人の記憶を読んだり操作したり、くらいかしらね。それも相手が完全に同意してるか意識の無い時って条件がつくけど」
「意外と制限があるんですね」
「ま、それだけ人間の頭の中って複雑なのよ。だからこうして日々勉強をってね」
明らかに建前にしか思えませんが……。そう締め括って再び前を向いて歩きだしたルージュの後を追いかけました。
ルージュと一緒の街歩きは初めての体験で満ち溢れています。
まず軍資金が必要だとルージュは魔力の布を作り、それと交換でお金を手に入れたのでわたしも同じ事をします。彼女が人間の街で活動する資金はいつもこの方法を使っているとのことでした。布の質と比べると随分安く扱われましたが大金を必要としている訳でもないので構わないそうです。
道端で店舗を構えず食べ物を売っているなんて知りませんでした。周囲の人を真似して同じように歩きながらつまめるように作られた小さなお菓子を食べてみるとそれだけで心が弾みます。
服飾店、宝飾店、雑貨店と様々な店を覗いてみたり細かな必需品を買い揃えていきました。
……ですが、ブランに相応しいお土産というものが見つかりません。
「服や宝石なんて興味ないでしょうし、食べ物は味付けを好まないでしょうし……何を贈れば……」
「この際道端の石ころでも持って帰ったら? 別に何でもいいじゃない」
ルージュはそう言いますが、彼の心配りへ感謝の気持ちを伝えたいのです。
「ルージュは宿のお部屋で先に休んでいても大丈夫ですよ。わたしはもう少し探してみます」
わたしの個人的な希望にいつまでも彼女を引きずり回すのは申し訳ないので別行動を提案してみます。合流地点は決まっているので日暮れまでに戻ればいいのです。
「……一人でも平気なの?」
「ルージュのお陰で買い物にも慣れましたから! 近くを見て回るだけですしすぐに戻れますから心配しないでください」
それに一人で街を歩いてみたい、という本音もありました。渋るルージュを説得の末無事一人の時間を手に入れることに成功しました。
ルージュがいなくなると途端に周りからの注目が無くなったのを感じます。……聖女の肩書のないわたし自身なんて所詮こんなものですね。少しばかり残念ですが人目を惹かない気楽さを知ってしまったので今の方がわたしにとってはありがたいように思います。さて、気を取り直してお土産選びを再開しましょう。
……あれから色々見て回りましたがこれというものが見つかりません。そろそろ予定していた時刻になるのでここを最後にしましょう、そう思って入ったのは骨董品を扱うお店でした。店内を見て回り、半ば諦めていたわたしの視界にあるものが目に入りました。
「……これこそ、まさにブランに相応しいに違いありません」
わたしは迷わずそれを手に取り、それと合う付属品も選んで店主の元へ持ち込みました。折角ですから美しく包装もしてもらいます。
我ながら素晴らしい買い物が出来たと自画自賛で店を出るとすっかり日が沈みかけていました。そろそろ戻らないと心配を掛けてしまいます。だというのにわたしの前を遮るように若い男性が現れました。
「君ここらじゃ初めて見るね。旅行中?」
「あ……はい、買い物の為に遠い所から出て来たばかりです。」
何でしょうこの方は。早く戻らなくてはいけないというのに。
「一人で買い物なんて寂しくない? ついていっていいかな」
「いえ、もう終わりましたから。これから宿へ戻りますのでこれで失礼します」
ですが男性はその場を去ろうとしたわたしの前に回り込んできて、尚も話しかけてくるのです。
「どこの宿に泊まってるの? 暗いから送ろうか?」
「この先にある宿ですが……あの、わたしにはお構いなく」
どうしてこの方は離れてくれないのでしょうか。早く宿に戻ってルージュと合流したい、そればかりを考えていました。
「そっちの道はさっき柄の悪い奴らが集団で騒いでいたから別の道から行った方がいいよ。」
「え……」
それは困りました。他の道なんて知らないというのに、かと言ってこのまま立往生していることも出来ません。もう完全に日が落ちて暗くなってきましたから。
「困ってるなら案内してあげるよ。一緒に行こう」
「あの……では、お願いします……」
男性の言葉にほっと安心しました。ただの親切な方だったのですね。なのに邪険な態度を取ってしまって失礼な事をしてしまいました。
「ちょっと遠回りになるけどごめんね」
「いえ、わざわざありがとうございます。わたしこういった街並みを歩くのは初めてですからとても助かります」
「へぇ……」
男性が笑顔になって手招きする方へと、わたしは男性の後ろをついて歩いていきました。




