第十九話 一年経ったら
「ブラン、そろそろ国へ戻ろうと思うのですが」
常に一定の気候の精霊の領域ではあまり実感がありませんが、わたしがここへ来てからもうすぐ一年が経ちます。
一年前の自分と今の自分の違いに自分でも驚く程で、もう何年もここにいるかのように錯覚してしまいそうです。あの日は幸せの絶頂から絶望の底へ叩き落とされ、そこから訳も分からずここで暮らし始めて気が付いたら割と楽しい日々を過ごせるようになっていました……人生何が起こるか分からないものです。そしてこの時期は一年前に注いだ国の魔力が尽きてくる頃でもあります。
わたしがここで暮らす際に、年に一度国へ魔力を注がせてもらう事がこちらからの唯一の条件でした。なのでそろそろ国の方へ戻らなければならないのですが…素直に戻らせてくれるでしょうか?
きっとブランの事です、人間の暮らしに興味があるなんて言って着いてくるに決まっています。わたしも城育ちで庶民の暮らす街へ行った事も無いのにあれこれと説明させられるかもしれません。本当に勝手な方ですから。
「ああ、そういえばそういう約束だったな……」
「許可と付き添いがあれば戻っていいとのことでしたよね? そろそろ一年ですから魔力が無くなる前に注ぎに行きたいのです」
魔力を注ぐだけならどこでも国の中にいて祈れば済むのですが、出来れば自力で作れないようなものを直接買いに行きたいと考えています。なので既に欲しい物は確認していつ出発してもいいように準備は万全でした。彼との付き合いで学んだ結果、絶対にろくに時間も与えられず出発する羽目になると決まっていますから。
「……少し待て」
けどここでわたしの予想は外れてしまいました。彼も少し成長したというのでしょうか。それならばいいのですがまだ警戒する必要があります。だって相手は唐突・突然・不意打ちのブランです、何を考えているのか油断なりません。
「お嬢ちゃんお待たせ! それじゃ行きましょ」
そのまま待っていたら現れたのはルージュでした。そして腕を取られて強制的に立ち上がらされずるずると引きずられていきます。どうしてルージュがここに? 疑問が口に出た時は既に家の外に連れ出されるところでした。
「え? あの、ルージュ?」
「……面倒事を起こすでないぞ」
後方ではブランが立ち上がる事なくわたし達を見送って動く気配もありません。……完全に予想外でした。それを理解した時に既にわたしはルージュに連れられ人の世へと降り立っていたのです。
「さて、やる事やったら適当に遊びに行こうか。うるさいのがいない今のうちにね」
「あの……ブランは来ないんですか?」
付き添い役はルージュがしてくれる、というのは分かりました。ですがブランが着いてこないというのが意外でそれを尋ねずにはいられませんでした。
「え? アイツと一緒じゃないと嫌ってこと? アタシ嫌われてる?」
「ち、違います!」
まさかそう取られるとは思わなかった為全力で否定に掛かります。別にルージュと一緒が嫌ではないのです。ブランが来ない理由が分からなくて気になっただけなのです。それを一生懸命訴えかけました。
「誤解ですから! 別にブランがいなくても平気ですから!」
「何そんなに慌ててるんだか。まぁアイツが来ない理由だけど、アイツはあんまり人里に近づけるのは良くないからね」
グリスは断られた為結果ルージュとわたしだけで行くことになったようです。けれど、人里に近づけてはいけない理由自体が分かりません。
「どうしてブランだけなんですか?」
「……ま、色々とこっちの事情がね。それとアタシが来た理由はお嬢ちゃんの為でもあるし」
「わたしの為?」
話好きなルージュには珍しく言葉を濁されてしまいました。……本人のいない場所で聞くべきことではなかったのかもしれません、今度機会があればブランに尋ねてみましょう。そこまで考えると思考はすぐに次の疑問へ切り替わりました。
「そこに泉があるでしょ? ちょっと覗いてみて」
不思議に思いながら覗きこんでみると、そこにはわたしと似た別人のような姿が映っていました。髪の色も瞳の色も全く違います。この一年きちんと鏡は見ていないものの水に映る姿なら何度も確認しているので本来のわたしである筈はないのです。呆然と自分の姿を眺めるわたしの横には得意げな顔をしたルージュが寄り添ってきました。
「お嬢ちゃんはこの国の中じゃ賞金が掛かって手配されてるみたいだからね、そのままの姿じゃ歩けないでしょ?」
「これは……ルージュが? どうやって?」
「アタシが何の精霊だったか覚えてる?記憶と精神の精霊よ」
彼女曰く、わたしの身体に認識を狂わせる術を掛けて実際とは違う姿に見えるようにしているとのこと。黒い髪はこの国では【聖女】の象徴として見られていますから人目を惹きますし追手に見つかる可能性も高くなります。それを防ぐ為にわざわざルージュが自分の力を使ってくれたというのです。
「ありがとうございます。変装だなんて考えもしていませんでした……」
わたしが消えれば諦めてくれると思っていましたがそうではなかったようです。つくづく、わたしは国の為に利用されるものとしか見られていなかったと実感しました。
「礼ならアタシじゃなくてアイツに言って。アイツが思念で忠告してこなかったらアタシもするつもりなかったし」
ブランと過ごしていた時間の雑談で何気なく話した事がありました。黒い髪は珍しく【聖女】くらいしかいないだとか、もしかしたら今も探しているかもしれないだとか。それを覚えていてくれたのでしょう……覚えていて尚且つ気を配ってくれた事に胸の奥で暖かさを感じます。
「ブランが……彼がこんなに気を回せるようになったなんて驚きました」
「……お嬢ちゃんと一緒にいるせいかもね、アタシも驚いたから」
長年一緒にいるルージュですら驚く彼の変化の理由の一端がわたしであるというのなら、それが本当なら嬉しい。何故か素直にそう思ってしまった内心が不思議で、でもそれを嫌だとは感じませんでした。
「……では、あまり外に出ないブランの為にも何かお礼にお土産を見つけなくてはいけませんね!」
今回の目標が出来ました。ブランがあっと驚く贈り物を見つける事。その点恐らくわたしより詳しいであろうルージュが付き添ってくれたのはよかったのかもしれません。
彼女と共に、近くにあるという街を目指して歩き出しました。




