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第一話 引退の日

 祭壇でわたしは祈る。

 国の為、民の為、大切な家族の為に。

 祈りは聞き届けられその証拠のように身体から力が抜けていった。


「……ふぅ、終わりました」

「お疲れ様でございますフィナリール様。これで今年も一年間、この国は安泰です」


 周りに控えていた大臣達が満面の笑みでわたしを労ってくれる。

 わたしの仕事は年に一度祭壇で祈りを捧げ、魔力を大地に注ぐ事。それだけで土地の実りは約束され日照りや嵐など、様々な災害からこの国は守られる。


 それがわたしの、人並み外れた高い魔力を持って産まれた【精霊の寵愛を授かりし聖女】の役目。


「フィナリールよ、長らく聖女としての務めをよくぞ果たしてくれた。王として其方に心よりの感謝を捧げよう」

「お父様!」


 祈りを見守っていた人垣の奥に設置された玉座から、国王であるお父様がわたしの前に膝を着き頭を下げました。常日頃より厳格で威信溢れる姿しか見ていませんからつい取り乱してしまいます。


「そんな、力を持って産まれた以上国の為に尽くすのは当然の事ではないですか。頭を上げてくださいませ」

「陛下だけではございません、我々家臣一同も国民も、皆貴女様に感謝しております」


 大臣達までお父様に続いてしまいました。本当に大したことなんてしていないのに。


「皆の為に力を使う事がわたしの幸せですもの、そのように頭を下げる必要などありません。それに、もう聖女ではなくなるのですから」


 そう、今年の祈りでわたしは聖女としての役目を全て終えた事になります。何故なら……


「フィナリール様、エリオット様がいらっしゃいました」

「まあ! エリオット様が!?」


 皆が頭を上げたところで侍女の一人が耳打ちで知らせてくれたのは思いも寄らない方の来訪。

思わず声が出てしまいました。あまり聖女らしくない振る舞いをしないようにと言われていますがもう役目も終わったのですから構いませんよね? 急いで自室へ戻り支度を整えます。


「今年もお疲れ様フィナリール。私の婚約者殿」


 くすくすと笑いながら現れたエリオット様は相変わらず素敵です。

 柔らかな栗色の髪に翡翠色の瞳。いつも優しい微笑みを浮かべ私を大切にしてくれる幼馴染かつ婚約者。

 この国では聖女は十八歳で結婚し引退すると決まっています。そしていよいよ明日がわたしの誕生日であり、その日なのです!


「明日には妻となるのですから婚約者殿なんてやめてください」

「まだ正式な婚姻を終えていないからね、こういう事はきちんとしておかないと」


 本当に真面目で誠実なお方。物心着いた時には既に婚約が決まっていたのに「けじめは大事だから」と手も繋いでくれません。そういう方だからこそお父様や臣下からの信頼も厚いのですけれど。


「今日は明日の式の確認に来ただけだから私はこれで下がらせてもらうよ。最後の夜なのだから陛下や王妃様、シルヴィアと一緒に過ごすといい」

「そうですね、エリオット様とは明日から毎日一緒にいられるのですもの!」


 あまり我儘を言ってエリオット様を困らせたくはありません、今日は諦めましょう。そう告げて納得するといつもの優しい笑みで応えてくれました。



 この日の夕食は家族で沢山の話をしました。

 誰よりも国と民の為に心を砕く尊敬するお父様、そんなお父様を支え母を亡くした私を育ててくれたお義母様、腹違いなれどわたしを姉として慕ってくれるしっかり者の妹シルヴィア。

 皆大切なわたしの家族。

 こうして同じ席で食事をする機会もこれからは激減してしまうので少しだけ寂しさを感じてしまいます。


「とうとうフィナリールとエリオットが結婚か。其方の母、先代の聖女もきっと喜んでいる事だろう」

「ええ本当に。産まれたばかりの貴女を残して逝くのはお辛かったでしょうが、こうして立派に育ち聖女の役目を果たした貴女を誇りに思っている筈ですわ」


 お父様とお義母様が微笑んで声をかけてくれました。

 記憶にはありませんが、わたしの母は聖女としての役目を果たした後お父様と結ばれ、わたしを産むと同時に命を落としたそうです。元々身体があまり丈夫でないとの事でしたので覚悟をした上での出産でした。

 母のいない身に涙を零した事もありましたが、お父様やお義母様、城の侍女達が傍にいてくれましたから決して自身を不幸だとは思いません。むしろ誰よりも幸せなのではないでしょうか。


「わたしが一人前になれたのも全てお父様達のお陰です。これからはいずれ王となるエリオット様の妻として力を尽くしていきます」

「お姉様、あまり張り切りすぎないよう気を付けてくださいね?」

「ふふ、心配してくれてありがとう。それよりもシルヴィアこそ早く婚約者を決めないといけないのではなくて?」


 二歳下の妹シルヴィアは未だ婚約者が決まっていません。わたしはそれこそ赤子の頃からエリオット様との婚約が内定していたそうですが、シルヴィアにはそのような気配がありません。


「エリオット様のような殿方がいらっしゃればわたくしも婚約していましたわ」


 はぁ、と溜息をついて軽く首を振るシルヴィアの姿に何とも言えない苦笑いをしてしまいます。確かにシルヴィアもエリオット様と一緒に過ごしてきたのですから、それ以外の方は見劣りしてしまうでしょうね。いずれは家柄の釣り合った方と婚約が決まるとは思いますが、それを思うと幼い頃から想い合った方と結ばれるわたしはなんと幸せな事でしょう。


「シルヴィアについては考えてあるので、其方が心配する必要はない。安心しなさい」


 しっかりとお考えがあったのですね、流石はお父様です。


「そうですわ。お姉様はご自分の事を考えていらっしゃればよいのです」

「貴女が産む子供が次代の聖女となるのですからね。国民の期待に応えてあげるのですよ」


 うっ、と言葉に詰まります。魔力は遺伝することが多い為自然と聖女の子は聖女として扱われますが、わたしはすぐに子供が出来るよりもう少し二人だけの新婚生活を楽しみたいと考えていたりするのですが……


「その事についても後々話そう。まずは明日の式を成功させる事だけを考えなさい」


 こうして家族団欒のひと時を過ごし、わたしは眠りについたのでした。

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