第十七話 新しい距離
あの日、ブランからまさかの告白を受けた時から生活が少し変わりました。
まずブランが会いに来る回数が毎日ではなくなりましたがそれでもかなり増えたこと。
その時は何かしらの手土産を持ってきてくれること。
来た時は一緒に食事をするようになったこと。
「おい、いつまで私はこの作業を続ければよいのだ?」
「もう少し頑張ってください。働かざる者食うべからず、ですよ」
なので今は彼にお鍋が焦げ付かないようひたすらかき混ぜてもらっています。
彼の食べる量自体は「人間を知る一環」として味見程度ではありますが、それでも苦労して一人で作った料理を食べられる一方では納得がいかずこうして手伝ってもらうようになりました。
当然料理のやり方なんて知らなかったので主に力仕事や単純作業を担当してもらっています。
「ただ生きるだけで毎度このような作業が必要とは、人間とは実に無駄の多い生き物だな」
「必要な事だからこそ少しでも楽しめるよう発展をして今の料理があるのです。味を気にしないのであればブランだけ生の野菜でも齧っててくださいな」
「……誰も食べないとは言っていない」
「だったらしっかり手を動かしてください。焦げたらブランに責任取ってもらいますからね」
真面目な顔で鍋をかき回すブランの姿は中々不思議な光景です。いつもの長髪は邪魔になるのでわたしがまとめて、いつもの白い服で鍋の前に立つ姿は外見だけならまるで料理人のよう。どんな汚れも寄せ付けない白い服なんて料理人垂涎の品ではないでしょうか。
わたしの視線を感じたのか彼と目が合いました。一緒に作業する事も増えたのでこうして視線もよく合うようになりそうなるとお互い小さく笑って元に戻ります。相変わらず睨むような目付きですが、全く怖くないのは彼がわたしに危害を与えないのだと信じられるからでしょう。
「そちらはもう大丈夫です。あとはパンを焼けば完成です……ブラン、お願いしますね」
「……仕方あるまい」
わたしの言葉で彼が焼く前のパン生地が並べられた石板の前に立ち、両手をかざします。するとそこから熱い空気が流れだして生地の周りの温度が少しずつ上がり、パンが焼きあがっていきます。
風と火を同時に扱う事によって可能な方法で、残念ながらわたしではそこまで繊細な魔力の扱いが身についていない為彼に頼るしかないのです。最初この方法を思いついた時は盛大に呆れられましたが、自分で挑戦しては失敗しているのを見兼ねられて今に至ります。石窯で焼くより遥かに早く、手間も掛からないのでブランがいる時には必ずお願いするようになりました。彼も焼きたてのパンは気に入っているようなので何の問題も無いでしょう。
「何だ? 別に見張っていなくとも手抜きなどせんぞ」
わたしが彼の手元を見ていたのを勘違いしたのか、手元はそのままに目線だけこちらに向けてそんなことを言ってきます。自分だってわたしが何かしている時には横で見ているのに何を言っているのでしょう。
「ただ見ていただけですから。それともいつもブランはわたしをそういう目で見ていたのですか?」
「私の考え方は人間と違うのだとお前が言っていたではないか。結局は同じ事を考えていたか」
「正確には違うかもしれません。わたしの場合、絶妙な火加減で焼き上げてしまうブランの技術につい見惚れてしまって」
自分では到底及ばない実力を見せつけられると尊敬の念が湧きあがるもので、手元に漂う複雑な魔力の流れなどつい最近扱いを覚えたばかりのわたしではとても真似できそうにありません。それに彼の節くれだった長い指が時折動く様などは彼の本性を抜きにすれば見惚れる程の美しさがありました。
「……それも同じだな」
だからその後に続けられた彼の言葉の意味が一瞬理解出来なかったのも、仕方のない事でした。
彼がわたしの作業を見ている事は何度もありました。刺繍や料理の時は特に興味深そうに覗きこんできています。それがわたしが彼を見ているのと同じ理由であったのなら……
「そう、ですか」
「ああ」
それきり何も言う事がなくてただ静寂だけがその場を支配していました。
時刻はお昼になろうかという頃、常に穏やかな気候のこの地では暖かな日差しが窓から差し込む頃合いで並んで立っているだけのわたし達。最初の頃は親切にされた以上に振り回されてばかりだった彼、そんな彼とこんな穏やかな時間を過ごせる今の現状がまるで嘘のようで……いつからか彼の来訪を心待ちにしている自分が確かに存在していました。
ブランになら何を言ってもいい、少なくとも理解しようと努めてくれる安心感が何よりも心地よくて。
きっとわたしが欲しかったものはそんな存在だったのかもしれません。
人間に与えられるはずのものを精霊から与えられる事が何だかおかしく感じて、静けさの中にわたしの小さな笑いが響きました。
「妙な奴だな、何が一体そんなにおかしい」
「いえ、何だか平和だなと思うとつい」
「私の前で争いなど起きようもない。当然だ」
そういう事じゃないのですけどね。彼の勘違いは訂正せずそのままで、内心ひっそりと彼に感謝をするのでした。そしてどうか叶う事ならば、こんな平穏な日々をこれからも送れますようにとの祈りも込めて。
わたしの寿命が尽きるその日まで。




