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第十六話 わたしと彼の変化2

「話したって分からないくせに」


 思わず言葉が乱れました。彼は勝手すぎます。自分は何も言わないのにわたしには内心を語れだなんて。一方的に感情をぶつけるだけになるのが目に見えているからそうならないようにしているというのに。


「分からないからこそ私がが理解出来るようにお前が話してくれればいい。私はお前の事が知りたい」

「えっ……!」


 突然の告白に動きが止まりました。まるで愛を告げているような……


「表情を消した理由がお前の言う『誰とも分かり合えない』というものであるならば私がお前を理解する者となろう。その為にお前は私に全てを語れ」

「何故そこまで言ってくれるのですか?何か思い悩んでいたとしても自分に影響がなければ放って置くのが精霊のやり方なのでしょう?」


 もう離れるのは諦めて彼の言葉へ問い返します。現にルージュ達へ相談した時もそうだったのですから彼がここまで詰め寄る理由がわかりません。


「……私はそれなりに長く生きてきたが、人間とここまで関わったのはお前が初めてだ。お前のやる事為す事全てが私にとって興味深い。そんなお前が沈んでいるのは私が面白くない」


 当たり前だと言わんばかりに胸を張っていますが堂々と言える理由ではないと思います。

 ……そうですよね……よりによってこのブランが、人間相手に恋心を抱くなんてあり得ませんよね……

 それでも知りたい、分かりたいと言ってくれるその姿勢は嬉しく感じる事には変わりはなくて。


「だったらもう少し言い方を考えてください。今の言い方ですとまるで口説いているようですから」


 思わず笑いが零れました。……こんなに純粋に笑ったのは久しぶりな気がします。わたしの言葉に少し考え込んだ彼でしたが、やがて合点がいったような顔になりました。


「ああ、求愛の事か。そのつもりは全くないが、どういったものがそれに当たると?」

「やはり自覚が無かったのですか……わたしだからまだ問題になりませんが、もしも今後人間の女性と出会ったとしても『貴女の事が知りたい』なんて絶対に言わないでくださいね!」


 彼の本性を大体分かってきたわたしでも一瞬ときめいたくらいですもの。免疫のない女性なら勘違いしかねません。


「案ずるな、お前以上に興味を惹かれる者など存在しない」

「ほら、そういう発言がいけないんです」

「……人間の考え方は中々複雑なのだな」


 最初に会った頃、彼はわたしを「危険物」などと言っていましたがある意味ブランも非常に危険で厄介な存在なのではないでしょうか。今までは人間への興味も薄かったからいいものの、今後関わりが増えたら……彼の毒牙に掛かる被害者が出ないようわたしが彼を矯正するしかありません。


「ブラン、女性への態度は早急に改めてくださいね。慣れたわたしはともかく、一般の女性は急に触れられると驚いてしまいますから!」

「危害を与えるつもりならば触れるまでもなく消し炭に出来るのだから触れたところで案ずる必要などないのだが」

「そうではなくて……普通の人間は相手の許可なく勝手に触れないものなんです! この手もそろそろ離してください」

「逃げないよう捕まえておくのは当然であろう?」


 何がおかしい、と平然としている彼に人間の距離感を教え込むのは難しいと改めて思いました。こうなったら同じ体験をさせるしかないのかもしれません。


「……逃げませんからとりあえず離してください。少し喉が渇いたので水を飲んできます」


 ようやく自由になれたので奥で水を飲み、一息つけました。急な接近と接触による驚きを彼に伝える為に何をすればよいでしょう。座っている彼の背に目線をやりながら考えます。気づかれない為に後ろから仕掛けるのが有効そうです。そうなると何が出来るのか。

 頭を叩く……暴力を振るわれた事もないのに攻撃しては同じ体験とは言えません。

 大声を出す……これではただ驚くだけで意味がありません。

 できれば、されて恥ずかしいと感じる事かつ実行するわたしが恥ずかしくならない程度のものが一番です。


「うーん……」


 今まで彼に何をされたか思い返してみます。抱き上げられたり運ばれたり、背中を抱かれて足の間に座らされたり膝枕をされたり耳元で囁かれたり……よくもわたし、今まで耐えられたものです。

 この中で実行できそうなものなら耳元で囁くくらいでしょう。他はわたしの力ではとてもできません。計画が決まりました、こっそり背後から近づき耳に息を吹きかけて囁き掛ける、と。では早速実行に移します。


「……」


 ブランは気付いていません。足音を立てないよう少しずつ近づきます。身をかがめて彼の耳に顔を寄せたその時、


「何のつもり……」

「……!」


 急にブランがこちらへ振り返りました。互いの視線がぶつかりますがその距離は今までに無いものでした。

 彼の瞳に固まった表情のわたしが映っています。恐らくわたしの瞳にも似たような表情の彼が映っている事でしょう。鼻と鼻がぶつかる程に近く、下手に動いてはあらぬ場所へ接触してしまいそうで動くこともままなりません。

 無言で見つめあうしかなかった時間が無限に続くかと思われました。実際にはせいぜい十秒程度でしたが。


「ど、どうですか! 急に接近されると驚くという事が理解できたでしょう?」


 先に動けたのはわたしの方でした。頭を後方へ引き騒ぐ心臓を宥めながら精一杯の虚勢を張ります。ここでわたしも動揺していると知られてはならないのです。


「ああ……確かに今のは驚いた……」


 まだ彼はどこか呆気に取られたような顔をしています。計画とは違ってしまいましたがどうやら予想以上の効果があったようです。


「分かったのでしたら、今度からはもうしないでくださいね」


 これで少しは彼も大人しくなるでしょう、ほっと息をつきましたが彼の発想はどこまでも人間と違っていました。


「これからは事前に告げてからにしよう、それならば何の問題も無いな」

「触れないようにする、という選択肢はないのですか」

「……騒ぐと口を塞ぐぞ」

「!!」


 彼の視線がわたしの口元へ向けられたのを感じました。先程の接近を思い出して思わず両手で自分の口を塞ぐと彼が満足げに笑っています。


「成程、自主的に思い通りの行動を取らせる事も出来るのか」

「だからどうして妙な発想ばかりするのですか」


 それまでの空気が普段と変わらない平穏なものへ戻ったのを感じつつも、結局は彼にしてやられ敗北感を覚えずにはいられませんでした。

 ……それでも少し、彼との間に変化が生まれたような気がします。

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