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第十三話 白と黒

「……」


 ちくちくちくちく


「何だそれは」


 ちくちくちくちく


「おい」

「……」

「返事くらいしろ!」

「ひゃあっ! 何ですかブラン! 突然大声なんて出して」


 この日のわたしは刺繍に励んでいました。一心不乱に一針ずつ縫い続けていたらいつの間にかブランが目の前に立っています。今日も許可を出さない内からの侵入ですね、もう諦めました。


「私を無視するからだ。……で、それは何をしているのだ?」

「マントに刺繍しています」


 手を止めて彼の目の前に差し出すとまだ途中のそれを手に取ってじっくりと見始めました。刺繍は昔から得意でしたから見られても何の問題もありません。


「まだこれを使っていたか」

「あら、いらないと処分を任せた物の事などとっくにお忘れかと思いましたわ」

「……自分で作れるようになったのならば新しい物を使えばよかろうに」


 皮肉で返してみれば一瞬言葉に詰まり、不可解なとぶつぶつ呟きながら突き返されました。


「わたしでは黒いマントにしかなりませんもの。ただでさえ黒髪だというのに服まで黒一色ではまるでカラスのようではありませんか」


 服に困らなくなったとはいえ無地の黒一色のみでは心も沈んでしまうというものです。せめてもとブランの白いマントに自分の黒糸で少しずつ刺繍で模様を入れようとしていたのです。


「お前は黒は好かんのか?」

「ええ、わたしの身近には金髪や紅毛などの華やかな髪ばかりでしたから。わたししかいないこの地味な髪色は昔から好きではありませんでした。」


 今では、かつて家族であったあの方達と血が繋がっていなかったという証明の様です。


「まだしばらく掛かりますから今は貴方の相手は出来ません。どうぞお好きになさって」


 悲しい気分になりかけたのを振り払うように針仕事を再開します。急ぐものではないのですが余計な事を考えないようにするには刺繍が一番です。


 ちくちくちくちく


「……」


 ブランが何故か真横で私の手元を凝視しています。そんなに興味を引くようなものでしょうか。それでも何かをいう訳でもないのでこちらも作業を止めません。


「……」


 視界の端で何かが動くのが見えました。それと同時に頭部に違和感を感じます。ちらりとブランの方へ目線だけ向けると、彼はわたしの髪を手に取っては離す、といった行為を繰り返していたのです。

 指に巻き付けては解き、少量の束を取っては少しずつ散らし、何がしたいのかよく分かりません。

 以前のわたしでしたら慌てて彼を止めた事でしょう、しかしわたしもここで過ごし始めて随分経ちます。その間彼の距離感のおかしな接触に幾度となく晒され、不本意ながらすっかり慣れてしまいました。

 作業の邪魔になる訳でもなしとしばらく彼の好きにさせています。




「……」

 

 まだ飽きないのでしょうか。わたしも流石に疲れてきたのでそろそろ作業を止めたいのですが何となく言い出しにくい雰囲気です。


「あの……楽しいですか?」


 顔ごと彼の方へ向けるとその手はぴたりと中空で止まり、行き場を失ったように降ろされました。


「別に面白くてやっていた訳ではないが、指通りも触り心地も良くてな。ただの暇潰しだ」


 ここへ来たばかりの頃は随分みすぼらしかったというにな、と続く言葉に羞恥で顔が赤くなるのを感じました。


「あの頃は仕方がなかったのです……どうか忘れてください」

「精霊相手に忘れろとは無理な相談だ」


 意地の悪い事を言う彼の顔は何だか楽しげでもあります。こうして時々接触してくる彼と初対面時ではまるで別人……別精霊のようです。


「ならばせめて言わないようにしてください」

「考えておこう」


 口角がわずかに上がって小さく笑う彼はきっとこれからもからかってくるでしょう、表情がそれを物語っていました。


「全くもう……ところで何をしに来たのですか? 文字の練習でもします?」

「……あれはもういい。ただの暇潰しだと言っておろう」


 ある意味わたしの切り札となった「文字の練習」。他はともかく、彼だけは自分だけ上手くいかないのが気に入らないのかあまり自分から進んでやろうとはしません。無理矢理用意して事を進めれば露骨に嫌な顔をするのです。


「暇な時間こそ練習に充てるべきだと思うのですが……」

「私が文字を書き記す事などないのだろうから、読み方さえ知っていれば問題ないではないか」

「長生きするのでしたら今後何があるか分かりませんよ?」


 人間とは比べ物にならない寿命があるというのに何もしないでいるなんて勿体ない話です。それとも時間があるからこそ後回しにして結局やらずに終わるということなのでしょうか。


「わたしはこれから食事の支度や他にやることがあるのですから相手は出来ませんよ?それでもよろしければどうぞごゆっくり」

「精霊をここまでぞんざいに扱う者などお前くらいのものだな」

「精霊と直接会って会話できる人間自体がまず珍しいかと」

「それもそうか。お前で暇が潰せそうにないのなら私はそろそろ戻ろう」


 聞き捨てならない言葉が聞こえましたがそこを咎めると帰ろうとするのを引き留めかねない為今回はあえて聞かない振りです。扉のところで見送りに立つと、去り際に顔だけをこちらへ向けました……また何かからかいの捨て台詞でも言ってのけるのでしょう。


「お前の黒は決して悪くないと思うぞ」


 それだけ言い残すとすぐに彼の姿は見えなくなってしまいました。

 今の言葉は何を意味するのでしょう。わたしの作り上げる黒い服の事なのか、それとも……まだまだ彼の言葉に、行動に翻弄されてしまうようです。

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