第十一話 乙女の秘密
精霊の領域で暮らし始めて二日目です。
マントに包まって地面で寝るのはそろそろ身体が辛くなってきましたが、そのような愚痴を言おうものならブランが己の元へと引き寄せかねません。目覚めると洞窟の入口で座り込んでいたブランが気づいたのかこちらを振り返りました。
「おはようございます」
「ああ」
一言だけの挨拶を済ませて、早速昨日教え込まれた水を呼び出す力を使い顔を洗います。……水と火は真っ先に教わって正解でした。
「使い方は今のところ問題は無さそうだな」
それをしっかり確認していたのか及第点がもらえました。今日もきっと色々と教え込む予定でしょうが、わたしにはそれよりも会わなければならない方がいるのです。
「ブラン、今日はルージュに会いたいのですが呼んで頂けますか?」
「別に構わんが、あれに何の用だ?」
答えられません。これは異性(精霊ですが)であるブランには相談したくない話なのですから。
「詳しくは言えません。少しお願いと言いますか、相談と言いますか……」
言いよどんで口籠ると、いつもの目でこちらを睨み付けてきます。
「私を害す計画でも立てるか? 無駄な事はやめておけ」
何か勘違いしています。どうしてそのよう殺伐とした方向へ考えるのでしょう。
「違います。貴方は私を一体何だと思っているのですか」
「随分私に対しての文句が多いようだからな」
「自覚しているのでしたらもう少し態度に気を配って頂きたいものです」
そこまで言うとくっと小さく口元が歪み笑いが聞こえました。
「……お前も言うようになったな」
「貴方相手に下手に出ても振り回されるばかりですもの」
ブランは言い返されると割と弱い、これまでで学習しました。脅しのような言葉にさえ怯まなければ、言い返している内向こうが根負けしてくるのです。あ、顔を背けました。これは私が言い負かしたという事でよいのでしょう。
「……あやつが来る。用意はいいのか」
話を逸らしましたね。こちらもルージュへの相談内容を誤魔化せた事に一安心です。
その後少しすると陽気な声と共にルージュが現れました。洞窟の入口に立っている為朝の光が後光となって思わず拝みたくなるような美しさです。
「お嬢ちゃんおはよう。今日も小さくて可愛いわねぇ」
口を開いたらそれも台無しですが。中へ入ってくるとすぐさまわたしを抱きしめに掛かるのですが何とか回避しました。
「あら、折角のご指名なのにつれないのね。アタシに何が用事があるんでしょう?」
「お前が用件を言わん限りいつまでもこれはこの調子だぞ。」
そうでした、ですがその為にはブランの存在が邪魔です。
「ここでは不都合がありますから……ルージュとだけお話しできますか?」
「そうまでして私には聞かれたくない話だと?」
不機嫌になったブランの視線が痛いくらいですが、絶対に知られる訳にはいかないのです。わたしが肯定するとわたしとルージュを見回し、ゆらりと立ち上がって入口へ歩いていきます。
「終わったのなら知らせろ」
追い出す様な形になってしまった事は申し訳なく感じます、後でブランには謝らなくてはならないでしょう。彼が完全に姿を消すとにこにこと楽しそうに笑っているルージュと向き合いました。
「さて、アタシに相談? 記憶と精神の操り方はまだちょっと早いと思うけど」
「いえ、その、実はですね……」
やはり直接口に出す事は女性(精霊ですが)相手でも躊躇われます。しかし聞かなければならないのです、わたしの尊厳を護る為に。
「着替えが欲しいのです」
着の身着のままでここへやってきて、それからは水場があった為こっそり身体を拭くくらいは出来ましたがこのまま身を清められないままではいられません。初めは身体から汚れが出ないという事で精霊は同じ服をずっと着続けているものかと思っていました。しかしブランからマントを頂いた後、いつの間にか彼は全く同じマントを身に着けていたのです。
ならばどこかで服を手に入れる手段があると確信して恥を忍んでの相談でした。
「アイツに服の作り方教わらなかったの?」
「いえ……もしかしてそれも魔力で作っているのですか?」
こちらから問い返すとうんうんと軽く頷いて肯定されました。ルージュの纏う衣装も赤系統の鮮やかな発色がされた上質な布で作られています、魔力でここまで美しい布が作れる事に驚きました。
「服の作り方は他とは違うコツもいるから教えてあげてもいいけど……アイツからじゃなくていいの?」
「いえ、ルージュがいいのです!」
不可解だという顔で首を傾げるルージュの問いには全力で否定しておきます。確かにブランには初日からあれこれとお世話になっていますが彼でなくてはいけない理由などないのに不思議です。
それからはルージュ指南の下、糸から始まり布を作り上げるまでになれました。
「布まで作れたのはいいのですが……どうして黒い布しか作れないのでしょう」
魔力を縒り合わせ糸を作る段階から既に黒く、織り上げれば艶のある黒一色になってしまいました。
「当人の持ってる魔力で出来上がりの色が決まるみたいだからね。お嬢ちゃんの場合ごちゃ混ぜの魔力のせいってのが理由じゃないかしら」
「なるほど……」
髪と同じ色の黒はあまり好きではないので少々残念です。布まで作り上げたら次はいよいよ身に着ける衣服の作成です。ルージュの言葉に従って魔力の布を頭の中で服の形に仕上げていきます。手応えがあり、わたしは成功を実感しました。
「出来ました!」
「?」
不思議そうな顔をしています。彼女にも気づかないでしょうね、何しろわたしが作ったのは下着でしたから。こればかりは早急に確保する必要がありました。
「服の下に下着を作りました」
色が黒というのは少々気になりますが、城で身に着けていたものと同じ意匠を思い出しレースや刺繍まで再現することができたのです。ですがルージュはまだわかっていない顔をしています。別におかしな事は言っていない筈ですが
「下着ってどこに着けるもの? 見せてちょうだい」
唖然としました、そしてその隙に彼女の手がわたしの服に掛かり胸元を広げられて見られてしまいました……
「ひゃっ、や、やめてください! といいますかルージュは下着を知らないのですか? 嘘でしょう!?」
「必要ないからね。服着てるのだって最低限人間っぽく見えるようにって事だし」
……精霊は元々服なんて着ていない。確かに動物の姿をした精霊も何度か見かけましたし服なんて着ていませんでした。
しかし人間の姿をした彼女達ですら最初は服を着る習慣が無かったという事にめまいがしてきます。
時折人里に降りる時裸のままでは騒ぎになる為、服を着る事で偽装するようにして今に至ると。
「まぁそれ以外にも利点があったからこうして精霊の領域でも服を使ってる訳だけど」
服の意匠については当時の人間が着ていたものを参考にしたそうで、なので歴史書でしか見ないような大昔の衣装ばかりなのですね。
そこではた、と気が付きました。下着を着けることに思い至らないということは今のルージュは、ブランは、グリスは……考えるのはやめましょう。赤くなる頬は無かったことにして引き続き服の作成へ切り替えました。
「あら、このマントあいつの?」
服を作ろうと力を込めていると、側に置かれたマントの存在に気付いたようです。答える余裕が無くてそのままでしたがルージュはそれを手に取ると楽しそうな笑みを浮かべていました。
「へぇ……アイツも随分とお優しいことで」
マントを譲ってくれた事は優しい、と言えるかもしれませんがあれは優しさからの事ではないと思います。いらないと言ったものをこちらがお願いした形なのですから。
無事服まで作り終え、今後の心配がなくなったところで一安心です。
「ルージュのお陰です、助かりました」
「よかったよかった、魔力で作った服は本人が死ぬか、消そうと思わない限り残るから安心してね」
「はい。ではブランへ連絡して頂けますか?いつまでも追い出す訳にはいきませんもの」
思念が届いたのでしょう、すぐに戻ると服に限らず布製品を作れないか試行錯誤していたわたしにそれが知らされます。
「アタシは先に帰るから。……そのマントは大事にした方がいいわよ」
帰りがけの一言に首を傾げてしまいました。黒い服しか作れないわたしに白一色のこのマントは確かに貴重品ではありますが。ですが失敗した布の塊を処分する時にふと思い出しました「本人が消そうと思わない限り残る」、それはすなわち本人が消そうと思えば簡単に消せる、と。
なのに不要だといって処分をわたしに任せて……分かりにくい事をするのですね。笑顔が抑えきれなくなりそうです。
やがて戻ってきたブランを笑顔で迎えると思い切り警戒されていました、ひどい話です。




