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学生 トヨシマ・アザミの日常  作者: スマ甘
第1話
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第1話

※注意

小説家になろうでの投稿は初めてのため、定番の方法と異なるページ構成やレイアウトを行っている場合があります。

ご了承ください。

 トヨシマ・アザミは、深呼吸しながら目を開けた。


 目の前に広がる光景は、荒廃した市街地だった。

 ただし、この景色は本物ではなく、アザミが装着しているバイザーが映し出しているもの。

 偽物の景色でしかない。


「トヨシマ・アザミ。 準備はできたのか?」

「はい……。 できてます」


 教官の通信に驚き、アザミの体がビクッと動いた。

 これから、訓練が始まろうとしているのだ。



 30年前。

 地球から10万光年離れた星系にある惑星『エテス』から、未知の生命体『エクサ』が地球にやって来た。


 彼らは"故郷を襲う謎のエイリアン『ズーシャル』を撃退してほしい"と人類に助けを求め、要請を受け入れた地球は『国際連合 外宇宙方面軍(通称:国連 宇宙軍)』を結成。

 エクサと人類は共闘し、劣勢となったズーシャルは姿を消した。



 それから30年後。

 いまでも地球とエテスは交流を続け、共存共栄する関係を築いていた。



 トヨシマ・アザミは、5年前に完成した『千葉新都心』にある国連宇宙軍の士官学校へ通いながら、30年前の戦いで活躍した人型ロボット『セクタ』のパイロットを目指して訓練を受けている。


「おい、アザミ」


 少し人相の悪いクラスメイトの男子に呼ばれ、アザミは画像を切り替えた。


「なに?」

「また"先頭"譲ってやるよ」

「ああ……うん。 ありがとう」


 アザミは「またか」と呟きつつ、起動するセクタのシミュレーターの中で伸びをする。

 シミュレーターでの訓練が行われる際、アザミは必ず隊の先頭に立たされるのだ。

 それにはある理由があった。


 ――


『まーたアザミの機体がふらついてるよ』

『いつまで踊ってるか賭けようぜ』

『じゃあ、あたしはアザミが撃墜されて止まる、で3分』

『ウチはギリギリまで耐えるけど5分って予想しとくわ』


 クラスメイトの笑い声と、教官たちのため息が、オープン回線で聞こえてくる。

 アザミが操縦するセクタは、酔っぱらいのような不思議な動きを繰り返し、ふらついたまま滑走していた。


『アザミ。 どうしてセクタの操縦はヘタクソなんだ』

「わかりません……」


 アザミは、なぜかセクタの操縦は苦手としていたのだ。


 ある時はスラスターを軽く吹かしただけで転倒し、またある時は二歩目を踏み出そうとした直後、真後ろに倒れる。

 シミュレーターによる訓練で、まともに授業を受けられた試しがない。


 歩兵になろうかと考えたこともあった。

 が、特異体質のために筋力をこれ以上増強させることができないうえ、事前の検査によって歩兵としての適性が皆無だと判明している。


 整備士やオペレーターを目指そうとしても、勉強ができない。

 アザミには、セクタのパイロットになるしか道が残されていなかったのだ。


『転倒はしてないんだな?』

「はい。 移動だけならギリギリできます」

『なら、隊の誘導と移動中の索敵にだけ専念しろ。 ズーシャルと会敵しても、戦闘には参加しなくていい』

「了解」


 やっと機体のバランスを立て直し、アザミはサブウインドウで後に続く部隊を確認した。


 アザミの後方には、アザミ以外の初等部3年の生徒たちが95名、そして高等部3年の生徒が96名。

 合計191機のセクタがひとつの部隊としてまとまり、アザミの後を追っていた。


 今回の訓練は高等部3年との合同演習。

 この合同演習は、普段の訓練よりも実戦に近いセッティングが施され、初等部は高等部の戦闘を間近で見て、実戦での戦い方を学ぶのが目的だった。

 ただ、アザミだけが恥をかいてる。


「おい。 先頭の」

「は、はいっ!?」


 すぐ隣で滑走するセクタから通信がきた。

 その機体は、高等部の生徒の機体である。


「お前、シミュレーターの整備はしてもらってんのか?

 データにバグが無いかの確認は? そんなに機体が暴れるのは異常だぞ」

「実は、何度も確認はしてもらってるんですけど、異常は見つからなくって」

「そうか」


 生徒との通信が切れる。


 あの生徒は、アザミの機体の動きが気になって話しかけてきた。

 だが、この挙動が直ることはない。


 アザミが少し落ち込んでいた時だった。

 機体の警報が鳴り出し、同時にレーダーが拡大されアザミの視界の中に割り込んでくる。


「ズーシャルの反応です! 数は不明!」


 さっきまで話していた生徒達が、一斉に黙った。


 100mほど先の所では土煙が上がり、棘のある鱗をまとった芋虫型のズーシャルが姿を現す。

 芋虫型のズーシャルは、データベースでは中型に分類されるエイリアンだ。


「ボクは下がります。 あの、先頭はお任せします!」


 アザミは隣の人物に通信を送る。


「ああ、わかった」


 そして、アザミが機体を反転させようとペダルを踏み込んだ時だった。


 大通りに乗り捨てられた大型バスに、機体左足のつま先が引っかかる。

 全高5mほどの大型バスは、全高15mのセクタにとって、転倒の原因となる障害物として扱われていた。


 金属が擦れる音と共にアザミの機体はバランスを崩し、そのまま転倒してしまう。


「なんでこんな時に!」


 慌てたアザミは、必死に操縦桿を動かした。


『またコケたの!?』

「すぐに立て直す!」


 なんとか機体を起こそうとするが、その最中、"あること"に気付いた。


 1機のセクタが、アザミの機体の下敷きになっている。

 その機体は、左隣に居た生徒の機体だった。


「ごめんなさい! すぐどきますから!」


 機体を起こした直後、アザミは背後に気配を感じた。


 アザミが機体を起こそうとしている間に、芋虫は距離を詰め、棘のある鱗に覆われた太い尻尾を振り上げていたのだ。

 下敷きにした機体だけでも助けようとしたが、もう遅い。


 2人の機体に、エイリアンの尾が叩きつけられていた。



 ――



 アザミが他人を巻き添えにしてKIA(戦死)したあとも、合同演習は続いた。

 次の授業は、シミュレーションルームに初等部だけが残り、演習の映像を見ながら復習するというものだった。


「ついにやらかしたわね」


 アザミと同じ班の女子『ツボイ・エリサ』が、アザミの肩を叩きながら言った。


「アザミが下敷きにしたヤツ。 あのハルザだってさ」


 同じ班の男子『イワモト・トウマ』の言葉に、クラス中が唖然としていた。


「誰?」


 アザミは首をかしげる。


「ハルザ・キヤツシロラン。 14歳で高等部3年に飛び級した天才だよ」

「え……嘘でしょ」


 士官学校は初等部、中等部、高等部に各3年間在籍するのが基本となっている。

 ただし、成績優秀な生徒は、特定の試験に合格するだけで志望した学部に移れるという待遇があった。


 一年前、アザミが13歳の頃。

 アザミは、国連に務める両親によって、士官学校に無理矢理転校させられていた。

 そのため、アザミは14歳ながら初等部の3年生となっている。


「そんなエースを下敷きにしてKIAしちまったんだもんな、お前」

「もうやめて」


 アザミは、スマートフォンで先程の光景を再生しているトウマを止める。


「あんた、実は超優秀なパイロットだけど、皆にバレないように隠してるんじゃないの? どこかの劣等生みたいに」

「お兄さまは嫌いです」


 脳内に苦手な作品の映像がフラッシュバックし、アザミは心底嫌そうな顔をした。


「あとは好きな武器を持つと強くなるとか! 二刀流だったり、スマホだったり」

「ごめん。 黒い剣士もスマホ太郎もわたしの地雷なんだけど。

 ていうか、チートとか主人公絶対最強系、ハーレム系の作品はほとんど見ないし」


 展開が似たり寄ったりで、主人公に何人もの女性が集まるハーレム系作品を、アザミは嫌っていた。

 あんな作品には、燃える要素がない。


「じゃあ、どんな作品とかキャラなら好きなのよ?」


 エリサはこの手の話題になるとしつこくなる。

 アザミはため息混じりで答えた。


「小説やマンガで読むならSFかな? キャラクターだと、攻撃がカッコイイからアッシリアの女帝とか、旗振り脳筋乙女」

「あー、そっちかー。 あたしも見てたけどわかるわかる」


 うんうんとエリサは頷く。


 アザミが静かに考えていると、シミュレーションルームのドアが勢いよく開いた。

 全員がドアの方を見て、同じタイミングで固まる。


「ハルザ・キヤツシロラン!?」


 そこには、赤いカメラアイを煌々と輝かせ、着ているジャケットから、がっちりとした黒い肉体を覗かせている、1人のエクサが立っていた。

 そのエクサが、ハルザ・キヤツシロランである。


「オイ。 EXのアザミってのはどいつだ?」


 ハルザは、固まるアザミ達を見比べながら言った。


「わたし……ですけど。 EX?」


 手を挙げながらアザミは答え、ハルザはアザミをじっと睨む。


「こっちの話だ」

「あの、ハルザさん。 さっきの演習での転倒、ワザとではなくて……」


 アザミは戸惑いながら先程の事を謝ろうとした。

 だが、ハルザはアザミの頭を小突き、静止する。


「気にしてない。 オレが油断していただけだからな」


 ハルザの言葉を聞いて、アザミはほっと胸を撫でおろす。


「代わりに、オレの頼みを聞いてくれないか?」

「頼み、ですか?」


 エリサ達は、いつの間にかシミュレーターに戻っている。

 今は自習の時間で、教官も居なかったおかげで自由にしていられたのに、上級生こハルザが来たせいで、シミュレーターに引っ込んでしまったのだ。

 逆に、高等部の3年生は模擬試験を控えているためか、授業自体が昼前に終わる。


「放課後は空いてるか?」


 壁に寄りかかって腕を組みながら、ハルザは聞いた。

 アザミは二の腕に着けたポーチからスマートフォンを取り出し、今日の予定を確認してみる。


「空いてますけど」

「じゃあ、放課後になったらココに来い」


 2人のやり取りを、エリサはシミュレーターの中からじっと観察していた。


「わ……わかりました。 放課後になったらすぐに来ます」

「ああ。 それじゃあ、またあとで」


 ハルザはそのまま踵を返し、シミュレーションルームから出て行った。

 そして、タイミングを見計らってエリサ達はシミュレーターから飛び出し、アザミのもとに駆け寄ってくる。


「あんた。 シメられるかもね」

「ドンマイ。 アザミ」

「えぇ……」


 2人の言葉に、アザミは困惑する。


「もしかしたら『あの時の事は許してやる代わりに、先輩の言うことは何でも聞けよ』とか『身体で償え』とか命令してきそうよね!」


 突如、エリサの態度が豹変した。

 ボーイズラブ、少女マンガや恋愛小説を好むエリサは、クラスメイトの前でも、平気で自分の妄想を口にする悪癖があるのだ。


「あとは『一目見たときから……』とか『一度だけ、一度だけでいいからオレと』って感じに……」


 自分の世界に入ったエリサは、かなりタチが悪い。


 転校してから1年。

 人間観察が苦手なアザミでも覚えられたことだ。


 クラスメイトたちも、スイッチの入ったエリサには呆れている。


「エリサさん。 そろそろ黙らないとひっぱたくよ。 解釈違い起こした時みたいに」


 アザミはおもいきりエリサの頬をつねり、力づくで妄想を止めさせていた。



 ―― 放課後 ――


 あれこれと考えながら過ごしているうちに、放課後になってしまった。


 落ち着かない様子で、アザミはシミュレーションルームの前に立っている。


「よう。 時間通りだな、アザミ」


 声がしたので振り返ると、ハルザがダッフルバッグを肩に担いだ姿で居た。


「ここ、わたし達の教室から近いですしね」


 アザミが答えると、ハルザは何故かため息をつく。


「敬語はよしてくれ。 学年は違うが、同い年だろ」

「あ……すみません」

「敬語」

「ごめんごめん。 知らない人とか先輩が相手だとさ、無意識に敬語で話しちゃうんだ。 わたし」


 アザミが恐る恐る素の態度で話してみると、ハルザはやれやれとでも言いたそうな表情になった。


「それでハルザさん。 これから何かするの?」


 アザミが質問した直後、ハルザはムッとした表情になってアザミを睨む。


「呼び捨てでいい。 まったく、なんでお前はこう……他人に対して一歩引いた態度で接するんだよ。 オレが怖いのか?

 こんな見た目だから」

「違うよ。 いきなり初等部の3年に編入されて、クラスに馴染むのに、時間がかかってた頃みたいになってるだけ。 わたし、先輩方とはほとんど顔を合わせてないからさ」


 現在、中等部の生徒たちは、茨城にある国連宇宙軍の基地に居る。

 この時期、中等部は国連軍の部隊と合同で演習を行っているからだ。

 一方、高等部の1年生・2年生は、国連軍の月面基地にて訓練をしていて、学校に戻ってくるのは10月頃になる。


「オレはまだ14歳なんだ。 他の奴と同じように接してくれ。

 先輩って呼ばれるのは苦手なんだよ」

「そうなんだ」


 特殊なコンピューターを持ち、生体組織で作られた肉体を持つバイオロイド『エクサ』は、"最初から大人の姿"で誕生する。

 そのため、彼らの年齢は"製造されてからどのくらい経過しているのか"を表していた。

 だが、エクサ達はその"年数"を人間の"年齢"として扱ってほしいと、30年前のあの時に望んだらしい。


「精神年齢はどうなの? 外見とは少し差が出るって、昔聞いたけど」

「精神年齢は18歳程度だ。 ボディの製造ラインがマシントラブルで止まった時、精神だけ少し成長したらしい」

「自分のボディができるまで、順番待ちになってたってことね」

「そんなところだ」


 シュミレーションルームに入り、アザミは普段使っているシミュレーターとは違う所、校庭が良く見える位置にあるシミュレーターを選んだ。


「なんでここに?」

「いつもは入口すぐのシミュレーターだから、気分転換に」


 アザミはシミュレーターにスマートフォンをかざし、自身の乗っている機体のデータを呼び出す。

 このスマートフォンは、士官学校に入学すると支給されるもので、軍用ラップトップと同等の耐衝撃性・防塵性・防水性を誇るものだ。

 さらに専用の回線を使っているため、通信制限に悩まされることもない。

 そしてこのスマートフォンが、学生証や電子マネーを使う財布としての役割も果たしていた。


「じゃ、失礼」

「え」


 シミュレーターのシートに座ろうとしたアザミを押し退け、ハルザが先にシートへ座った。

 その後、アザミを見ながら自分の膝を叩く。


「座れ。 オレが後から直接指導してやる」

「えー……。 ハルザは他人に座られて嫌じゃないの?」

「別に。 お前は美人だし、痩せてるから軽そうだしな」


 『美人』言われ、アザミは少しドキっとした。

 ハルザは、思っていることを口にしてしまう人なのだろう。


「はいはい。 わたしは体重が34kgしかありませんよーだ」

「怒るなよ」

「怒ってません」


 アザミはムスッとしたまま、ハルザの膝の間に座った。

 小柄で細いアザミの体は、逞しいハルザの体にすっぽりと包み込まれてしまう。


「一応、録画もしておくか。 というか、上着は脱がないのか? シミュレーターの中だと暑いだろ?」

「別に平気だけど、熱中してたら汗かきそうだし、脱ぐよ」


 アザミはジャケットを脱いで、シミュレーターの前方、サブモニターの上にかけた。

 その時、ハルザが急に上体を起こし、シミュレーターのコンソールとハルザの体に挟まれたアザミは、気の抜けた声を出してしまった。


「悪い。 予備のHUDを取りたかったんだ」

「だ、大丈夫」


 腰に触れた柔らかいモノについては、気にしないことにした。


 アザミはHUDを装着し、シミュレーター上で機体を起動させた。

 まず、自動で操縦桿の位置とシートの位置、ペダルの位置が、アザミにとって最適なポジションに調整され、次にFCS(火器管制システム)やOSが起動し、機体に内蔵されたAIがシステムのチェックを終わらせていく。


「オレ、このシートがスッと持ち上がる感触が好きなんだ」

「わかる。 わたしも、全身が一瞬だけふわっと浮くのが好き」


 シートの調整を行っているダンパーには、自動車メーカーのシトロエンが、高級車のサスペンションに使うのと同じ、ハイドラクティブIIIが用いられていた。

 起動直後、一瞬だけ意味も無くシートを浮き上がらせるのは、車に使われていた時の名残りとして残しているのかもしれない。

 と、アザミは考えている。




 機体の起動が終わってからすぐに出撃したが、アザミの機体は前のめりに倒れてしまった。


「力みすぎだ!」

「いや、スラスターをちょっと吹かしただけだよ!」


 後ろで見ているハルザは、アザミの操縦を目の当たりにして頭を抱えていた。

 いますぐ操縦を代わりたい、とさえ思っている。


 アザミは機体を起き上がらせながら考えた。

 だが、カマキリのような姿をしたズーシャルが肉薄し、鋭い鎌でコックピットを切り裂く。


 そして、HUDは赤い画面に切り替わった。

 赤い画面は、戦死を意味する。


「お前な、肩に力を入れすぎなんだよ。 こんなに力を入れてたって、なんの意味も無いぞ」

「だって、シミュレーターとはいえズーシャルと戦うのは怖いし、さっきみたいに機体が転んだり、吹っ飛んだりするのが嫌で……」


 小さな声で呟き、落ち込んでいたアザミの肩を、ハルザは優しく揉んでやる。


「やっぱりな。 肩こりがひどいぞ」


 アザミはHUDを外してハルザの方を見る。

 サメのように白く、鋭い歯を見せながら、ハルザは笑っていた。


「少し休憩するか? それとも終わりにして帰るか?」


 ハルザに聞かれ、アザミは首を横に振る。


「まだ時間はあるし、できるところはシミュレーションしておきたいな」

「わかった。 オレはネットでもしてるから、アザミも適当に休んでろ。 30分くらい」


 ハルザは背もたれに寄りかかると、ジャケットからスマートフォンを取り出して、操作し始めた。


「うん」


 アザミはシミュレーターのモニターに触れ、一つのウインドウを展開した。


 シミュレーターによる訓練が始まってから1ヶ月。

 スマートフォンから、シミュレーターのウインドウに電子書籍を転送させ、静かに小説を読むのが、アザミの習慣になっている。


「ライトノベルか? ハウツー本か?」


 ハルザはスマートフォンから視線を移し、アザミが読書をしていたことに気づいた。


「ライトノベルかな? 本当は違うらしいけど」

「どんな物語だ?」

「本を守るために戦う組織と、そこに属する本が好きな女の子の物語」

「昔流行ったあの小説か」

「そ。 このシリーズが好きでね」


 物語が進むごとに進展する主人公とその教官の関係、その周りに居る、個性豊かな登場人物たち。

 アザミが好きなシリーズ作品で、最も好きな要素だった。


「逆に嫌いなタイプの小説ってあるのか?」

「ハーレムもの以外だと……」


 嫌なタイプの小説を説明するのに、考えをまとめる必要があった。


「話すと長くなるよ?」


 アザミが聞くと、ハルザは「大丈夫だ」と返した。


「作品より、苦手タイプの作家さんがいるんだよ。

 わたしはね、『時代の流れがもてはやす、民衆の疑似餌にされたにすぎない、たまたまそこに人材が居ただけ』の作家とか、『秀逸なダジャレで強い癖を醸し出したり、日本語でラップしちゃってる』作家が苦手、というか地雷なの」

「どうしてだ?」

「だってさ、その部分で読者の読むスピードを落とさせてるだけで、全体的なボリュームやストーリー自体は薄かったりするんだよ?」


 アザミは深呼吸しつつ、自身を落ち着かせる。


「読むだけ無駄だった、みたいなのは嫌だしな」

「そうそう」

「他に地雷は?」


 ハルザにさらに質問され、アザミは、ウインドウに何冊かライトノベルの表紙を並べて見せた。


「死に戻りしか能のないクズ主人公。 MMOの世界に残されたチート使いのサイコパス。 戦争中の異世界で女の子に転生したリーマン。 異世界でロボ作りたいだけのロボオタ。

 他には、世界を素晴らしいってなんて言ってる変態」


 アザミが言い終えると、ハルザは可笑しそうに笑い出した。


「笑わないでよ」

「すまない。 苦手なモノを話している時のアザミの表情が面白くてな」


 そう言って、ハルザは無意識でアザミを抱え上げ、対面させるようなかたちで膝に座らせた。

 ハルザの行動にアザミは驚いたが、仕方なくハルザの肩に手を置いて、支えとしている。


「銀河を舞台にしたSFに、現代モノSF。 ……それにBL」

「ほう、BLも読むのか」


 クラスの数人にしか話していない趣味を、知り合って間もないハルザに話してしまった。

 だが、アザミは後悔していない。

 ハルザには話しても大丈夫。 と、思ったからだ。


「Hなシーンだけ読みたいわけじゃないよ? 作品によっては、Hシーン無しで純粋な交流だけで完結させてるのもあるし、そういう作品は『Aはこの時Bをどう想っていたのか?』、『CはBが好きだったのに、Aのためにここで身を引く決心をしたんじゃないか?』なんて考察がはかどる」

「なるほど。 アザミはその手の作品で、登場人物の心情を考察するのが好きなんだな」


 アザミは力強くうなづいた。

 ハルザが、真面目に話を聞いてくれるのが嬉しい。

 まだ話を続けたかったところで、チャイムが鳴った。

 完全下校の時刻になったのだ。


「アザミ。 明日も空いてるか?」

「空いてるよ」

「じゃあ、特訓の続きはまた明日だ」


 アザミは静かに立ち上がり、先にシミュレーターから出た。


「今日はありがとう。 わたしの話も聞いてくれて」

「次はオレの話も聞いてくれよ」


 シミュレーターから出て、ダッフルバッグを担いだハルザは笑う。


「はいよ。 じゃあ、わたしはシミュレーターの電源落としたりしないといけないから、ハルザは先に帰ってていいよ」


 シミュレーターにかけてあった上着を取り、アザミはそれを羽織った。


「任せた。 じゃあな」

「じゃあね。 また明日」


 アザミは上着のボタンを止めながら、シミュレーションルームを後にするハルザを見送った。

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