家を追い出されるの巻
「わたくし、あれが食べたいわ」
ふわふわのマフに包まれた手を組みながら
世間知らずの令嬢シャルロットは従者へとおねだりをする。
「いけません。路銀がなくなる」
その答は、否。
というのもそもそもがこのような事態。
とある身分も財産も兼ね備えたであろうはずの令嬢が
以降の生活をも心配するような逃亡生活を強いられているのは
隣家に住む悪徳令嬢の陰謀によるものである事は
もはや言うまでもないであろう。
そしてそんな世間知らずな一人娘を
有能なるその従者は寸での所で救い出す。
逃亡前夜の第一声はこうであった。
「旅行へ行きますよ、お嬢様」
時既に遅く父君と母君は何者かの手によって毒殺され
ただ一人残されたのは何の力も術をも持たぬ
ただのシャルロットその人であった。
世間知らずで能天気。
そんな娘に残酷なる事実を告げてしまうとすれば
今すぐにでも敵対者に見つかって
従者共々あっという間に暗殺されてしまうだろう。
なので「旅行に行く」などという
時分に相応しくない下らぬ嘘をついたのだが。
「旅行なんて久しぶり。わたくし、とても楽しみですわ」
(・・・頭の上に花でも咲いているのだろうか、この人は)
齢にすると16なシャルロットは
年齢からすればこの時分にそう言われたこの場合
自らの置かれた危機的な状況を察する事が
通常の女性であれば出来たであろう。
だが今の彼女はどうやら本気で旅行に行くと思っているらしかった。
「このネックレスはどうかしら・・・?
とてもお気に入りだから、持っていこうかしら」
「ええ、どうぞお好きに。
・・・出来ればお早くお願い致します」
あまり大荷物になるのもどうかと思うのだが
長旅はいくらかの金銭が必要だ。
本来なら邪魔になるはずの宝飾品も
分解して輝石として売るとすればいくらかの値にはなるであろう。
不幸中の幸いか屋敷内のメイドの機転が働き
逃亡にはある程度時間の猶予があったので
準備の手筈は十分に整えられていた。
単に令嬢一人始末するのは容易いだろうと
連中から侮られていただけかも知れないが。
「それと、仮装パーティーが先に御座いますので」
「変装するのですね!」
辻馬車に荷物を詰め込み二人は
逃亡という長い名前の旅路へと出る。