#8 「新しい朝」
疲れ果てたと表現するのが相応しい深い眠りから覚めたジロウは、半ば寝ぼけたまま窓辺に立ってカーテンを開く。
周囲に立ち並ぶ住宅などに阻まれて見通しの悪い町並みに、遠くから響く夜勤作業者のものと思わしき騒音が耳を打つ見慣れた光景が、そこに広がっていた。
薄暗い周囲一帯に光が差し込んでいる有様を”朝”と認識出来るのは、その光景そのものを人類が宇宙へ飛び出して以来の伝統として継承し、形として残してきたからである。
天然の恒星である太陽の存在によって成り立っていた”1日の周期”という概念を、資源衛星であるサテライト7を大地に見立てて、その周囲を循環する人工的な光源を整備することで再現しているのだ。
その維持に必要なエネルギー総量は相当なもので、限りある資源を浪費する行いと批判する者までいるというのが現実である。
しかし、そんな声もある中で今なお原型を留めて受け継がれていると言う事実は、1日という概念に人類という種そのものが相当な価値を見出しているということだろう。
それは労働時間や生活リズムを管理する為の基準であるという小難しい理由では無く、もっと根本的な所に由来しているのだと、ジロウは思っていた。
労働という手段を用いて、日々の暮らしを積み重ねてきたことによって培われた感性故に辿り着いた結論。
それは望む望まざるに関わらず、人生の中で自分が手に出来るものは全て、自分の積み重ねてきたものに起因しているという事である。
途方も無く長い年月を母星で過ごしていたご先祖様から端を発し、積み重ねてきた歴史によって生み出されたのが今の自分を取り巻く環境。
それを証明する為の象徴として存在するのが、一日の循環を表現する為の巨大なオブジェなのだ。
大きく伸びをして全身に血液を行き渡らせながら、次第に意識を覚醒させていくジロウの目前で、町の風景は次第に明るさを帯びていく。
日の出の時間だった。
「……おっしゃ。今日も1日、頑張るとするか」
夜更かしに近い状態で眠りについた昨日の疲れを頭の片隅に締め出しながら、気合を入れるべく両の頬を景気よく叩く。
痛い。
そんな締まらない態度こそが自分の性分なんだと言い聞かせながら、新しい1日の始まりを受け入れたジロウは心持ち足取りも軽く踵を返して、身支度に取り掛かるのだった。