#4 「ツルハシ・ソード」
資源衛星"サテライト7"における重力が、基準とされる母星のそれと比較しておよそ6分の1であるという事実は、一般常識に属する知識である。
が、既にその衛星を6つも使い潰している程宇宙での生活を余儀なくされている人間たちの中に、その大元となる基準を体感したことのある者は当然ながら存在しない。
ただ、サテライト7の軽い重力という環境が、人間を模した形状である作業機械オートランの実用化に適していたことだけは確かである。
作業用と移動用の計4本のアームで構成されている機体の重量はどうしても重くなってしまう為、それによる影響を実質的に抑えられるという点は大きい。
その、現在の環境を代表する技術であるオートランを戦闘に利用しようとする相手が、ジロウの目前に迫っていた。
長距離移動を想定したローラーダッシュで一直線に突撃してくるその様は、手にした槍で躊躇なく敵を撃ち貫こうとする意思を感じさせる。
敵とは当然、その場に居合わせただけでとばっちりを受けつつある1作業者の男、すなわちジロウとその搭乗機である作業用オートランだ。
採掘や整地で安定していない地面をぶれることなく突撃してくるその様子から、敵対者の乗り手の腕はそこそこの経験を持つ者であることが察せられる。
その腕前を別の方向に向けて活用することが出来たのなら、少なくとも自分からの評価は大きく変わっていただろう。
技術の向上の為に必要になるのは経験の積み重ねであり、それに類することを実行できるだけの地力は持ち合わせているということが分かるからである。
無論、人によって考え方が異なる以上は目前の操縦者にしても、譲れない何かを抱えた上でこのような行為に及んでいることは分かっていた。
しかし結局のところは、正当な理屈を掲げて武力行使をしている相手の暴力に対して、自分が折れて頭を下げることも、またその力によって被害を被ることも道理に反しているというのが、ジロウの結論となった。
急速接近して手にした槍を突き出してくる戦闘用オートランの一撃は鋭く、しかし単調にして短絡的と言わざるを得ない動きである。
ジロウは槍の穂先の機動を見極めた上で機体を操作し、流れるような動きでこれを回避しつつその場で旋回する。
同時に、腰に当たる部分に固定されていた作業用工具に手を伸ばし、躊躇なく掴んだ上でそれを引き抜いた。
抜刀する要領で引き抜かれた得物の先端には確かに鋭い刃が備わっていたが、斬るというよりは突く、或いは削ることに特化したその形状は剣などよりもよっぽど凶悪な形状をしている。
要は、ツルハシだ。
「刃物を人に向けてはいけませんって、かーちゃんから教わらなかったのか?」
敢えて自分のことを棚に上げて、ジロウは無駄のない動きで背面を取った戦闘用オートラン目掛けて得物を叩き付けた。
狙いは下半身に当たる、関節の起点となる中央部分の破壊。
機体の移動を支える中枢を狙った的確な攻撃だが、人を模した機体の股間を躊躇なく狙うその姿は恐ろしいの一言である。
制御を失ったオートランには切り返して反撃する以前に、勢いの乗った自らの慣性を殺すだけの余力も無い。
バランスを崩したまま前のめりに地面へと叩き付けられた姿勢のまま、起き上がることなく沈黙した。
日雇い作業者ジロウの命の危機は、こうして回避されたのである。