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オートラン  作者: たくみ
間章
36/36

失われた太陽と箱舟の名残

 記録によれば、それは人類が未だ太陽系の内側にのみその生活圏を広げていた時代の話である。

 遥か昔より惑星の中心で光輝いていた太陽の恩恵が失われ始め、生物が住まう大地としての面影を無くしつつあった地球の庇護を離れることを余儀なくされた我々の祖先は、宇宙空間に設けられた居住区域に生活の場を移していた。

 そのエネルギーの供給の大半は遮蔽物のない環境に於いて十全の状態で活用できる太陽光によって補われていたが、その根元を失いつつあるという現状を目前にして大きな転換期を迎えていた。

 太陽光に代わる安定的な供給の見込める代替エネルギー開発は必須であり、それが叶わないともなれば太陽に代わる新たな光源を外宇宙に求める必要性が浮上していたのである。

 代替エネルギーと言っても即座に形になるような都合の良いものがある筈も無く、また仮に研究の果てに完成するものと仮定したところで、そこに至るまでに必要な期間とそのために消費される資源の量を考えれば、浪費の果てに人類という種が滅亡するという最悪な結末さえあり得ると考えるしかない。

 外宇宙に新たな光源を求める手段は技術的な面に於いて現実的であるものの、目的地の選定とそこに至るまでの所要時間を考えた場合に、広大に過ぎる宇宙空間において現実的な数値が算出できるか否かは全くの不透明と言わざるを得ない。

 いずれかの一本の道に絞ろうとすれば、そのデメリットを回避する手段はなく、失敗とはすなわち人類と言う種の滅亡に直結するともなれば安易に結論を出す訳にはいかないだろう。

 であれば、その時代直面した問題に対して今何をするべきかという一点に於いて妥協点を探るというのが、当時の首脳たちが辛うじて弾きだした行動指針であった。

 すなわち代替エネルギーの開発は常時継続という方針のもと、太陽光発電のシステムをそのまま活用できるポイントを割り出し、航行能力をともなった推進装置によっての移動を試みるということである。

 それこそが人類が旧太陽系を離れて外宇宙へと進出するという決断であり、その為の手段として建造されたのが”箱舟”と呼ばれるシステムであった。




 薄暗い資料室、雑多に書類や書籍の詰まれた作業机を挟んで腰かけている女性の口から延々と説明されたのは、要約するとそんな感じの話である。、


「そうして、人類という種を残すために”箱舟”は建造された訳ですが、実際にそれを行うに当たって問題となったのは、当時の生活環境に於いてそれを新たに生み出すだけの資源と労力を確保することが困難であったということです」


 ナルサワ=コヨミの口から続けられた一言に対し、自分の眉間にシワが寄る瞬間を自覚できたことは果たして良い事なのか悪い事なのか。

 その結論を出す行為は認知すらできない程に遥か遠い未来の自分に先送りすることにして、取り敢えずは今の彼女の発言に対して率直な疑問を口にすることにした。


「我々が今日に至るまでの世代を繋いでこの資源衛星に辿り着けたのは、まさにその箱舟の存在があったからこそな訳だが、それが当時造ることが出来ない状態だったというのはどう言うことだ?」


「それは言葉の解釈違いからくる認識の相違というものです。造れなかったのではなく、造るために必要な要素をそのまま用意することが出来なかったということですから」


 言外に馬鹿にされているような気もするが、要点をしっかりと指摘している辺りからすると本心から素直に間違いを指摘しているだけなのだろうと推測する。

 改めて考えてみれば、必要な要素を満たさない状況であったにも関わらず現物が出来上がっている状況を考えれば、そこに何らかの方策や手段を用いて補った上で形にしたということなのだろう。

 資材がないのならあるところから調達するしかあるまい。

 例えば当時現存していたであろう、居住施設そのものであるとかだ。


「つまりは、当時の居住施設にそのまま推進器をくっつけて飛ばしたか、或いは推進力を伴った骨格にそうした施設を括りつけて飛ばしたとかそういう話か」


「付け加えるなら、そこに元々住んでいる人々に、”放り出されたくなければ協力しろ”と脅し(めいれい)でもすれば作業の人手も確保できるという寸法ですね」


 鬼だな、という率直な感想は呑み込みつつ、当時の切羽詰まった時代に生きた者たちの苦労を想像すれば、資源衛星とはいえ文字通り地に足を付けての生活を遅れている今の自分たちはまだマシな部類に入る方なのだと思わずにはいられない。


「衛星の表面に設置された居住区画があそこまで綺麗に分割出来ているのはその名残という訳か。つくづく先人たちの苦労には頭が下がるよ」


「そうした思いも当時の情報がこの書庫のような場所に残されていて、これを読み解ける存在が居てこそ生まれるものです。なのでもっと私に感謝しても良いのですよ?」


 得意分野の話だからって調子に乗ってるなこの本の虫め。

 成程、改めて自分の立ち位置を振り返った上で先人を思い、気持ちを新たにできるのは目前に座している存在のおかげという事実は認めよう。

 であれば、それに対する返礼を行うのは人として当然の礼儀である筈なので、それに相応しいものが何かと考えれば我が身に起きたことに倣って”自分の立場を振り返って気持ちを新たに出来る”環境を用意してやることこそが妥当ではないか。


「そうだな、お前には感謝の気持ちを形にして表してやらなければなるまい。具体的には今の自分を改めて見つめ直して新たな気持ちになれるような、自らのステップアップを可能にする新たな仕事をだ」


「いえそういうのは結構です、というかこの部屋から出たくありませんので他の方にお譲りします」


 冷や汗を垂らしながら慌てて弁明を始めた彼女の姿に内心で溜飲を下げながら、自分でも会心の笑みであると自覚できる爽やかな表情を浮かべてこう告げた。


「決定事項だ、諦めろ」


 その時、ナルサワ=コヨミという女性の浮かべたこの世の終わりに遭遇でもしたかのような表情は、この後しばらく脳裏に浮かぶ程度には衝撃的なものであった。

<登場人物>

上司

・本名はヤマト=タイセイ。

 ナルサワ=コヨミ直属の上司で、扱いの難しい彼女を押し付けられるという貧乏くじを引く。


ナルサワ=コヨミ

・自分の得意分野では調子に乗りがちな本の虫。

 誰も寄り付かない資料室に入り浸っているせいで自室のように扱っている。

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