#5 「次世代の器」
違法オートランによる事件の発生は、間違いなくサテライトにおける治安維持の問題に於いて、最優先に対処されるべき事柄である。
しかし対処と言っても、発生そのものを未然に防ぐ手段がない以上は如何に迅速に対応できるかに掛かっていると言って良い。
そこで重要になってくるのが、実際に事が起きた時に対処する体制側の"戦力"である。
オートランは低重力という環境に於いては最も機動力に優れた作業機械であり、武力として転用された場合に同等以上の力をぶつけなければ鎮圧は困難だと言わざるを得ない。
武装勢力へ対処する為には自分たちも武装をする必要性に駆られることになり、如何にしてそれを行うかと言うのがこれから頭を悩ませる部分になってくることだろう。
ここで問題となってくるのが、対抗する武力の向上と、それを扱う人員の確保である。
再び報告書に目を通せば、件の収束に一役買った作業者の、常軌を逸した動きによって相手を無力化したという一文が目に留まった。
作業者の中には体制側の思惑を超え、作業機械を手足の様に扱える優れた技術を持つ者がいるということである。
であれば処遇を改善することでこの人材を確保すれば、一時的に人員の問題を解決し、かつ後続を育てる為の切っ掛けとなり得るだろう。
資料に記された作業者の名は、アサミヤ=ジロウ。
彼を"吊り上げる"為に必要な布石を、あらかじめ用意しておくのは有用であると思えた。
そしてもう1つ。
「優れた技術を持つ乗り手を、最大限に生かす器。オートランを越えたオートランの開発……それを実行し得る環境を整えることが急務、ですか」
個人の技量に頼った対策に終始してしまえば、それと同等程度の能力を持つ者が敵に回った場合に出し抜かれる可能性は十分にある。
ましてや、民間人を最前線に放り込むような状況になりかねない事態であれば、こちらの想定を上回る状況などいくらでも起こるだろう。
必要なのは一分野に特化した対処療法では無く、あらゆる事態に対処できる総合的な解決方法である。
事が大きくなり過ぎていない現状から対処していかなければ、いざ事が起こった時に後手に回れば、現体制側が"7番目の亡霊"になりかねない事態であると認識しなければならない。
次の世代へ命を繋ぐためにこそ、箱舟は存在するのだ。
であれば末席とは言え、そこに座しているコヨミもまた、その為に尽力する責務がある。
いずれ自分もこの資料室を出て働く時が来るかも知れないという覚悟を抱きながら、出来ればこのまま自分の好きなことだけやって生活したいなという本音を捨て去ることは出来ないのだった。
今はまだ自分が動く時ではない、多分。




