#2 「人工の生活基盤」
資料室として活用している区画は、巡航時代の箱舟に搭載されていたユニットブロックの1つをそのまま流用したものである。
元の太陽系から脱出することを目的に生み出された箱舟は、制御室と推進部分を除いた構造を多機能型のブロックを組み合わせることによって構成されていた。
これは状況に応じて必要になる機能をブロック単位で保有すると同時に、居住可能な環境に到達した際にブロックごと移設出来るようにするために採用された方式である。
人員や製品を流通する企業体の土台作りや、経済活動を支える従業員の居住区画の確保をこうした機能によって賄えたが故に、現状のような発展を遂げたのだった。
こうした技術や用いられた経緯に関しても情報の1つとして残されているのが当の資料室であり、その部屋の主であるコヨミの仕事とは、主にそうした経過や実態を記して残すことにある。
オペレート・ルームから転送されてくる情報量は未整理の状態もあって膨大の一言であるが、そうした文字列に目を通すことそのものを至福の時間と捉えている彼女にとって、それは苦になる作業では決してない。
それどころか、積み重なっていく情報によって現実の状況が読み解かれていく工程そのものが、彼女にとっては娯楽に等しいものであるというのが、正直な認識なのである。
故に端末に映し出された長文を眺めているコヨミの表情は、満面の笑みと言っても差し支えない程に楽しそうな表情を浮かべていた。
「母星という生活基盤を失ってしまった人類が生き残る為に生み出された、人工の新天地。この土台を守り抜くためには、あらゆる手段を用いなければなりませんね」
恐らくは無意識の内に呟かれたであろう一言は、実に物騒な響きを伴っている。
人の手によって生み出されたサテライト7というシステムは、現状を維持していくので手一杯な程に余裕のないサイクルで成り立っており、その上で先を見据えた対策や貯蓄を行っていかなければならないというのが、現状における課題の根本だ。
であれば、その発言の意味するところは至極真っ当なものであり、システムを運用する側の人間であれば大小の差こそあれど、同じような行動理念を持って職務を遂行している筈である。
ただ、実働する他の職員と違ってコヨミは資料室に陣取った主であり、その思考回路は現実的に直面するであろう倫理的な問題の一切を度外視した、極めて現実的な論理によって形成されていた。
それは、必要とあらば少数の意見を容赦なく切り捨てることすら厭わない程の、冷酷さを垣間見る発言なのである。
もっとも、必要が無ければ自分の領域である書庫から一歩たりとも出ることの無いコヨミの言葉が、他の誰かの耳に入ることは無い。
或いは彼女が自らの領域に引きこもっている限り、世の中は平和であるのかも知れなかった。




