#1 「しっぽ切り」
現場で働く作業者の心構えとして持っていたのは、目前の問題に対して確実に対処するという考えだった。
そもそも作業者の本質とは"与えられた仕事を確実に実行する"ことにあり、効率や優先順位によって作業内容や順番を変えることはあっても、その本質を逸脱することがあってはならない。
一方で、上位の責任者から送られてくる指示が常に的確であるとは限らない為、意見をすり合わせる為に物申すことは確かにある。
しかし職務における責任という問題から、最終的な結論が変わらないのであればあくまでも相手を立てるというのが、ヤガミ=ユキヒロの仕事に対するスタンスである。
それは立場の弱い作業者でしかない自分を守るための数少ない手段の1つだったが、一方で責任者の立場にとっては実に都合の良い存在だと思われてしまうという弊害も生んでしまっていた。
その結果不幸なことに、やって当たり前という意識が刷り込まれた責任者の意識が緩み、その管理が杜撰になっていったのである。
本来立場の違いとは、物事に対して異なる目線や判断基準が向けられることにその意義が存在する筈だったが、まるで現場主導のような空気が持ち込まれたことで、現場任せの管理体制が常態化してしまったのだ。
そして現場作業者の視点とはあくまでも、目先の問題に対してのみ向けられるものである。
結果的に安全管理を怠ることになった作業中に於いて、大きな事故が発生してしまうのは自然な流れであったと言わざるを得ない。
オートランによる掘削作業中に起きた崩落事故は、死者こそ出なかったものの世間に大きく取り上げられ、非難を浴びる結果となったのである。
企業の代表から管理職へ投げられた責任の所在は、現場主導で仕事が行われていたという事実によって宙に浮いた状態になってしまう。
そして、現場任せで名ばかりの責任者となっていた管理職が、率先して部下を庇うような心根を持ち合わせている道理は無い。
結果として、事故を引き起こした原因の一端を担ったという名目によって、一作業者でしかないユキヒロの身にまで責任が及ぶ事態に発展してしまったのである。
「……畜生。どいつもこいつも、口を開けば責任逃れの口実ばかり垂れ流しやがって……!」
実作業の経験しかない自分にこの状況を乗り越えるだけの能力は無く、反論したところで耳を貸す企業の人間などどこにもいない。
下手に庇い立てれば自分も巻き込まれるであろうことは容易に想像が付くのだから、当然のことだ。
作業場の暴走を扇動した主犯の1人として扱われたユキヒロは、ロクな反論の場を与えられることもないままに、企業を解雇される運びとなったのである。




