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オートラン  作者: たくみ
キリシマ=エイジ編
19/36

#1 「町内会長の日常」

 箱舟によって外宇宙より飛来した人類が住まう資源衛星"サテライト7"は、元を正せば宇宙空間を規則的に漂う質量の塊に過ぎない。

 惑星や恒星との位置関係を基本に、衛星に含有される資源の成分の合致を見たことによって入植に十分な環境であると判断されたことによって、星の表面に張り付くような形で始まった生活が現在にまで続いているのである。

 最寄の惑星の影響でもたらされた引力は失われたに等しい遠い故郷の星と比較して、およそ6分の1程度。

 大気圏は存在せず、そのままでは生身の人間が生活できる環境では無い。

 その土台を築く為に用いられたのは、この衛星に辿り着くために用いられた箱舟の一部をそのまま移設するという方法であった。

 船の外壁を使用したドーム状の隔壁によって居住区を覆うことで気密性を保持し、生活の拠点としたことを始まりとして、電力や酸素を供給する為のインフラ整備、食料品等の生産プラントの建設など、現時点で存在するものは何であれ利用し、無ければ有り合わせのもので間に合わせながら作り上げられたのが、サテライト7の現在の外観である。

 7の数字が示す通りこの衛星に至るまでに食い潰してきた過去の資源衛星に於いて蓄積した経験を元に、"生き残ること"に特化した思考と思想の元に少しずつ形にして来た結果こそが、その風景だった。

 そうした、幾重にも苦労を重ねた上に成り立っているのが現在である。

 であれば当然、それを維持するためにも莫大な予算と途方もない労力が必要であろう。

 航行能力を失ってオブジェと化した箱舟から権限を引き継ぎ、最前線の現場に於いてそこに住まう者たちの管理を行うシステムが構築されたのは、そうした経緯によるものである。

 入植から数えて、世代を越える程度には長く続いたサテライト7を取り仕切るこの機構の役割は、同じく時を重ねるごとに新たなる問題に度々直面する度に、その責務を肥大化させていくことになった。

 その立場は現場で働く作業者や管理者の立場からすれば高いものだったが、人類全体の方針を決定する上層部からすると低いものと言わざるを得ないものである。

 俗に中間管理職と呼ばれる立場に納まったこの機構の職務は、自然と低額に支給される報酬に見合うとは到底思えない長時間労働を強いられる過酷なものへと変貌していく。

 この機構の名は、格式ばった印象を取り除くという意味を込めて、"サテライト7町内会"の愛称で親しまれていた。


「あぁ、俺の休みが飛んでいく……うふふ、ふふ……」


 サテライト7居住区の一角、オフィス街の中央にそびえ立つ町内会の事務所の一室。

 幽体離脱した肉体を作業機械のようにリズミカルに制御するという離れ業で、目前の作業机に用意された書類に目を通しては適切に処理していく男こそ、サテライト7居住区画の現場トップに立つ町内会長、キリシマ=エイジである。

 光が失われた虚ろな瞳のまま淡々と作業を続ける彼の脳裏にあるのは、たった二つの思いである。

 1つはこの資源の限られた世界で、後々のクレームや問い合わせに対処するという名目で長期保管する為だけに浪費されている、目前の紙媒体への複雑な感情。

 もう1つは言葉にも出した通り、その手間のせいで膨れ上がった業務に忙殺され、唯一の楽しみでもあった休日が潰れてしまったことに対する恨み言である。

 負のオーラを撒き散らしながら、壊れたメトロノームのように不気味な挙動で業務に当たるエイジの姿は、指して珍しくもない日常風景の一コマに過ぎなかった。

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