#3 「操縦技術」
作業機械として開発されたオートランの操縦席は、作業場の見通しを良くする目的から頭頂部に位置している。
直立するという構造の影響で重心が上半身部分に偏ってしまう為、これを調整する為に下半身部分が重くなるよう設計されていた。
通常の車両と同程度の走破性を持つローラーダッシュの機能も、このバランスウェイトとしての意味合いを含めたものである。
加えて、操縦席の平行度を保ちながら機体の全重量という負荷の掛かる部分ということもあり、ローラー部はオートランの最も摩耗しやすい個所だった。
その為、整備士であるカニハラ=ダイゴにとって、機体の両脚は最も念入りに確認しなければならない部位ということになる。
それを踏まえた上で、目前にあるつい先ほど帰還したばかりのオートランの整備に取り掛かろうと要所の確認を始めたところで、ダイゴは言葉を失っていた。
両脚の外装部分が削れて地肌が剥き出しとなっている上に、股関節との付け根辺りの骨格が湾曲していて、更に件のローラーも悪路に全速力で突っ込んだかのように傷だらけになっていたのである。
よもや転倒したのではないかと他の部分に目を通して見るが、上半身の外側にこれと言ったダメージは見受けられない。
ダイゴのこれまで見てきたオートランに関する知識の中で、目前の状態に陥った状況に該当する要素が無いのだ。
現在の状態から逆算して考えれば、足場の悪い場所で両足を規定以上に大きく開きながら、左右のローラーを逆回転して勢い良く旋回することだろうか。
しかし、資源の採掘を行うことを主目的とした機体と作業現場に於いて、そのような動作をする必要性は皆無である。
考えても答えの出ない疑問であると理解したダイゴは、この機体を操縦していた当の本人から解答を得るべく視線を巡らせた。
作業終了後の日課となっている整備の手伝いを終えてその報告をしようと、お人好しの作業者が近付いてきたのはそんな時である。
アサミヤ=ジロウであった。
ダイゴの疑問に対して、ジロウは渋い表情を浮かべながらも隠し事をすることなく、正直に答えを返す。
ただ、スコップ持って襲い掛かってきたオートランを何とかしようとして持ってたツルハシで股関節を粉砕して無力化した、という話を素直に受け止めるだけの器量は持ち合わせていなかったようだ。
とりあえず噂の武装勢力に襲われながら、無事に帰還出来たことに関しては安堵したというのが本音である。
が、その状況でどのような動きをすれば機体の下半身にだけ負荷が掛かってしまうのか、という根本的な問題が残ってしまう。
そこで、思い当たる節は無いのかとジロウに問い掛けてみると、自信はなさそうな雰囲気ながら思い当たる点を口にした。
直進してきた敵を回避しつつ、ツルハシにオートランの関節を破壊できる"遠心力"を与える為の動作。
機体の切り替えしである。
「採掘場の狭い隙間でも旋回できるように、普段から両脚を開いてバランス取りながらローラーを左右逆に回して方向転換してたんだ。その方が早いし……ひょっとしてこれマズかった?」
「マズいっつーかお前、そんなことしたら脚の根元に負担が掛かる上に、重心が保てずにバランスが崩れ……いや待て、"してた"ってことはずっとそれを続けてたってことか!?」
声を荒げたことに恐縮した様子のジロウだが、それに気を遣えるような余裕はダイゴには無い。
衛星の低重力での運用を想定しているとは言え、オートランは2足歩行を基本とした作業機械であり、直立状態のバランスを保つため、本来であれば規定された姿勢での使用を前提のとされているものだ、
何より、ローラーダッシュによる走行時は両脚がロックされて通常車両と同じ運用をされている筈で、それを解除しつつ歩行状態のまま両足を動かすことが想定されている訳が無い。
つまり、本来想定されていない状態でバランスを取りながらオートランを操れるだけの技量が、ジロウにはあるという事である。
作業機械の枠組みを越えて、違法改造されたオートランすら圧倒して見せる能力を持っているという事実に対し、一歩間違えれば大惨事になりかねない状況であったことに肝を冷やしつつ、改めて人間の持つ技量の可能性に驚愕するのであった。




