部長への報告は結論から
テラス席の増設。
その案を進めるために、放課後僕と如月さんはパフェの試食も早々に済ませて第三視聴覚室に急いだ。もちろん、掃除を終えた後で。
「ぶー。もっとパフェゆっくり食べかったー」
「そうは言っても、早くテラス席の相談がしたいじゃないか」
「そうだけどー、一人分しか食べられなかった! はぁ……牡丹さんの分」
「よっぽど好きなんだね……」
どれだけ食べたかったんだ。というか、この食欲でよくこの体型が保てるな。彼女の身体の構造が不思議でならない。
肩を落とす如月さんをなだめながら、僕は第三視聴覚室の扉を開けようとした――
ガチャガチャ。
あれ?
「――開かない」
「あ、そういえば牡丹さん、今日用事って言ってたじゃん!」
「あ……」
しまった。すっかり失念していた。
「ほーらー。やっぱりパフェ食べられたじゃん。栗島くんのあほー!」
「う……ごめん、忘れてたんだよ」
「もぉ、しょうがないなぁ。合鍵は私も持ってるから、中で待ってよ」
如月さんはスカートのポケットから第三視聴覚室の鍵を取り出して開錠する。
「さ、入って」
僕は促されて教室のなかに入ると、昨日と同じく、ミーティングスペースの下座の椅子を引いて座る。如月さんも何も言わずに隣に腰掛けた。
「末永さん、時間かかるのかな?」
「んー。昨日の感じだとミーティングまでには戻りそうだったけどなぁ。ちょっと連絡してみるよ」
今度はカバンからスマートフォンを取り出す如月さん。赤いシリコンカバーの表面にデコレーションが装飾されており、なんとも女の子らしい。
慣れた手つきで画面を操作して待つこと数分、返事が来るよりも先に本人が第三視聴覚室に訪れた。
「二人ともお待たせ。麻優、学校内での携帯操作は校則違反よ」
「う、部室だからいいじゃないですかー」
「ふふ、冗談よ。連絡来たのは知っていたけれど、来たほうが早かったから返信しなかったわ」
「既読スルー……しょぼん」
仲の良い二人がいつもの冗談といったやり取りを終えると、末永さんも昨日と同じ場所に座る。これからこの位置が定位置になりそうだ。
「早速ミーティングを始めましょう。状況は後で聞くとして、まずは座席数増加の案があるかどうか聞きたいわ」
「あ、それは栗島くんからどぞ!」
「あら、栗島君。案を思いついたのね、教えてくれるかしら」
「はい、今日僕達はお昼休みに学食に向かいました。今日も人がごった返していたので、如月さんが人数調査を行っている間に僕が行列整理を行いました。しばらくして落ち着いた後に学食の裏でお弁当を食べていたのですが――」
「栗島君」
「あ、はい」
「結論から言ってもらえるかしら?」
「えっ」
いきなりのダメ出しに、つい素っ頓狂な声を上げてしまった。
昨日の如月さんを見習って頑張ったつもりだったのに……軽くショックだ。
「アンサーファーストよ。答えを先に言うことで、聞いている人の理解は早まるから。英語と同じね」
「はい、すみません」
如月さんの話し方は要点が整理されていると印象を受けたけど、そういう理由だったのか。なるほど、勉強になるな。
「それで、どんな案が浮かんだの?」
「えっと――外に、テラス席を作れば良いんじゃないかと」
「なるほど……テラス席ね、場所に心当たりはあるの?」
「はい、学食の裏なんてどうでしょうか。今日、そこでお弁当を食べたのですが、陽の光も当たって気持ちよかったですし、晴れた日なら外で食べたいという需要もあるかもしれません」
「そうね、私もパンを買って屋上で食べることが多いから、気持ちは分かるわ」
「はい、いかがでしょうか?」
「ええ、まずはその案が進められるかどうか、具体的に掘り下げていきましょうか。それと栗島君、言い直した後は良かったわよ。なかなか飲み込みが早いじゃない」
「あ、ありがとうございます!」
やった、次は褒められたぞ。
「出た、牡丹さん得意のアメとムチ……」
――僕の喜びを返せ。
「それで、テラス席を用意するってなると具体的にどんなハードルをクリアしないといけないのかしら?」
「あ、すいません……そこまではまだ」
「あら、まだ浮かんでいないのね。それなら今から一緒に考えましょうか。でも、次からは答えを考えてきてね。これもプロジェクトを進めていく上で大事なことよ」
「分かりました」
「さてと、麻優のほうは何か思いつくかしら?」
均等に会話をさせるため、末永さんは如月さんにも意見を求めた。
「そですね、まずはやっぱり雨風をどう凌ぐかかなぁと、テントって学校に余ってたりしないですかね?」
「体育祭でしか使わないようなテントがいくつか余っているかもしれないわ。それも調べてみたほうが良さそうね」
「ふむふむ……じゃあ、それはあたしのほうで先生に問い合わせてみます。ホントはパラソルのほうがオシャレで良いんですけど」
「確かに、それは私も同意よ。でも雨の日に弱いのは変わらないから、説得力に欠けてしまうわ。代わりに美術部や工作部に頼んでテントの改良をお願いするのはどうかしら」
「そうですね、じゃ、やっぱり学校のテント再利用って方向で行きましょう――ってこれ、最初に言ってたのは栗島くんだよ? 雨の日どうするか考えないといけないって」
「あ、そうだった」
「栗島君、緊張しなくていいのよ。最初は誰でも勉強だもの。麻優は私が鍛えているから特別なだけだし、あまり気にしないでね」
「はい、僕も頑張ります」
出鼻をくじかれてつい焦ってしまった。僕の悪い癖だ。サッカー部でもクラスでも、最初の失敗を引きずって良くない結果になったもんな――気をつけないと。
「でもでも、今日のお昼も放課後も栗島くんは頑張ってくれましたよ。栗島くんも自信持って!」
「如月さん……ありがとう」
そうだ、最初に失敗したからと、諦めるのはもう止めにするんだ。今はこうやって二人が僕を成長させてくれるんだから、負けないように頑張らなきゃな。
「それじゃ、他には何かあるかしら?」
「はい」
「栗島君、どうぞ」
「座席の案内人を生徒の中から応募するのはどうでしょうか? 今日、行列整理をしていて気づいたんですが、皆さん間を開けて座るので、グループで来る人が待機されることが多かったです。案内人を介して座席を詰めてもらうことで、不要な空席を作らないことも可能なはずです」
「確かに、いきなり隣には座りづらいもんね。良いんじゃないかな!」
「そうね、でも、応募はどうするのかしら? なかなかお昼に時間を割いてくれる人は少ないわよ」
「案内人を担当してくれた人をデザートの試食会に呼んでは如何でしょう? 毎日ではなく、定期的な開催にすることで学食のおばさんの負担も減るのではないかと」
「えーー! 私のパフェ放題は!?」
「如月さん……それはほら、皆でシェアしようよ。それにいきなりは集まらないはずだろうから、当面は僕達で担当しよう」
「うー……まぁ、それならいいか。私がやればいいんだし」
自分の特権が奪われたことに悔しがりながら、如月さんも渋々納得してくれた。
というか、そこまでしてパフェ食べたいのか……。もうパフェ魔神だな。
「良いんじゃないかしら。栗島君の案もお互いに利益があることだし、本格的な増築の前に打てる手としては十分ね。テラス席と案内人の二つを学校に提案しましょう」
「はい、採用してくれて、ありがとうございます」
「栗島くん、二つとも通ってよかったね。さすが期待のホープ!」
「そうね、初めてのプロジェクトにしては上出来よ。これから二人には資料作成も手伝ってもらうから、頑張ってね」
「はい、頑張ります!」