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学園イノベーション  作者: 雪 かずてる
第七章 BL愛好部と水球部を助けます
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末永さんは暑さに弱い?

 某日、放課後。

 もう夕方だというのに、第三視聴覚室は随分と蒸し暑かった。


 元々この教室は広いわけではない。

 部屋の中に人間が一人増えただけでも人口密度は急上昇し、額だけでなく夏服の背中からも汗ばんでしまっている。


 窓の外では、過ぎ去った梅雨前線などお構いなしに雨が降り注ぎ、例え教室を飛び出したとしてもこの不快感が解消されるということはないだろう。


 加えて、プロジェクターから排出される熱。

 そのプロジェクター使用のために締め切られているカーテン。

 本職のサラリーマンならば空調の効いた場所でミーティングが出来るのかもしれないが、この辺はアマチュアの辛いところだ。


 というか、この部屋クーラーないんですね……。

 もしコンサル部が存続できて予算が獲得出来たなら、クーラーを希望したいと僕は思った。




 「漫画アライアンス……ね」

 「ええ。一年生が主体の部活から、合計六名が賛同してくれましたわ」




 しかし夏真っ只中の教室で開かれるミーティングは辛い。

 今回のミーティングの出席者である漫研部の部長、次念じねんさんも額をハンカチで拭い、縁無しの眼鏡をかけた顔はしかめっ面。僕達ですら暑いのに、プロジェクターに慣れていない彼にとっては苦痛でしかないのだろう。


 「それで、我々に何か言いたいことがあるのかい?」

 「恐らく副会長は漫研部があるのに何故アライアンスが必要なのかと聞いてくると想像出来ます。その点を立証するために、漫研部にもご助力頂きたくて――」


 今回次念さんにミーティングの出席を依頼したのは、漫画アライアンスについての協力を要請するためだ。


 先日の文化部精査から、漫研部へ入らずに自分達で部活を作っている一年生は予想以上に多いことが分かった。

 そしてそのおかげで、アライアンスも一定の人数を確保することに成功。


 けれどそれは漫研部に対抗するためではない。


 僕達の目標は副会長により多くの文化部を認めてもらうこと。

 そしてそのためには、次念さんを上手く取り込んで話を進める必要がある。


 なぜなら漫研部がこのアライアンスの存在を認めなければ、恐らく副会長もこの案には首を縦に振らないはずだからだ。


 漫研部を取り込んでより大きなアライアンスとする。

 もしくは漫研部としてもアライアンスには賛成を表明してもらうなど。


 いずれにせよ、今回の件は漫研部に話を通した上で進める必要があると僕達は判断し、事前に協力を仰ぐ機会として今回のミーティングは開催されていた。


 「それは我々がやるべきことか? わざわざ漫研部がありながら入らなかった後輩達なのだろう? 面倒を見る必要はないと思うが」


 しかしそれは当然、漫研部には面白くない話。

 こちらも懸命に訴えているが手応えはほとんどない。


 末永さんも副会長と対峙する時のような厳しい口調は控えて、丁寧な言葉を選択している。

 相手の神経を逆撫でしないことを第一に考えて、やや冗長な話し方をしているのは普段の彼女の姿とは異なっていた。


 ただそれは逆効果なようで。

 結果的に長引いているミーティングのせいで、次念さんの中で一層不快感が増している印象。


 「あなたの言うことも理解は出来ます。けれど、ここはまず文化部で一致団結する必要があるとこともご理解頂けないでしょうか? 前回の定例会でも、確かそのような話になったはずですし」

 「まぁ、そうだが……」

 「漫研部は我が校の文化部の中でもかなりの規模をお持ちです。その部活がこのケースを認めるということが、他の部活を救う事にもなります。どうか――」

 「コンサル部のことだ。何か我々にもメリットを用意してくれているのかな? 一方的にこちらが要求を受け入れるというのもフェアではあるまい」


 その不快感に、いい加減嫌気が差してきたのか。

 次念さんからようやく交渉じみた言葉が飛び出す。


 「当然ですわ――栗島君」


 食いついたとばかりに、末永さんが大きめな声で僕を呼ぶ。


 「はい」


 僕は末永さんの呼びかけに応じて、それまで投影していたプレゼン資料を差し替えると、今回のために予め作っておいた資料をプロジェクターに投影した。


 今回の件、次念さんを説得するためには質の高い資料を見せる必要があると末永さんに指示されていたため、僕達は今まで以上に時間をかけて資料作成に取り組んだ。


 別にこれまでも手を抜いていたわけではないが、末永さんにそうプレッシャーをかけられることは珍しく、僕も今までより熱が入ったのは否定出来ない。

 それによって眠いのはいつものことかもしれないが……。


 「なるほど。文化祭での対抗戦……か」


 削った睡眠時間の効果は思ったよりもあったらしい。

 新しい資料を見た途端に、次念さんの表情が変わった。


 これまでは漫研部にメリットがある話を一切していなかったのに対し、ここで僕達は一気に攻勢に出る。


 今回の件で一番得をするのは漫研部であると最初のページでアピールし、どう得をするのか、次からのページで掘り下げて丁寧に説明を付け加えていく。


 次稔さんはその説明の中でも、特に文化祭での対抗戦についてしきりに頷いていた。


 「ええ。類似の部活だからこそ出来るパフォーマンスですわ。対外的な実績が積めない部活には有効な手段だと思います。その場合、当然あなた方漫研部の集客力向上も見込めます。そして何よりこのケースが上手く行けば、アライアンスの第一人者として漫研部には来年以降の注目度もあがるはずです」


 末永さんの言葉にも熱がこもる。

 やはり喋る口調は柔らかい印象を受けるが、今回のミーティングで僕達が依頼したかった「漫研部をアライアンスに取り込む、もしくは賛同してもらう」ことについてはグイグイと押していく。


 「なるほど。先行者になるというのは、どの分野でも重要だ」

 「ええ。その通りです」

 「……分かった。考えよう」


 散々と長引いたミーティングではあったが、十分に手応えのある結果となった。


 ◇


 次念さんが第三視聴覚室を出てから数分。

 コンサル部もカーテンを開けて換気し、水分補給に糖分補給など、思い思いの休憩時間を過ごす。


 ちなみに糖分補給は如月さんのみ。


 今日は学食でのデザート試食会があるとかで、「まずい遅刻だ! 早くしないとなくなっちゃう!」と、この暑い中に汗を掻くのも厭わずに教室を走り去っていた。

 僕も末永さんも誘われはしたのだが、さすがにあのミーティングの後にいきなり動く気にはなれずに、二人とも教室でぐったりしている。


 「なんとかなってよかったですね」


 僕はしばらくの休憩で回復し、今回の健闘を称え合おうと末永さんに声をかけた。


 「そうね。でも未だ油断は出来ないわ」


 だが、末永さんの反応は芳しくない。


 表情はいつもよりも暗いし、テーブルの上に置かれてあるミネラルウォーターも一瞬で空っぽ。

 あまり弱っている彼女を見たことはないので、正直珍しい光景だ。


 「と言いますと?」

 「彼の意思はまだ固まっていないわ。考えておくと言っただけでまだアライアンスを認めると言ったわけではない。ひっくり返ることも十分にありえる」


 反応が悪いのは、先程のミーティングのせいらしい。

 僕ほどの手応えを、末永さんは感じていなかったのだ。


 確かに、次念さんのリアクションを振り返るとどれも好感触ではある。

 ただ好印象止まりで最終的な合意までは至らなかった。その点は大成功とは言えないのかもしれない。


 僕も暑さで疲れていたからか、彼の反応ですっかり良い気になっていた。

 こんな疲弊した様子でも油断していない末永さんには尊敬しかない。


 「なるほど。副会長に目をつけられたくないですもんね」

 「ええ……なかなか突破口を見出すことができないし、困ったものだわ……」


 末永さんの疲れ具合はいつも以上だった。

 さっきから汗は止まらず右手にはずっと青いハンドタオルを持っているし、どこに持っていたのか水のストックを取り出して飲んでいる。

 ……実は暑さに弱いのだろうか?


 「すみません。そちらの作業もあるのに手伝って頂いて」


 とはいえいきなり暑いのダメなんですか? とフランクに聞いても末永さんの労をねぎらえるわけではないので、なんとなく誤魔化して僕は謝ることにした。


 「良いのよ。部長だもの――ところで、栗島君」

 「何でしょうか?」



 「今度の日曜はお暇かしら?」



 見るからに疲労している末永さんが、唐突に僕の予定を聞き出してくる。


 何かあっただろうか? 特に身に覚えがないけどな。

 最近は勉強も頑張っているし、期末テストもまだ先だし、赤点も取ってないし……。

 なんだかこの前の中間テストの結果ばかり思い出してしまう。


 あ、そういえば……。


 「もしかして、また狙われているんですか?」


 ついこの前、末永さんが襲われたのを僕は忘れたわけではない。

 あの後剣橋さんがどうなったかは知らないが、末永さんに深い傷を追わせは確かだろう。

 実はあれ以降週末に出かけられないとか、そんなことになっていれば僕は……。


 「何を言っているの? あの事件は解決したじゃない。特にあれから何もないわよ」

 「そ、そうだったんですか。てっきりあの事件を引きずっているのかと思いました」


 そっか、良かった。

 あれからは無事に過ごせているみたいだし、末永さんも特に気している様子はなさそうだ。


 だとしたら、末永さんは何故僕を?


 「栗島君も相変わらずね……。何か問題がなければ誘ったらいけないのかしら?」

 「い、いえそんなわけでは! で、日曜でしたっけ……日曜は午前中に緑原達と有川さんのプールに偵察へ行く予定なので、その後なら空いていますが」


 キョトンとした顔をしていたせいで、末永さんに心のなかを読まれたようだ。

 僕は首を強く横に振り、話を本筋に戻して日曜の予定を伝える。


 「あら、日曜に行くのね」

 「何か有りましたか?」

 「ほら、この前用務員の手伝いをしたでしょう? その御礼が届いてね――これよ」


 少し残念そうする末永さんが右手で軽く握りしめていたのは、映画館の入場チケットだった。


 「映画のチケットですか?」

 「ええ。ちょうど二枚あるから、良かったらどうかしら?」


 なるほど、この前の用務員の手伝いの報酬か。

 またもや僕は報酬を貰うのをすっかり忘れていたが、末永さんは抜かり無くもらっていたんだな。


 それにしても二枚か……。

 せっかくなら三枚くれればいいのに。


 「来週なら良いですが、如月さんはどうしますか?」

 「抜け駆けは良くないから誘うわよ、一人分は私が出せば良いもの。部長だしこれくらいはね」

 「そ、そうですか……」


 何だか末永さんには出してもらってばかりだ。

 でも僕が払いますと言ったところでまた突っぱねられるのは目に見えているし、当日にまた交渉してみよう。


 「分かりました。楽しみにしておきます」


 僕は久々に三人で出かける休日を楽しみにしながら、快く来週の予定を埋めることにした。

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