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入部テスト(回想)


 「では、これよりあおい学園サッカー部の入部テストを行う」


 コーチが発した一声で、それまでのどこか浮かれた空気が一変、緊張感のある雰囲気に変わった。この場に集められた総勢31名は横一列に整列すると、口を真一文字に結んで指示を待つ。

 それは列の右端に並んでいる僕も例外ではない。噤んだ口は震え、緊張で膝が笑う。


 私立紺学園は、全国でもその名を轟かすほど有名な学校だ。県内で有数の進学校でありながら、運動部の成績も全国区。特にサッカー部においては去年の冬に全国制覇を成し遂げるほどの強豪。


 もちろんそんな高校から、万年一回戦敗退の中学に所属していた僕にお声がかかるはずもない。それでもこのサッカー部の門戸を叩きたいと、足りなかった偏差値を必死に上げて一般入試でなんとか合格し、晴れてこの入部テストにこぎつけたのだ。


 ここまで来れば入部テストに受かるしかない。

 僕は心の中で必勝を誓った。


 「まずは100メートル走だ。二名ずつ、右端の者から順番に」

 「は、はいっ!」


 いきなりの出番に声が上擦った。緊張で震える身体をなんとか静止しようと両頬を叩いてスタートに備える。


 「よ、よろしく」


 僕の左隣りには、一緒に走る相手がスタートの構えを取り、同じように声が上擦っている。僕より二回りも大きい体格からして恐らく空中戦が得意なタイプなんだろう。


 「こちらこそよろしく」


 相手も緊張していることが窺えて気が少し紛れた僕は、見上げて挨拶を返す。

 見覚えのある顔だった。

 思い出したいところではあるが、もうすぐスタート。集中を切らすわけにはいかないと、再び顔を正面に戻して合図を待つ。


 「ピッ」


 コーチの笛がグラウンドに響いた。


 合図を待っていた二人は一斉に地面を蹴る。前傾姿勢を保ちながら、全力で両腿、左右の腕を前後に動かす。この100メートルで自分の運命が決まるかもしれない、そう思って全力で走る。

 こうなってしまえば、もう相手の顔を見る余裕すらない。そう思っていた。


 ――相手の姿を眼前に確認するまでは。


 「なっ!」


 思わず声を発していた。

 自分で言うのも何だが、僕はスピードには自信があった。

 もちろん、隣の大男なんかには負けるはずがないとも。


 こんなところで負けるわけにはいかない。僕は必死で追いかける。

 

 だが、悲しいことにその差は徐々に開いていくと、気づけば100メートルはあっという間に過ぎてしまっていた。


 「ハァッ…ハァッ…」


 肩で息をしながら、僕よりも先に100メートルに到達した男の顔を見る。190センチはありそうなその身長に、自信がなさそうに垂れ下がる眉毛。去年の中学最後の試合で、僕の学校に大差をつけて圧勝したチームの選手だ。名は確か……。


 「大木……?」

 「ん? 君は?」

 「栗島、栗島くりしまあらた。去年の夏、君のチームに僕達は負けたんだけど、覚えてないよね」

 「うん、ごめん」

 「いや、いいよ。一回戦だったし。それよりも君くらいの実力だと推薦で入れそうなものなのに、なぜ入団テストを?」

 「そんな、ぼくくらいの実力の人なんて沢山いるよ。推薦にも引っかからなかったし」

 「そうなんだ……」


 僕はショックを隠し切れないでいた。

 大木のいた中学は、確か県でもベスト4まで勝ち残っていたはずだ。そこのエースストライカーだった彼が推薦にも漏れるなんて、この学校のレベルは一体……。


 「そんな訳だから、よろしく、栗島」

 「あ、ああ」


 僕は焦燥しながら次のテスト項目を待った。

 スポーツ選手にとって焦りは禁物だ。強張った筋肉は瞬発力を低下させ、空回りする脳みそは集中力を奪い去る。


 当然、次の種目も、またその次の種目でも僕の結果は芳しくなかった。

 ガチガチになった身体は普段しないようなトラップミスを連発し、ドリブルは覚束ない。お粗末な内容に、僕の目の前は真っ白になった。


 「栗島、顔色悪いよ……?」

 「平気。後はゲームだけっぽいし……」


 挨拶したばかりの大木にも心配されるほど僕の顔色は悪いらしい。それでも最後は挽回せんと、後ろ向きになりかけた思考を振り払い、ミニゲームに切り替える。


 「よし、それでは最後に4チームに分けてのミニゲームを行う。安藤、一人足りないから、お前が入れ」

 「はい」


 おい、あれってあの安藤さんか……?

 マジかよ。安藤さんと一緒にプレーできるなんて!


 途端に周囲が騒然となる。

 安藤さんといえば一年にして紺学園のエースストライカーに君臨し、全国制覇の立役者となった人だ。

 しかも安藤さんが入ったのは相手チーム。ここであの人を止めればまだチャンスがあるはず。


 俄然上がるモチベーション。

 そしてそれを後押しするかのように、ミニゲーム開始のホイッスルが鳴った。


 僕は中学時代と同じ中盤のポジションにつく。

 ディフェンダーから預かったボールをシンプルに前線へ繋ぎ、時には後方に捌いてリズムに抑揚をつける。チャンスと見るや一気に駆け上がり、相手のゴールを脅かす。


 さっきまでが嘘のように、身体が軽かった。開き直ってプレー出来ていたせいで、頭はクリアになり、自然と足が動く。


 それでも安藤さんが少し下がり、僕とマッチアップする位置に陣取ると、ボールの支配率は徐々に相手チームに傾き始めた。

 前線にボールが回ってこないと見るや、臨機応変にポジションを変える判断力はさすがだった。速く、そして的確に。ピッチ全体を俯瞰しているかのように要所で顔を出す。


 気づけば僕はボールではなく、安藤さんの背中を追いかけていた――


 ミニゲームでつけているビブスの背番号は10、それは間違いなく僕の憧れている背中で。


 まるで恋でもしたかのように高鳴る胸は、縦横無尽に駆け回る彼を追いかけて、息が上がったからではなくて。


 高揚する気分を抑えられずに、僕は大事な入部テスト中にも関わらず笑みを浮かべてしまっていた。


 「よし、ラストワンプレーだ!」


 試合を見つめていたコーチが声を張り上げると、最後にもう一度安藤さんにボールが渡った。試合の終了をゴールで締めくくろうと、ゴール付近までドリブルで突き進み、勢い良く右足を振りかぶる。


 「させるかっ!」


 絶対に止めてみせる――安藤さんのシュートに僕は無我夢中で足を出した。

 ボールは僕の足に僅かに当たり、ゴール左にそれ、


 ボールがラインを割ると同時に、試合終了を告げるホイッスルがグラウンドに木霊した。


 「お疲れさん」

 「お……お疲れさま……です」


 スライディングで地面に尻を着いていた僕に、安藤さんが右手を差し出す。思考を巡らせる余裕もなくなっていた僕は無心でその手を掴み、起き上がってペコリと一礼。


 「最後、よく止めたな。やられたよ」

 「いえ……夢中で」

 「ははは、終わったらストレッチしとけよ。足痙攣してるぞ」

 「は、はい。ありがとうございます」


 テスト開始とは違う理由で僕の足が震えていることに、僕は安藤さんに言われるまで気づかなかった。

 そして勿論、合格発表で僕の名前を呼ばれることはなかった。

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