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学園イノベーション  作者: 雪 かずてる
第三章 プロジェクト・クイーン・サクリファイス
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マインドマップで検討するチェス部の未来

 「さて、それじゃあミーティングを始めましょう」


 チェス部の対抗戦を翌日に控えた放課後、僕達コンサル部は久々に三人で第三視聴覚室で集まっていた。ここ数日は僕と末永さんが毎日チェス部に入り浸っていた事もあり、如月さんを一人にしてしまった格好に。

 

 当然、如月さんはというと――


 「ぶーぶー」


 第一声からこれだった。


 「麻優、そんなにむくれないの。可愛い顔が台無しよ」

 「褒めても何も出ませんよーだ」

 「如月さん、その……一人にさせてごめんね」

 「謝っても何も出てきません! 良いよねー二人とも楽しくチェスして。あたしはその間、部室に一人でいたんだもん。もうこの部屋の主はあたしですよあたし。この鍵だって合鍵じゃなくてきっとマスターキーですよ」


 右手で第三視聴覚室の合鍵をくるくると回しながら、ひたすらにむくれる如月さん。


 「はぁ、困った子ね。それで、その間は一人で何をしていたの?」

 「学食手伝って、部室来て本読んで、それでお終いです。しかも試食も今週から定期開催だからパフェもなし! パフェもなしですよ! この一週間、何も良いことがなかったです! パフェもなし!」


 三回言った。

 大事だから二回とかじゃなくて、三回。よっぽど大事なんだね。


 「で、あたしを放ったらかしにして熱心に取り組んでいたチェスとやらは上手くなったんですか? 栗島くん」

 「う……いや頑張ってはいるんだけど、なかなか末永さんや入江さんには勝てなくて」

 「へー、ほー。一週間もあたしを一人ぼっちにして勝てないんですか、へー」


 如月さんからの視線が痛い。

 というかそれなら教室で話せばいいのに、同じクラスなんだし。

 僕だってクラスではぼっちなんだぞ。


 「こらこら、あんまりイジメないの、栗島君も頑張っているのよ。彼が頑張り屋なのはあなたも良く知っているでしょう?」

 「むー……知ってますけど……誰よりも……」


 末永さんのなだめの言葉に対し、如月さんが何やらボソボソ言っている。

 が、声が小さくてよく聞き取れない。

 そんなに怒ってるのかな……。


 「勝てないのは相手が悪いだけ。私も入江君もチェス歴長いもの。そんなに簡単に勝たれたらこっちが凹んじゃうわ」

 「まー、そうですが……」

 「だから、明日は麻優も観に来てね。栗島君も待っているわよ」


 ね? とばかりに末永さんが視線を向けてくるので、僕も頻りに頷く。

 その様子を見て、如月さんも嘆息しながら、


 「はぁ……まぁ、一応同じ部員ですし、明日は観戦に行ってあげますよ。カメラ片手に栗島くんが無惨にも負ける姿を撮ってあげますぅ」

 「そ、そんなこと言わずに、普通に応援してよ如月さん。僕も皆も、如月さんに応援してくれるときっといつもより実力が出せるよ」

 「むー、ほんと?」

 「ええ、本当よ。麻優がいると栗島君もいつもの倍以上の力を発揮出来るはずだわ」


 またもや、ね? とこちらを見てくる末永さん。

 僕も先程と同じく頷く。でも何度もこちらに振るのは勘弁して欲しい。


 「まー、そこまで言うならしょうがない。ちゃんと応援してあげますよ! だから絶対勝ってね。栗島くん」


 二人がかりで説得し、如月さんもようやく怒りを沈めた。


 「うん、頑張るよ」

 「ところで栗島君、もう一つの課題はなんとかなりそうなのかしら?」

 「それは……」

 「もう一つの課題って、何かあったの?」

 「あ、うん。実はね――」


 僕は如月さんに、数日前に入江さんと話したことを説明した。

 対抗戦打ち切りの件に、部員が一名である件。とりわけ後者に至ってはコンサル部として依頼を受け、是が非でもコミット――つまり、達成したいということも。


 「ふーん、そういうことがあったんだ。それで、そっちは何とかなりそうなの?」

 「……恥ずかしながら、全く進んでません」

 「えー! 一年生が部活決めないといけないのって、確か来週までだよね? そんな悠長に構えていいの?」

 「う……駄目、だよね」

 「駄目でしょうね。二、三年生からの転部は見込みが薄いでしょうし。この時期に一年生の部員を捕まえられなければ厳しいわ」

 「うう……面目ないです」


 末永さんにもサラリとダメ出しをくらい、僕はつい肩を窄めてしまう。

 でも二人の言う通りなんだよなぁ……。自分で言い出した以上、なんとかしないと。


 「栗島君、全く何も考えつかないのかしら? こう、宣伝の案とか、方法とか」

 「うーん、こうしたほうが良いんじゃないかってことはいくつか思い浮かぶんですが、イマイチピンとこないと言うか、それが本当に正しい対策なのかもあやふやで……」

 「なるほどねぇ……」


 末永さんが口に手を当てて思案しているのを、僕は一縷の望みを託すように見つめる。すると願いが叶ったのか、何かを思いついたかのようにホワイトボードの前に立ち、黒いペンを持った。

 

 「そうね、これをやってみましょう」

 

 後ろから末永さんの様子を眺めていると、


 「――チェスの、駒?」


 どうやら絵を描いていたようだ。ホワイトボードの真ん中に描かれたのは、チェスの駒のなかで一番強力なクイーン。


 「あの、末永さん……一体何を」


 末永さんは僕の言葉には反応を示さず、黒いペンを持ったままクイーンにうねる木の枝を左右に一つずつ付け足していく。そして左上の枝には『部員の獲得』。右上の枝には『現在部員は入江一名』と、それぞれ木の枝の上にくるように文字を書き込んだ。


 「末永さん、この絵は一体何ですか?」


 「マインドマップよ。自分の頭の中にある案を整理するために使うの。左側に書かれてあるのが目標、この場合チェス部の新規部員の獲得ね。そして右側は現状。チェス部は今、入江君しかいない。この現状を打破するために解決すべき課題を、空いているスペースを使って同じように書いていくの――はい、栗島君」


 末永さんは、手に持っていた黒いペンではなく、赤いペンを僕に手渡した。


 「そのペンでチェス部の部員を獲得するために突破しなければならない課題を書いてみて。何でも良いわ、チェスが日本ではマイナーな競技であることとか」

 「はぁ、何でもですか」


 僕はホワイトボードに近づくと、言われるがまま現状の木の枝の下へ、同じく木の枝をクイーンの絵にぶら下がるように書く。その上には『マイナーな競技であること』と記す。これではさすがに伝書鳩なので、自分が他に思いついたことも木の枝ごと書き足していく。


 思いついたのは『宣伝方法が良くない』、『文化部で部員を取り合ってしまう』、『部室がない』の三点。


 「こんなところでしょうか」

 「じゃ、それぞれの枝にどうやったらその課題を克服できるか、考えながら付け足していきましょうか。麻優も一緒に考えてみてね」

 「はーい。まずはチェスがマイナーな競技であること……っていきなりつまずきますね。一朝一夕でどうにかなるものではなくないですか?」


 如月さんの意見はもっともだった。僕は唸ることしかできない。


 「そうね。日本全体で急にチェス人口を増やすのは無理があるから、ここは紺学園のなかで認知度を上げることを考えていきましょう」

 「そうですね。そうなるとすぐ思いつくのは二点でしょうか。チェスを普及する機会を作ること、それと明確な実績を上げること」

 「ええ、私もその二点が思い浮かんだわ」


 さすがは如月さん。現状で取れる案を直ぐさま提示し、末永さんもそれに同意する。


 「じゃ、あたし書いちゃいますね!」

 「あ、麻優。あなたはこれを使って」


 如月さんがホワイトボードの前に来て僕からペンを貰い受けようとするが、末永さんはそれを静止して青いペンを手渡した。


 「はーい」


 言われるがまま、如月さんは青いペンで自分が今言ったことを書いていく。


 「末永さん、色を分けるのはどうしてですか?」

 「右脳の活性化よ。複数の色を使って右脳を刺激してあげることで、より多くのひらめきを促すの。本当はもっと色が欲しいのだけど今はこの三色しかないから、これで我慢してね」

 「なるほど、ちゃんと理由があるんですね」


 僕が感心しきっている間に、如月さんは青い枝と今考えた対策、それぞれ二つを付け足し終わっていた。


 「っと、僕も考えないと。宣伝方法が良くない――これは、何かしらの媒体を使って魅力を訴えていく必要がありますね。チェス自体もそうですが、例えば入江さんや対戦相手の末永さんといった人の魅力を訴えることも効果的ではないでしょうか」

 「お、私に着眼するとはなかなかやるわね――ってそれは冗談として、人間的な魅力をアピールするというのも手だと思うわ。チェス自体の宣伝とはまた違った方向性だもの」

 「はは、そうですよね。入江さんはチェスに対してとても情熱的ですし、そこは十分魅力的ですが……末永さん、元同じクラスのよしみで何かあります?」

 「うーん……あるかないかで言えば、あるわね。それは私に任せてくれないかしら」

 「分かりました」


 何か秘策があるらしい。であれば人に関しては置いておいて、次。


 「チェスの宣伝という意味では、さっきの如月さんの話と似ていますね。ここでは媒体を検討してみます。例えばポスター、チラシ、チェス講座を開く。あと、Webサイトもあるって入江さんは言ってましたね」


 僕も右脳を活性化させるため、今度はあえて黒いペンで枝を追加して具体的な媒体を書く。そうしてしばらく三人で知恵を出し合っていると、クイーンを中心に六本の木の枝、そこから派生して小枝が何本か生まれていた。

 

 「だいたい出尽くしたかしら」

 「こうして眺めていると、自分が考えていたことは割りと被っていたんですね。要はチェス、そしてチェス部の魅力をいかにインパクトのある宣伝でアピールしていくか。それさえ決まれば後の課題は解決しますね」

 「そうね、部員が増えれば部室も変わるでしょうし、人の取り合いも宣伝が良ければ負けることはないわ」

 「ふー、疲れた! ちょっと休憩しましょう、休憩!」

 

 そう言って如月さんがいつもの自分の座席に戻ると、それを合図にするかのように僕と末永さんも椅子に腰掛けた。三人でホワイトボードの図を呆然と眺める。

 

 「学食のときに見せてもらった図とはまたちょっと違いますね」

 「この前の図は原因分析や相手への説明なんかで抜け漏れがないように考えていくものだから、少し用途が違うわね。この二つは覚えておいて損はないわ」

 「はい、教えてくれてありがとうございます」

 「どういたしまして――さて、栗島君。あなたは休憩している暇はないわよ」


 末永さんは自分の黒いカバンを漁り、小型のチェス盤を取り出した。


 「私と一局打ちましょう。あなたにはまだ勉強することがたくさんあるわ」

 「わ、分かりました……お願いします」


 僕達は二人で駒を並べ、黙々と駒を動かしていった。

 というか、チェス盤携帯してるんですね……。

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