どうやら性転換してしまったようで
俺はこの子の言っている意味が分からない。いや、分かりたくない。この子の言ってることが正しければ即ち俺は…。
「ふざけてるのか…?」
「えっ…じ、自分の体確認してくださいっ!」
そう言って女の子は手鏡を取り出して俺に向けた。
「自分の体?」
言われた通りに自分の体を手鏡に映して確認する。すると…その中には軽い装飾の施された白いワンピース?のような服で、髪型は薄い赤茶のロングヘアで中学生並背丈の女の子が居た。…その姿は確実に男だった時の俺の面影すら消え失せてしまっていた。
「な、何だよ…これ…」
俺は混乱しながら呟く。ここでようやく自分の声が女子みたいに高い事に気づく…。体の力が抜けていくのを感じ、俺はそのままゆっくりと地面へ倒れた。
「はわわぁ!?大丈夫ですか!?」
女の子は俺に駆け寄る。
「大丈夫だ、もう1度寝て起きれば元通り…」
この期に及んでこれは夢だと信じようとしたその時、突然誰かの足音が聞こえた。それは俺の目の前でぴたっと鳴り止んだ。薄目を開けると黒い靴のつま先が見える。俺は動くのも面倒なので起き上がらずに顔だけを動かして足音の主を確認した。
「…何をしている」
「…っ!?」
そこに居たのは真黒な剣を腰に携えてこちらを睨む男だった。遠くに見える黒い双眼が俺を捉えて離さない。
「え…ぇ…!?」
本能的に感じる危険信号。だが俺は動こうにもこの男から感じる強烈な殺意によって声を上げる事すら出来ない。男は更に冷血な口調で話した。
「俺の質問に答えないのならー」
ジャッ…鞘から剣を抜く音がした。
(あ、俺死んだわ)
よく分からないけど、それだけは理解出来た。
「わぁぁっ!!レジェル様止めて下さいのですっ!!」
その時…女の子の必死の制止を求める悲鳴により、俺は双眼から解放される。レジェル、そう呼ばれたその男は剣を仕舞い、その目を女の子の方へと向いた。
「…なんだ、居たのなら声くらいかけろ。…そうか…この小娘こそがお前が先程召喚すると言っていた奴だな」
それは、俺に使った声より若干優しかった。だがそれでも恐ろしいのには変わらない。女の子は慣れているのか、特に怯える様子もなく答えた。
「はいなのです!あ…っ、怯えさせてごめんなさいのです召喚の方…いきなりこんな怖い人にあんな事言われたら怯えますよね…」
(怯えるどころか命の危険さえ感じたぞ…。未だに心臓がどきどきする…)
俺は深呼吸をしながらゆっくりと立ち上がった。恐怖心のせいで男だった時より遥かに細くなった足がふらつく。生まれたての羊みたいに、足の震えが止まらない。
「…悪いのはこの程度の事で取り乱す貴様の心の弱さだ。小娘、貴様に1つ忠告をくれてやる。貴様を仲間として受け入れてやるが…くれぐれも俺の邪魔だけはするなよ。その時はー」
男は鞘に手を当てて見せた。
「これで斬り殺す」
男はぎろりと俺を睨みつけた。
「はっはい…!気をつけらす!」
自分でも分かる情けない声に、男は呆れたように鼻を鳴らした。そして少女を一瞥した後、踵を返した。
「レイチェル、俺は先に宿舎へ戻る。その無知な小娘にこの世界の常識でも教えといてやれ」
その男…レジェルはそう吐き捨てると、早々と立ち去っていった。
ーーーーーー
「大丈夫…なのです、か?」
「あぁ…」
ようやく喋れる程度にまで落ち着いてから、俺は女の子…会話の内容からして確かレイチェルだったか…に質問する。
「あの…レジェルさんはレイチェルが言っていたメンバー?」
その質問に、レイチェルは笑みを浮かべた。
「そうなのですよっ、見た目や言動は少し怖いですけど、あぁ見えて一番仲間の事を大切にしてくれている偉大な人なのです」
「そうか…そうは見えなかったが…」
俺はそう言いながらふと空を見上げる。高く澄み渡った空の奥には小さく動くヒモのようなもの…恐らくドラゴンだろう。その姿を見て、改めてここが異世界であることを認識した。
(…とんでもない所に来てしまったんだな…今更だけど。無事に帰れるのかな…いや、それよりまずは…)
「なぁ、レイチェルが言っていたメンバーは俺含んで6人?だったよな?」
「そうなのです、それがどうかしましたか?」
「さっきのレジェルって人にレイチェル、それに俺…。これで3人だ、残りの半分は今何処に居るんだ?」
せめて3人がレジェルとは違い優しければ良いが…。
「それなら、リーダーともう1人は今森へ食糧調達へ行ってて、後の1人は修行に出ていますね!3人とも夜には帰ってくれると思うのですよ?」
「そっか…夜か」
晴れ渡った空の様子からして、まだまだ夜が来るのは先だろう…。
「取り敢えず私のお仕事である買い物は終わりましたのでレジェル様の居る宿屋へ戻りましょう!」
「え…っ、あぁ…」
何故「レジェル様の居る」って部分だけ強調したんだ…。
「というか…これ何とかならない?重い…」
俺はそう言って最初に渡された武器に目をやった。ハルバード…
この重量、現在女子である自分の腕で支えられる筈が無い。
「駄目ですよっ、一人前と認められるにはまず自分の武器を自在に操れるようにならないと、なのですっ!」
「そ、そうは言っても…待てよ」
俺はハルバードで地面に線を引きながら、レイチェルについて行った。