残念すぎるVRMMO
ヒトシは自身の敵を見た。彼の視線を受けた涯鬼もまた、ヒトシを見ていた。
これまで幾度となく繰り返されてきた戦い、いずれも決着をつけることはなかった。しかし、今回は違うと双方は感じていた。
淵底による世界終焉の時は近い、このような一対一で戦う機会など、もう来ないだろう。
市民はトモキ達によって避難誘導は済まされている。涯鬼が張った結界により彼以外の何者も立ち寄ることができない。
涯鬼は右手に棍棒を持ち、左手でヒトシを挑発した。舞台は整っている、と彼は言っているのだ。
どっちにしろ、涯鬼を倒すしかない。そうなれば、ヒトシにとって答えは簡単だった。
「行くぞ涯鬼!」
「来い、ヒトシ!」
ヒトシは背部のブースターを起動した。轟音と共にヒトシの身体が加速する。
一念突破はブースターの推進力により加速された状態から繰り出す頭突きである。ヒトシの装着するパワードスーツ、シデン。着用者保護のために最も固い部位である頭部から放たれる一撃はあらゆるものを打ち砕く威力を持つ。
しかし、姿勢制御などの理由で真っ直ぐにしか進めないのが一念突破の弱点である。
彼の行動は通常戦闘では悪手もいいところである。本来ならばの話である、が
今のヒトシは違う。
リミッター解除には生命維持装置が解除のほか、パワードスーツのCPUとヒトシの神経を直接つなげたことにより各部装備のマニュアル操作が可能になっている。
普段ならコマンド入力から先はオート操作であった一念突破だが、今のヒトシなら自分の意志でブースターを操れるのだ。
いつもとの挙動の違いに涯鬼は一瞬で判断し、動かずに彼を待ち受けた。
二人の距離が縮まり、ヒトシは右ストレートを繰り出した。
その瞬間、涯鬼は体を落とした。ヒトシの初撃は空振りした。
そのままヒトシは右腕のブースターを起動し、その場で横に回転した。
次の一撃は蹴りだった。重力操作により倍増したヒトシの右足はいかに涯鬼といえども受けきることはできず、潰れてしまうだろう。
だが、涯鬼はそれを手に持った棍棒で受け流した。
ヒトシは右足の重力操作を解除し、次に左足を繰り出した。これに重力操作はかかっていない。
涯鬼は受け止めると、今度は背部のブースターを起動し、ヒトシは空に跳んだ。
ヒトシの姿を追い空を見る涯鬼、そこには太陽を背にしたヒトシがいた。
「その程度の小細工で……!」
「ぁぁあああっ!」
ヒトシは右手で愛刀を抜いた。
上空からの自由落下からの唐竹割り、威力としては申し分ないが、振り抜く速度は涯鬼の方に分がある。しかし、
ヒトシは両手持ちから左手の片手持ちに切り替え、そのまま振り落した。
威力を落とした一撃だが、涯鬼はそれを受けた。
―――ヒトシの右手に重力操作が加わった。
そのまま刀身に掌底を叩き込んだ。
「ぐ……っ!」
先ほどの右足の一撃を受け流した時のダメージもあり、涯鬼が長年扱ってきた名もなき棍棒はその役目を終えた。
本来なら右手での重力操作はありえない。足と比べて頑丈にできていないからだ。
その証拠に、ヒトシの右腕にヒビが入り、液体が噴出していた。
だが、それでも涯鬼は傷つかない。ヒトシはブースターで縦回転し、再度攻撃を加えた。
そこに涯鬼がカウンターを決めた。
刀を持った右腕に対し、涯鬼は正確に自身の右腕を殴りつけた。
砕けるヒトシの右腕、しかし、それは向こうも同じこと。
残った左腕を使い、最短距離で涯鬼の顔を狙う。涯鬼は首を曲げることで衝撃を逃がし、顔と肩で腕を挟んでぶん投げた。
ちかちかと白黒する視界の中、ヒトシは考えた。
右手は砕かれた。左腕もさっきの投げで折れた。刀は今その場にない。
まずは刀だ。幸いすぐ近くにあったので取ることはできた。けれど、今の両手では握れない。
そこはパワードスーツの右手のパーツをマニュアルで操作することで右手で握ることはできた。けど、これでは満足な一撃を繰り出すことができない。
……ひとつだけ、思いついたことがあった。
ヒトシはブースターを使い、一直線に涯鬼に突進した。
涯鬼もそれにならい、こちらに突撃してくる。
二人の攻撃圏内が触れ合う直前、ヒトシは逆噴射で一瞬突撃を緩めた。
涯鬼の左腕から放たれる強烈な一撃をすれすれで受け流す。
逆らわず、風に舞う木の葉のようにその身を圧倒的暴力の前に晒す。体のあちこちを削られたが、いまだに生きてるのが成功した証だ。
そのまま涯鬼の胸に刀を突き刺した。が、致命の一撃には程遠い。
ヒトシは重力操作を両足に施し、涯鬼の軸足を払った。
通常なら絶対に動かなかった涯鬼の足は、攻撃による体勢の不安定さにより、あっさりと転んだ。
再度ブースターで空へと飛ぶヒトシ、右足に重力操作を施す。
「っけぇぇえええっっっ!!」
上空からの一撃は、涯鬼の胸に刺さった刀を心臓に突き刺すのに十分な威力を発揮した。
「……お前との戦いは……最高だった……地獄で、待ってるぞ……」
ただ一言、涯鬼は数多くの死闘を繰り広げた相手に対する感謝を口にして、あっさりと逝ってしまった。
いろいろと考えるのは、後だ。ヒトシは自身の変な考えを振り払うようにただ先を急いだ。
「あー、やっぱ涯鬼はかっこいいなー!」
俺の名前は一郎、しがないサラリーマンだ。
現在、ゴールデンウィーク一日目、俺は時間を作り、救世武士紫電のBDを観ていた。
例年ならこのままBDマラソンを続けるが、今年は違う。俺はこれから、あるゲームをする予定なのだ。VRMMO、である。
ゲームを仮想空間で体験できる装置がつい最近開発されたのだ。
俺は歓喜した!ついに念願の自分の身体でモンスターをなぎ倒すことができることに!
子供の頃、俺はひとつのヒーロー番組の再放送を見ていた。そこに出てくる涯鬼という悪役が好きだったのだ。そう、さっきのBDである。
彼はただひたすら強い敵を求める男で、作中では主人公と何度も死闘を繰り広げたのだ。
涯鬼と主人公の戦いは回を重ねるたびに激しくなり、最後の戦いでは紙一重で負けてしまったものの、その強さを視聴者に印象付けたのだ。
ただ、あまりに涯鬼との戦いが死力を尽くしたものであったために、その後の戦いが消化試合じみてしまったという欠点もある。
俺は、その涯鬼を見て強くなろうと思ったのだ。
空手や柔道、ボクシングと武と名のつくものはなんでも学んだ。ひたすらに戦って学んで、足さばきや相手の呼吸や気配を読んだりすることができるようになった。
ただ、俺が全盛期になるころには敵そのものがいなくなってしまった。
それでも鍛えることは辞めず、とりあえずピンチヒッターで出た部活で全国優勝を根こそぎ奪い取ったりしながらも大人になり……
VRMMOというものができるようになると知ったのだ。
「やった!やった!やほほほほほーいっ!」
その時の俺の喜びようは凄まじかった。同僚から「なんかVRMMOっていう、仮想空間で体動かしてモンスター倒すゲームが発売されるらしいっすよ」とかいう情報だけで舞い上がってしまう始末である。
自室でひたすら小躍りした後、軽く鬱になったが、それはそれとして俺はそれから指折り数えて待つことになった。
ただ待つのもつまらないので試しにゲーム機などを買ってみたが、なぜかコントローラーが壊れるのですぐに辞めた。
β版にはもちろん応募したが、当たるはずもなく、ネットから出てくる報告を目にして枕を血の涙で濡らした。
布団が白から赤に変わる頃、VRMMOの一般発売が始まった。
タケノコ社からのゲームで、タイトルは『G5』
グレートで、グッドで、幻覚見ながら、ゲロ吐いて、頑張って作った、という意味らしい……お疲れ様です。
俺は早速買ったヘルメット型インターフェースを被り、ゲームを起動した。休みは有給をすべて使って取った。食料として水とプロテイン、携帯食糧も十分用意している。オムツだっていっぱい買った。
では行こう、俺の戦場に……!!
結論から言うと、世間の『G5』に対する評価は散々だった。
まず、初期武器のスキルからして多い。多いのはいいことだが、その実、大して性能が変わらないのだ。
モーニングスターと三節昆とけん玉が振り回す武器、斧とクワと槍がリーチが長い武器、剣と棍棒、杖に至ってはただグラフィックを変えただけにしか見えない。
弓は初めこそ不遇武器のように思えたが、うまい人になるとむしろ最強武器になる。
モンスターやプレイヤーキャラにはウィークポイントというものが設定されていて、モンスターのウィークポイントを突くには弓が最適だったりするのだ。
想像してみてほしい。盾役や遊撃手、魔法使いが頑張って戦っている時に、超長距離から一撃でモンスターを横取りされるパーティの気持ちを
VRMMO最初の作品だけあって、ゲームバランスがめちゃくちゃだった。そもそも、タケノコ社はVRMMOの元になる技術を開発した男がヘッドハンティングして作った即席チームであり、その会社自体のゲーム作りの経験値が足りてなかったのだ。
とりあえずプログラムができるもの、とりあえずキャラデザができるもの、とりあえず背景ができる奴と経費削減のためにろくにものを知らない新人から安く引き抜き、幾度と発売延期を繰り返しながら、とりあえず完成を目指したのだろう。
ゲームをプレイするユーザーの中にはロボエサンの方が楽しいと言っている奴らもいる。
確かにそのゲームは楽しいのだろうが、あんな半世紀も昔のゲームで、しかもコックピットなどという購入にも維持にもお金がかかるものを使わなければ楽しめないゲームのどこがいいのだろうか。という気持ちもある。
β版がプレイできない時に色々と調べたのだが、過去にコクピットを買おうと過労死するプレイヤーや、臓器を売って金を作るプレイヤーなどが多かったらしい。挙句の果てには自身の子供をロリペド好きの変態に売ってた輩までいたのだという。
今ではそういった行為をする者は少なくなったらしいが、だからといって対処も呼びかけもなかったロボエサンサイドにも問題があるんじゃないのか。しかし、そんな事件があってもいまだに支持されているとは……まったく、世も末だと思う。
散々なことを言ったが、俺はなんだかんだこのゲームを楽しんでた。ただ、思ったよりもこう、緊張感がないというか、いまいち乗り切れてないところがあったが……
プレイ時間は徐々に減っていったが、それでもそれなりにゲームを続けていた。
『突然ですが、今からデスゲームの開催です』
プレイ人数が低下の兆しを表した頃、運営から上のようなお達しがあった。
公式でも重大なお知らせがあると大々的に宣伝していたが、まさかデスゲーム化とは
宣伝の効果もあって引退一歩手前な人たちも集まっており、プレイヤーの数は過去最大を記録しているらしい。
『ちなみに、現時点から君たちの痛覚は現実のものとほぼ同じになりました』
誰かが悲鳴を上げ、それをきっかけに大勢が発狂した。
それからというもの、俺はただひたすらにモンスターと戦っていた。
モンスターの強さは、パーティの人数によって変わる。
一人で危機管理できるのなら、わざわざ無理をしてパーティを組む必要はない。
仲間がいなければ、他人を気遣う必要がなくなり、同士討ちや目の前で仲間を失うことがないからだ。
ただ、自分の身だけを守ればいい。そう考えると、今の状況はとても楽しかった。
ちなみに生産職は不遇を通り越して無価値に成り下がっていた。モンスターから得られる金額が多すぎたせいだ。
生産職でも、NPCでも、違いは大してないのだ。武器の強化などもNPCはたやすく請け負ってくれる。
これに関しては、たぶん戦闘データが取りたい運営の故意のバランス調整だと思っている。なにせ生産の過程はリズムを合わせて槌を振り下ろせばいいだけなのだからだ。こんなデータ取って何になるのだろう?
まあそんなわけで、現在俺は一人で攻略を進めている。
「きゃあああああっっっ!」
突然の悲鳴、俺は即座にその場所に向かい始めた。仲間がいなければ気が楽でいいが、助けの声を無視してしまうと後味が悪いからだ。
「ありがとうございました!」
モンスターを倒し、お礼を言われた。助けたパーティは全員美少女だった。
「………………ぁ、ぉぅ……」
返事をしようとしたが、うまく言葉が出せない。ここ数か月、誰とも喋っていないため、話し方を忘れてしまったのだ。NPCとの会話はタッチパネルで操作だし。
言葉につまり、うつむく俺。向こうは俺が何かを言おうとするのを待っているため、無言が続く。
雰囲気的に辛くなり、俺はさっさと先を進むことにした。
「あ、あの!」
ごめんなさい、あなたに返事をしてあげたいけど、俺には無理です。
「フレンド交換しませんか?」
フレンド交換はyesのボタンひとつでなれるのでとっても便利だなと思いました。
俺は相も変わらずフィールドの最深部を突き進んでいた。
しかし、あらかたモンスターを狩りつくし、暇になってしまった。次のポップまで時間がある。
俺はふと思い出してインベントリからわたあめを取り出した。
わたあめは食糧アイテムだ。食べることで若干のステータス上昇効果が得られる。
通常食糧アイテムは料理スキルが持つ者が料理を行うことで作られる。
前述のとおり、NPCのおかげで無価値になってしまったが。
そもそも、料理スキル自体、欠陥だらけだったのだ。
まず、重ね掛け不可能で上書き式。これは大した問題じゃない。
次に、料理スキルで作られた料理の味がアバウトすぎる。
これは重大な欠陥だった。
料理スキルで作る料理はレシピを使い作るので見た目はレシピにあるものと同じで、独創性がひとつもない。
次に、料理スキルを使うとバーが出現し、固さ、甘み、辛み、塩加減、苦み、すっぱさを選ぶことができる。それだけなのだ。
味はそれぞれのバーの味が同じ、チョコパフェなら苦みと甘みを増加、激辛ラーメンなら辛みと塩加減、程度の違いしかできない。
それはそれとして見た目アイスクリームの辛さと苦みとすっぱさを最大にした食糧アイテムという子供っぽい悪戯をする人が多いらしい。俺は食べたことがない。
しかし、わたあめはそんな食糧アイテムの中で、唯一本物そっくりの味が再現されているのだ。
それもそのはず、β版では料理スキルが実装されてなくて、わたあめだけは誰でもわたあめ機とザラメがあればただ回すだけで作ることができたからだ。
その見事な再現ぶりに、発売前の料理スキルに対するプレイヤーの期待値は高かったらしい。
俺はたまにわたあめを作る。わたあめ機は安値で手に入るし、ザラメは雑魚モンスターが落とすからだ。
わたあめを食べ終わり、若干攻撃力が上がった。そろそろモンスターがリポップするはずだ。
ちなみに、このゲームの中には空腹や睡眠欲はない。つまり、今の俺のように一日中戦うことができるのだ。
こうして俺は攻略組として最前線を進み続け、新しい都市にあるコロッセオで試合に出ることになった。
「おお、あれが噂の……」
「すげえ……」
観衆の目が俺に集まっている。まあ、当たり前だ。なぜならこれは決勝戦だからだ。これに勝つと伝説の装備が手に入るらしく、みなの注目が集まっている。
「ほう、あなたがソロプレイヤーの……いやはや、実際いたんですねえ」
相手の男が俺に話しかけてくる。だが俺は話せないので武器を突きつけるという態度で返すことにした。
「そうですか、少しは会話を始めようと思いましたが……では、始めましょうか」
こうして、一人は魔法少女、もう一人は裸マントの男の戦いが始まったのである。
最初に弁解しておきたいことがある、俺に女装趣味はない。
しかし、ステータスを上げるためには致し方ないことだったのだ。
理由として、プレイヤーキャラを作る際の性別選択の比率の問題がある。女は女キャラがほとんどだが、なぜか男は女キャラにするのだ。
このゲームでもネカマプレイヤーが多く、おっさん声の美少女キャラばかりだ。しかもなぜかおっさんほど高レベルなビジュアルをしている。正直、女にかける情熱のかけ方を間違っていると思う。
俺は男であり、元々ネトゲのそういった側面を知らなかったせいか、普通に男キャラで作成したが、例え知っていたとしても女キャラを使うのは、俺のプライドが許さないだろう。
最初はかわいい女の子からおっさんの声がして驚いたが、今ではあまり気にしないようになった。この前助けた美少女パーティも野太い声がしていたからこそフレンド登録をしたのだ。中身が女だと美人局やカモにされるかもしれないからな……
それに、彼らおっさん美少女達とメッセージで会話してみると意外と楽しかったし、女キャラが多い理由についても聞かせてもらった。
なんと基本的にこのゲーム、女の衣装が多い。着せ替え要素としては男キャラでやるより女キャラでやる方が幅が広がり、実際にゲーム内でファッションショーなども開かれているらしい。
そのせいか、男の装備は少ない。少ないどころか、ろくな装備もないのだという。
そんなわけで、イベントで手に入る装備は全て女物、途中までは初期装備で頑張っていたが、辛くなっていき……そして、俺はあるレアドロップを得たのだ。
【魔法少女の服】攻撃アクション使用後の硬直30%減
一瞬の判断だった。俺は、自身のプライドをひとつ捨てることにした。
プレイヤーキャラ設定で、俺は2mの高身長、筋肉質、白髪で短髪の老人にしてある。なんとなく歳を取らせたら強そうだと考えたからだ。
そのおじいさんがふりふりでかわいくてリボンのついたピンクの魔法少女服を身にまとっている姿を想像してほしい。馬鹿みたいじゃないかと思わないか?
けれど、俺は使った。羞恥心がなんだ、負けて死ぬことに比べたら人間の尊厳なんてくそくらえだ!と
……まあ実際のとこ、女装程度、一人称視点なら特に気にはならなかった。
ちなみに俺の武器は
【魔法少女の杖】攻撃+100
これ、魔法のステッキなのになぜか分類"剣"なのだ。訳が分からない。
けど、魔法少女のステータスと俺の男性キャラとしてのステータスも相まって地味に強いのだ。
結局いろいろ戦って俺が勝利し、景品を無事手に入れた。
【魔法少女の靴】素早さ+50
これを装備した姿を見て、コロッセオでは俺のことを変態女装野郎、超越者、魔法(物理)の使い手、SAN値直葬、見ただけで目が潰れるとまで言われた。
……無駄毛処理しろよ、ってセリフが地味に一番心にグサリと刺さった。あー、早くモンスター狩りに行きたい……