第5話
僕はその日にラブレターを書いた。
これまで悶々としていた思いのうちをすべて手紙にぶつけた。
手紙なんか書いたこともなかったから、8枚無駄になった。色々考えたけど、結局シンプルなものになった。
「ひと目見た時から好きになってしまいました。良かったらメール下さい」
シンプルだけど、これに尽きる。だって本当のことなんだもん。
ただ、問題は一つあった。
またあの食堂で小雪さんに会ったとして、「好きです!」とこの手紙を手渡せる自信は無い。
100%無理。
そんな肝っ玉は持ち合わせていません。なぜかって? ヘタレだからです。
だが、僕には武器があった。
そう、映像学校の繋がりで音楽イベントを手伝っている、という武器が。
丁度来月末にそのイベントがあり、客を呼んでとイベントのフライヤーを手渡されていた。
僕は作戦を立てた。
「小雪さん実は僕渋谷でクラブイベントやっててさ、来月末なんだけどよかったら来ない?」
「え! 本当に? カッコイイ! 好き!」
行ける。隙が無い作戦だ。
そう思った僕はラブレターを小さく折り、封筒に入れたフライヤーの下にそれを潜ませた。
だが、想像と現実は全く違うと次の日に思い知らされた。
***
食堂で僕の二つ先のテーブルに見える栗色のゆるふわヘアー。
もう自分が何を食べているかなんて判らない。判っているのは汗ばんだ右手に握られたイベントフライヤーという名のラブレター。
言い出せない。声をかけれない。
さぁ立てと身を奮い立たせるが、椅子に縫い付けられたようなマイお尻が椅子から離れない。
行くか行かないか1分悩んだらもういけなくなる、とは敦の言葉だ。もちろん告白するときのものではなく、敦が得意とするナンパをする時の話だ。
だが、その通りに僕は結局その日、小雪さんに渡すことが出来なかった。
そうやって、ぐだぐだと一週間が過ぎてしまった。
すぐそこに小雪さんはいるのに、渡せない。
ヘタレだ、ヘタレオブヘタレだ僕は。
だが、自虐的に自分を責め、意気消沈していた僕にもう一度天使は微笑んでくれた。
「あっ、遠藤さん」
食堂に向かうためにバックヤードを歩いていた僕の目の前に立っていたのは小雪さんだった。こんにちは、と優しい笑顔を見せてくれた。
その笑顔がスイッチになった。
丁度周りの目がないバックヤードということも有り、僕は勇気という名のエンジンをフル回転させて、右腕を、そして右手に握られたそれを動かした。
「こ、小雪さん。これ……」
「えっ?」
「ぼ、僕、音楽のイベントやってまして、来月の末にやるんですが良かったら来ませんか?」
捲し立てるように一息で僕は言葉をぶつけた。
とりあえず噛まずにいえたのは良かった。
一体なんだろうと困惑した表情を見せていた小雪さんだったが、頭の上に電球がでたかとおもうほどわかりやすい明るい顔で、笑顔を見せてくれた。
「そうなんですね、行きたいです!」
「ほ、ほんとに?」
僕はにやけてしまった。
そして、彼女に手渡した。
フライヤーの影に潜んだ、僕の想いを。
「な、中に僕のメールアドレスも書いてあるから、メール下さい」
「はい、判りました」
嬉しそうに小雪さんは満面の笑みを浮かべた。
この喜びようはひょっとするとひょっとするのではないかと思った。
私もいつも見ています。確かに彼女はそういった。
嫌いだったら見ないはず。僕はあなたの事が好きだから毎日みてます。
ということは小雪さんも?
単純な考えが僕の頭を支配した。
バックヤードは薄暗く、外と切り離されている僕達だけの世界だった。
僕は十分だった。彼女と世界を共有できただけでも嬉しかった。
去っていく小雪さんの背中を僕は立ち尽くしたままずっと見ていた。