第4話
このデパートには社員用の食堂が設けられている。
普通、バイトは使えないのだが、毎日ここに来る僕は特別にと使わせてもらえることになっていた。
バイト生活でお金が無い僕には有り難かった。
デパートのフードエリアでお昼を済ませる事もできるが、値段が違いすぎる。まぁ、物にもよるが、食堂3日分がフードエリアの1日で無くなる。そんな感じだ。
「今お昼なんですか?」
いつものように安価な素うどんをずるずるとすする僕の後ろから声が聞こえた。あまりコミュニケーション力が高くない僕は、自分から好き好んで他人に声をかけることはない。だから知り合いも居ないこのバイト先で誰かに声をかけられることなど今まであり得なかった。
聞き間違いだろう。
そう思って気にせずうどんを口の中に流し込んでいた僕だったが
「あの、今お昼なんですか?」
という二度目の声にさすがに自分に向けた質問なのだ、ということに気が付き勢い良く踵を返した。
そこに立っていました。
天使が。
エンジェルが、そこに、ふんわりと佇んでいらっしゃいました。
多分僕はすごく間抜けな顔をしていただろう。
あの雑貨屋の彼女が向こうから声をかけてくるなんて。
僕に向けられているわけではない「ありがとうございました」という声だけで悦に浸っていたのに、恐れ多くもその声を僕に向けてお使いになられますか。その声は今の所、僕だけのものですか。
「あう、お、うどんです」
瞬間的にキャパシティオーバーになった僕の頭に浮かんだのは今口の中に入っていたそれだった。
お昼なんですかと問いてうどんと答える。その心は。アホです。
「いつもお一人なんですね。お疲れ様です」
にこりと天使が微笑んだ。ああ神様、今僕の上に隕石が落ちてきても許します。
その笑顔に何かこたえねばと、フリーズした僕のwindows98並の処理速度になっている脳が言葉を検索した。
「え、遠藤と言います。遠藤悠一」
自己紹介しちゃいました。うどんの次は自己紹介です。
でも、マイエンジェルはその慈しみの心で僕に答えてくれた。
「小雪。斉藤小雪といいます」
小雪さん。おお、その美しく雪のような肌にベストマッチな名前ですね。
しかし有頂天になってしまった僕はとんでもない事をうっかり言葉にしてしまった。
「ええと、いつも見ています。小雪さんを」
「えっ?」
はい馬鹿ー、はい終わったー。
デデーン遠藤アウトーという大晦日のアレが僕の脳裏に浮かんだ。
いつも見ていますってストーカーじゃないか。阿呆。もう一度言うよ、阿呆。
「あは、私も遠藤さんをいつも見ていますよ。面白い髪型だなって」
「えっ、面白い髪型?」
「はい。なんかこう、寝癖のような、そうでないような」
ふふふ、と小雪さんは笑顔を浮かべた。
一応自分ではカッコイイと思っていたはずなんだけど、面白いという表現で片付けられたそれに僕は苦笑いを浮かべてしまった。
だけど、面白がってくれたのであればそれでいいです。
……いやいやいやちょっとまて、重要な所そこじゃないでしょ。面白い髪型の前に何か言ってませんでした? その麗しき小ぶりな唇でとんでもない事を。
遠藤さん、見ています、私、いつも。
エンドーサン、ミテイマス、ワタシ、イツモ。
「それじゃ、私戻りますね」
システムエラーを起こした僕に小雪さんは優しい笑顔を送ってくれた。
僕の恋は、少しづつ動き出した。