第2話
色とりどりの雑貨が目の前に陳列されている。女の子が好きそうなカラフルなペンやら、可愛いネコがプリントされたトートバックに多分中国製だろう安価なサングラス。
デパートの一角に出店されたその雑貨屋の前で、デパート内を行き交う人々に声をかけ、携帯電話サービスの案内をすることが僕のアルバイトでの仕事だ。
話すこと自体苦手だったけれど、時給の高さに惹かれて始めたバイトだった。
見知らぬ人に話しかけて「いかがですか」と契約まで導く。はじめは苦痛だったが、いざ契約が取れると面白くなるものだ。
バイト先からは「君は優秀なスタッフだ」と褒められたことで更にそれに火がついた。
一時期は友人と契約数を争うくらい高いモチベーションでバイトをやっていた。 でも最近それが全く無くなった。
理由は単純だ。他に熱くなるものができたからだ。
僕は恋をしている。
年頃の女の子であれば、つい足を踏み入れたくなるであろうその雑貨屋を僕はぼんやりと見つめていた。もちろん目当ては雑貨ではない。その雑貨達の向こうに見える、ピンクのシュシュで無造作に停められた栗色のウエーブヘア。
「ありがとうございました」
透き通った美しい声が雑貨屋に響いた。その声だけで僕は幸せな気分になれた。恋は盲目とは良く言ったものだ。
レジが終わったということは、商品のチェックで通路側に彼女が来るかもしれない。いや来るね。来てください。そんな祈りを捧げながら僕は彼女の姿が現れるのを待った。
来た。
来たよ。
雑貨屋の中から現れたのは、すらりとした姿の女性。長い手足に、栗色のウェーブがかった綺麗な髪。肌色というより白に近いきめ細かい肌に、何処かアンニュイな印象がある端整な顔。首元が大きく開いた黒のロングTシャツから見えるうなじが僕の心臓をギュッと締め付ける。
僕は高鳴る心を抑えつけながらも、ついその姿を見つめてしまった。
それに気がついたのか、チラリと彼女がこちらに視線を送った。
その真っ黒なつぶらな瞳にどきりと心臓が弾け、僕は咄嗟に目線をそらした。まともに彼女を見ることなど出来ない。できるわけがない。そう、僕はヘタレです。
だが僕は彼女に恋をしている。僕は彼女にぞっこんラブなのである。
ひと目見て僕の頭からお尻の穴へキューピッドの矢が抜けていった。それはこれまで経験したことのない衝撃だった。
僕は田舎の男子高校を卒業して、映像をやりたいと思って東京に上京した。
専門学校で男の友人は出来たが、女性経験は未だにない。
高校時代をふいにしてしまったのが駄目だったのか、友人と遊びほうけた結果、俗にいうモテない男が出来上がった。
いわゆる年齢が女性と付き合ってない年数ウンヌンってやつだ。
女の子と付き合うとか、好きになるとか、自分とは全く関係のない世界だと思っていた。高校時代、ちょっとやんちゃな感じのクラスメイトが女の子と帰っているのを見たことがあって少し羨ましいとは思ったが、だからといってどうこうしようとは思わなかった。
恋は不良がやることだ、なんて、今考えれば馬鹿みたいな言い訳をしていた。
僻みから恋なんて糞食らえとも思った。
恋に落ちて何も手が付けられなくなるなんてあり得ないと思った。
だが、彼女と出会って何も手がつかなくなった。向こうは出会ったつもりもないだろうけど。
映像学校の繋がりで渋谷のダンスクラブで音楽イベントの手伝いなんかもやっていたが、それにも手がつかなくなった。
もう一度言おう。
恋は盲目とは良く言ったものだ。