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なくしもの

作者: 鳴海

なんだってそんなものだ。気づいた時にはもう遅い。

 文字通りに変わり映えのしない毎日から何かひとつが欠けたところで日常に支障はなく、私も特に拘泥はしない。

 ポーチの中の絆創膏。ポケットに入っていたのど飴。インクの切れた青ペン。気にもとめない些細なものから、それは緩やかに始まった。


「珍しいね」


 机を近づけながら囁く彼に、小さく肩をすくめてみせる。


「なくしちゃったみたい」


「教科書を?それやばいじゃん」


「まぁ、そのうちどうにかする。今日は見せてね」


 次の日には筆箱がなくなった。

 その次の日には携帯電話がなくなった。

 屋上でもそもそと菓子パンを食しながら、ようやく今までなくしたものを数えてみる。手を閉じたり開いたりを繰り返していると、「なにしてんの」と彼の声が降ってきた。


「……なくしものを数えていた」


 パンを飲み込んでから正直に答えると、彼は少し笑って私の隣に座った。


「そんなに多いの?」


「うん、色々と。毎日何かなくしちゃうの。気をつけてても、気をつけなくても」


 どうしてもなくなるものはなくなるのだから、いちいち一喜一憂もしていられない。首を傾げ、喪失感を紛らわすのはうまくなった。


「毎日か。今日は何がなくなったの?」


 空になったビニール袋をぐしゃり、と両手で丸めて、私は屋上の向こう側をぼんやりと眺める。昨日と変わらぬ夏らしい青空がどこまでも清々しく広がっていた。


「……友達」


「え?」


「いっつも一緒にお昼食べてる友達」


 視界の青空がやんわりと揺らぐ。無くしものはいつだって突然で、気づいた時にはもう遅い。

 教室に入った瞬間、私にしては珍しく、大事なものの消失を悟った。思わず口からこぼれた「あ」という声に、一番最初に反応したのもそういえば、彼だった。

 どうかしたのと首を傾げる彼になんでもないと答えて席に鞄を置き、友達の席があった空間を見つめる。今日、忽然と友達は消えてしまった。私はお昼を一人で食べるしかない。


「じゃあ明日から、俺とお昼しよう」


 世界からじわじわと切り取られていく私を慰めるように、柔らかな口調で彼が言う。

 私はちらりと目線を彼に向け、それからすぐに自分の手元へと落として、ぽつりと呟いた。


「優しいんだね」


「あはは」


「私の周りに何もなくなっても傍にいてくれるの?」


「……はは」


 笑ったまま、視線を明後日の方向へずらす彼。そんな彼の反応を見て、ふぅと鼻でため息をついた。これは仕方のないことなのだろうか、私にはそれすら分からない。


「そうだね、うん。そのつもり」


「……どこに、いっちゃったのかなぁ」


「さぁ。無くしものって行方不明だから無くしものなんだろ」


「うーん。まぁ」


 そうだよねぇ。とほとんど囁くように言えば、彼の軽やかな笑い声が屋上に響いた。「だから安心していいよ。何無くしたって俺が貸してあげるし、例え全部なくしちゃったとしても」


「友達の代わりはいないよ」


 彼の流暢な弁舌を遮り、私は冷ややかに言い放つ。


「……うん、ごめん。ごめんね」


 存外素直に謝罪の言葉を述べたので、一体彼がどんなつもりで私の隣に座っているのかがあやふやになってきたなぁ、と思い、私は彼の表情を盗み見ようと顔を横に向けた。

 刹那、彼が掬うように私の瞳に迫って来たので、びびって後ろにのけぞり、後頭部を壁にぶつける。勢いよく真横の壁に手をつかれ、気圧された脳内に警報が鳴り響いた。


「ごめん。本当に心から申し訳ないと思っているんだ」


「は、はい」


「だから償わせて。俺にできる限りで埋め合わせをさせて。可哀想な君を慰めさせてよ」


 気迫の割には落ち着いた口調で彼は言った。私はそんな彼の目をすかして相変わらず空を眺めて、あぁ、明日も変わらぬ天気でいてくれと、心の中で小さく祈っていた。

 彼の影が重なった左半分の視界が、妙に暗い。

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