お前は世界を俺はお前を…
「俺、悪役になろうと思う。お前、勇者な。」
そう告げた親友は、次の日から姿を見せなくなった。
いつものような冗談だと思っていたんだ。
何気ない会話だと、そう思っていたんだ。
だから……
「いいよ。俺は英雄になる!」
そう笑いながら言った。
その日に戻れたら、俺はきっと「冗談でもやめろ」とあいつに言っただろう。
____
「あぁ、そうだった、な。お前は、英雄になったら世界中に、自分の像を建てる、なんてことまで、言ってたな。」
「そこはいらん思い出だ。若気の至りだ。……お前はあの時のように、これでよかったと今でも思っているのか。」
「当たり前だ。…お前の、後ろには多くの、民がいるじゃないか。俺たちは、誰かがやらなければ、ならなかったことを、やったんだ。」
「確かに、お前という悪を前にして、世界は一つになった。だが、所詮はひと時の夢だろう。またいつかこの平和は崩れる。いつかと言っても、そう遠くはない未来にだ。それなのにお前は満足なのか。お前が語っていた理想郷はこんな世界じゃないだろ。なぁ、ずっと平和の続く世界を描いていたんじゃなかったのかよ。…俺はやっぱり勇者なんて柄じゃなかったんだ。」
「だが、お前は、ここまでたどり、着いただろ。」
「ああ、着いたさ!でもよ、別に平和とか、世界を統一するとか、誰もかれも自分のことしか考えていない現実とか…どうだってよかったんだ。ただ俺は、お前に問いたくて、なんでこの方法を詳しく話してくれなかったんだって。ただ問うためにここまで来たんだ。…俺たち親友だよな?」
「説明が、必要だったか?お前のことだから、わかって、ただろう。それに、俺を倒す、役なんて、お前しか、思いつかなかったし。親友のお前しか。」
「ふざけんなっ!…確かに今のは全部言い訳だ。でもよ、認めたくねぇんだよ。お前がいなくなった世界なんて…」
「なんだ、泣くのか。」
「泣かねぇよ!笑ってんじゃねぇよ!……ダメだ。お前に口で勝てる気がしねぇ。一つだけ言っておく、俺はやっぱり英雄にはなれないってな。」
「何を、する気だ。さっさと、とどめを刺せ。」
「最後の会話くらい楽しもうぜ?……よっと、お前重くなった?」
「…お前は相変わらずの、バカだな。それよりも、降ろせ。」
「昔っからそうだよ。俺はバカなんだ…お前みたいに優秀にはなれないさ。だから、バカはバカなりに考えたってわけ。だから降ろしてやらん。」
「お前…まさか!」
「はいはい、暴れない。傷に響くぞ。大丈夫大丈夫、もう舞台はできてるから、あとは主役の登場を待つのみです。なーんてな。」
「ふざけるなっ!今すぐ降ろせ!っつ!」
「ちょっと、黙っとけ。お前に死なれちゃ困るんだって。……お前みたいな、やっぱ頭のいい奴がこの世界には必要なんだ。俺みたいなバカより重要なレアキャラなんだぜ?そこんとこ自覚しとけ。…最後の俺からの攻撃をくれてやる。素は理を傷つけたり、汝の心に奏でたり、“踊れ、俺の思うままに”………元気にやれよ。親友。」
___
「勇者様、なぜそのようなものを抱えておられるのですか!とどめをなぜ刺さないのです!」
「…誰だ?貴様など知らぬ。」
「何を…何を申しておられるのですか!」
「何を、とは私のセリフだ。」
「まさか…魂が入れ替わって…。まぁいい、勇者に代わり私の手柄にしてくれる!」
「……勇者を見捨てる気か。」
「ふっ、最後だから教えてやろう。そんな頭の弱い存在に初めから誰も期待などしていない!もとからこの戦いが終わったら、殺される運命だからな。所詮は勇者といえど捨て駒だ!お飾りでしかない。世界を救ったのは勇者だと言っておけば誰もがそれだけで納得する。方法や経緯なんて関係なく。だから戦いが終わってから勇者がいたら、邪魔な存在でしかない。上は面倒事が嫌いだからな。」
「……そうか、やはりひと時の夢でしかないのだな。だが貴様ごときに負けるわけがない。勇者に選ばれなかった貴様にな。」
「なぜその事を貴様が知っている!ぐはっ!…」
「弱すぎる、貴様は力もその心も。誰かを恨むだけでは己を見失うだけだ。貴様のようにな。王子とはいえど所詮は人の子よ。……その傷では長くは持つまい。勇者共々地獄へと送ってやろう!」
『おいこら、俺を置いて話を進めるな!殺すなら、俺だけにしろ。…こいつは見逃してやれ。』
「勇者!お前はいつから…さっきの話を聞いてなかったのか!私たちはお前を利用していたんだぞ。それでも助けると言うのか!」
『聞こえてたさ、ぎゃーぎゃー騒ぐ声がな。俺は結構お前のこと気に入ってるんだぜ?取りあえず、逃げろ。お前じゃ勝ち目はない。俺がやっつけてやるからよ。』
「…その満身創痍の状態でか?本当にお前は頭が弱いらしいな。」
『あぁ、そうだよ。だがよ、始めっから知ってたんだぜ?利用されてることくらい。でも、見捨てるなんてカッコ悪いだろ。いくら表面だけの信頼だとしても。それにこんな傷バンソーコウでも貼っとけば治るって。』
「…お前という存在は本当にわからない奴だな。今更言うのも何だが、お前と素で話していれば退屈はしないですんだかも知れないな。……ふんっ、生きて帰ってこい。今後の対応は私が何とかしてやる。」
『おう!その言葉忘れるなよ。さぁ、待たせたな。決着と行こうか!』
「茶番は終わりか?…だが気が変わった。勇者、貴様を先に送ってやろう!」
『そいつはどうも!』
『くらえ!』
「死ねっ!」
____
世界は長く続く平和を手に入れた。
だが、お前はこの世界にいない。その事実だけが俺の心を寂しくさせた。
お前が最後にかけた呪によって、俺はお前の思うままに動いていた戦い。
自作自演とほぼ変わらないものだった。
もしもあの決意をすべての始まりの日に戻れたら、俺はきっと「わかってくれ、俺が犠牲になるから」とあいつに言っただろう。
そしたら、ここにいるのはお前だったはずなのにな。
今さらになってわかったよ。
俺は世界をお前は俺を…救いたかったんだよな。
だが、俺の存在だけでは世界しか救うことができなかった。
欲張りすぎたか。
お前の望みはすべて叶ったというのに…
「最後に教えてやるよバカ勇者。世界中にお前の像が建てられるそうだぞ。よかったな。」
…なんとなく、あいつの笑った声が聞こえた気がした。
読んでいただきましてありがとうございました。
【捕捉】
最後の戦いで勇者は悪役を自分の意志で動かしてしゃべっていたものが『』になります。
そして、最終的に残ったのは勇者だと周りが勘違いしている悪役の方です。
…物語って難しいですね。