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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
4章:追憶のセレナーデ
94/135

92:黒い結晶











 雷と波濤と影。三つの攻撃によって周囲の魔物達は余さず駆逐され、飲み込まれていた。

一時の平穏を得て、警戒は欠かさぬようにしつつも、ウルカは息を吐きながらゆっくりと剣を下ろす。

とりあえず、周囲に敵の姿も、気配も存在しない。今の三重攻撃によってまとめて消し飛ばされたという面もあるが、効果範囲外からも敵が押し寄せてくるような気配はなかった。

まるで、今の攻撃を警戒するかのように、魔物達は近寄ってこようとはしなかったのだ。



「ふぅむ、着くなり終わっちゃいましたね」

「お疲れ様です、アウルさん。でも、まだ終わった訳じゃないんじゃないですか?」

「あら? ウルカ様、気付いていないのですか? よく周りをご覧になってください」



 その言葉に、ウルカは首を傾げつつも周囲へと視線を向ける。

相も変わらず続く、かつては純白だった灰色の街並み。

水にぬれ、僅かに焼け焦げの後が見えるそれは、これまでの戦場の激しさを物語っていた。

と――そこまで観察し、ウルカはふと違和感を覚えていた。



「あれ……この壁、こんなに白かったでしたっけ?」



 戦闘中にあまりはっきり見ていた訳ではないため、断言する事はできなかったが、ウルカはその建物が以前よりも白く変わっているように感じていたのだ。

そして、違和感を覚えた対象は、その建物の壁ばかりではない。

地面や外壁、様々な場所に広がっていた黒い侵蝕。その姿が、全くと言っていいほど見当たらなくなっていたのだ。



「侵蝕が、なくなってる?」

「先ほどの攻撃が核に当たったのか、それともリーゼ様たちが核を仕留めて下さったのか……まあどちらにせよ、これで一段落という事でしょう」



 くるりと回したナイフをホルスターに収め、アウルは軽く肩を竦める。

気配察知や索敵といった面では己よりも遥かに優れた彼女の言葉に、ウルカもようやく警戒を解除していた。

身を包む疲労は、今まで経験してきた戦場よりも遥かに大きい。

敵を倒した数で言えば以前の戦場ほどではないものの、視界が悪く、尚且つ包囲された状況での戦闘は、戦いに慣れ始めたウルカの神経を確かに削っていたのだ。

小さな火の粉となって消えていくヴァルカンの剣を見送りながら、ウルカはそっと視線を上げる。

無数の魔物を生み出していた、外壁に突き刺さる巨大な足。八つのそれらもまた、少しずつ霧散し、消滅していく。



「ちょっと釈然としませんけど……何とか終わりましたね」

「そうね。壊す所はちゃんと確認しておきたかったけれど、今は言っても仕方がないか」



 背後から響いた声にウルカが振り返れば、魔力の大量消費によって倒れたレイクレアに処置を施したミラが、苦笑交じりに近づいてくる所であった。

完全に気を抜いている様子ではないものの、その表情の中に最早危機感は存在しない。

都市を包んでいた圧倒的な気配が、既に感じられないのだ。

言った通り核を破壊した場面を見た訳ではないため、少々釈然としない様子ではあったが、ミラもまたアウルの言葉を疑うつもりはなかった。

しかし――



(……そう、アウルの言う通りなのでしょうけど、何かが引っかかるのよね)



 具体的な理由もなく、根拠と呼べる事象がある訳でもない。

勘としか言いようのないその感覚に、ミラは誰にも気付かれぬよう小さく嘆息を零していた。

あまりにも、あっさりし過ぎているのだ。今まで経験してきた大きな《渦》では、必ずと言っていいほど《将軍ジェネラリス》と遭遇してきた。

しかし、今回は『成りかけ』のような魔物も存在せず、ただ圧倒的な物量で攻撃してきたのみ。

唯一特殊な存在と言えば、カインやリーゼファラスが相手をしていた巨大な物体であるが――



(見落としは……そもそも、見落としなんて言葉を口に出せるほどこの都市を探索した訳ではないわね。何かあってもおかしくはない、と思うけれど)



 そう考えつつも、ミラはちらりと隣へ視線を向ける。

その視線の先に立っていたアウルは、何かを探すように視線を周囲へと巡らせていた。

彼女は、警戒している訳ではないが、決して油断はしていない。

敵の存在があれば、彼女がすぐさま気付いている筈なのだ。



(アウルの反応は無し。となれば、少なくともこの周辺には敵性の存在はいないって事でしょうね)



 或いは、アウルですら知覚できない隠蔽に特化した存在がいる可能性もあるが、どの道近付かれればザクロが即座に感知する事になるだろう。

未だ納得はしきれないものの、とりあえずの危険はないと判断し、ミラは小さく息を吐き出していた。

と、その時、アウルが何かに気がついたかのように視線を上げる。

それに釣られるようにミラも視線を上げれば――その先から、黒い影が舞い降りてくるところであった。



「ッ!?」



 ミラは半ば反射的に刃を抜き放ち、己の魔力を充足させる。

いつでも雷撃を放てる体勢で構え、舞い降りてくる相手を待ち受けて――そこでようやく、ミラは己が勘違いしていた事に気がついた。

舞い降りてきた黒い影は他でもない、黒衣を纏うカインだったのだ。

リーゼファラスと共に跳躍してきた彼は、巨大な大鎌をその肩に乗せつつ、ぐるりと周囲を見回す。



「……ふむ、どうやら思い違いだったみたいだぞ、リーゼファラス」

「そのようですね。まあ、どちらにせよ合流するつもりではあったのですし、問題はありませんよ」



 ミラが魔力を滾らせた為に周囲の視線が集中していたが、そんな物などまるで無視しながら、カインとリーゼファラスは言葉を交わす。

別れた時とまるで変わらぬ二人の姿に、ミラは安堵と呆れの混じった息を吐き出しながら、刃を収めて声を上げる。



「無事でよかったわ。まあ、もう少し穏便に出てきて欲しかった所なのだけど」

「それはどちらかと言えば私の台詞ですね、ミラ。魔力を消耗した貴方が、先ほどの術を使わなければならないような相手が現れたのかと思いましたが……どうやら、思い違いだったようですね」



 ちらりとレイクレアの方へ視線を向けながら、リーゼファラスはそう言って僅かに笑みを浮かべていた。

その笑みが、ミラの無事に安堵したが故のものなのか、土壇場であれだけの術を構成して見せたレイクレアに対するものなのかは、その場の誰にも分からなかったが。



「一応、色々と聞いておきたい所だけど、その前に。カイン、貴方その大鎌、どうしたのよ?」

「あん? ああ、厄介な相手だったら不味いから時間をかけるなってそこの聖女様に言われてな、最初から出してただけだが」

「いや、そうじゃなくて……それ、今までは見るだけで危険さが伝わってくるような威圧感してたと思うのだけれど」



 カインの持つ《刻限告げる処刑人ヘンカー・ザントゥーア》は、魂の弱い人間が相手ならば目視だけで死に至る事もあるほどの強大な力を持っていた。

しかし、現在の大鎌からは、以前までのような強大な威圧感も、恐怖も感じることは無かったのだ。

ミラとしては、上位神霊契約者以外の聖女がそれに押されて気絶してしまうのではないかと危惧していたのだが、少なくともそのような様子はない。

一体何が起こればこれほど気配が変わるのかと、ミラは不審げな視線をカインへと向ける。

それを受け止め、彼は苦笑交じりに大鎌を揺らして声を上げた。



「記憶が戻ったおかげで、より正確に力が制御できるようになったんだよ。今までのあれは、完全に制御し切れてなかった証だ」

「つまり、暴走気味だったって事?」

「まあ、そういう事だ」



 自嘲気味な表情で肩を竦めるカインに、ミラは若干複雑な表情を浮かべていた。

彼が力を制御できるようになるのは喜ばしい事であるが、これまで感じてきた恐怖が、欠陥品に近いものによる影響だったのだと知り、若干プライドを傷つけられたのだ。

とは言え、《刻限告げる処刑人ヘンカー・ザントゥーア》から放たれる恐怖は本物であり、ミラとしても二度と味わいたいとは思えないものであったため、とりあえず安堵の吐息を零していた。



「とりあえず、良かったわ。それはそれとして……リーゼ、そちらは核を破壊したの?」

「いいえ、あの蜘蛛の撃滅には成功しましたが、核は見当たりませんでした」

「となると、やっぱりさっきの攻撃で偶然破壊出来たのかしら? 確認できなかったのは痛いわね」

「そちらでも確認は出来ませんでしたか。とりあえず、《渦》による侵蝕は消えていますし、核の破壊は間違いないとは思いますが……」



 確認出来ないものを事実として認識する事は出来ないと、そう言いたげにリーゼファラスは眉根を寄せる。

何とか欠片を探す方法が無いかと、そう思案を始め――その背筋を、凍るように冷たい戦慄が駆け抜けていた。



『――――ッ!?』



 反応できたのは僅かに五人。その内、動く事が出来たのは三人だけだった。

突風を受け止める感覚にも似た、巨大な衝撃。それが、どんな存在によって放たれたのかを知る者は――リーゼファラス、ただ一人だけ。



「《拒絶アブレーヌング》ッ!!」



 回帰リグレッシオンを構成する余裕すらない。彼女は跳躍しながら全力で力を行使していた。

そしてそれとほぼ同時――南東側の外壁の上より放たれたのは、黒曜石の如き黒き結晶によって構成された、無数の槍であった。

自分自身の力の行使を真似たかのようなその形に、リーゼファラスの意識は灼熱に沸騰する。



「皮肉の、つもりかッ!」



 リーゼファラスは怒りを吐き出しながら拳を振るう。《将軍ジェネラリス》すら一撃の下に打ち砕く、破滅の力を込めた拳を。

真っ直ぐに放たれたその一撃は、殺到する黒い結晶を悉く弾き返す・・・・

弾かれた黒い結晶は次々と地面に転がり――次の瞬間、再び打ち出されてカインの元へと向かっていた。



「なッ!?」

「しまっ――くっ!?」



 リーゼファラスは突如としてカインを狙い始めた攻撃に気を取られ、命中しかけた槍をすんでの所で弾き返す。

無理矢理に払い除けたその腕には、僅かな裂傷が刻まれていた。

そして、カインへと向かった黒い結晶は、そのまま集束して形を変え、巨大な翼を持つ獣と化してカインへと襲い掛かる。

対し、カインは漆黒の大鎌を振るい、獣の首を斬り落とそうとして――



「逃げなさい、カイン!」



 ――その一撃を、半ばまで食い込む程度で受け止められていた。

刻限告げる処刑人ヘンカー・ザントゥーア》は、あらゆる存在を死滅させる“死”の集合体だ。

しかし、かつてリーゼファラスに振るった時のように、必ずしも全てを貫けるという訳ではない。

少なくとも、カインの力が及ばない場合には――



「な――ぐ、ガァッ!?」



 だが、本来ならばありえない。

リーゼファラスにすら僅かにダメージを与えた《刻限告げる処刑人ヘンカー・ザントゥーア》に耐えられる者など、まず存在しないはずなのだ。

しかし、黒い獣は確かにその攻撃を耐え切り、その巨大な顎によってカインの体に喰らいつき、捕らえていた。

咄嗟にコートや体から刃を発し、喰らいついた口から逃れようとするも、大鎌すら通じなかった獣の体を貫く事ができない。

その事を察したリーゼファラスも、攻撃を弾き返す事で精一杯でありカインの救助に回る事が出来なかった。

そして――翼を持つ獣は、カインの体を銜えたまま上空へ、黒い結晶が飛来してきている方向へと飛び去っていた。


 ――外壁の上に立つ、一人の男の元へと。



「――流石の防御力だ、神楯よ。だが、それだけの芥を連れていては、いかな貴様とて対応しきれる訳ではない」



 浪々と、声が響き渡る。

浅黒い肌に、輝く星々のような銀色の髪。白い衣に身を包みながら、尚強烈に『黒』を連想させるその男。

怜悧な美貌の上に僅かな笑みを浮かべ、《奈落の渦》の首魁――星天の王は、リーゼファラスへと向けて告げる。



「ご苦労であった、神楯。良くぞこの男の記憶を取り戻してくれた。礼を言おう」

「何、ですって……?」

「これが力を完全制御する日を、私はこの街の滅びの日より待ち続けていたと言う事だ。そして、貴様がそれを果たしてくれた……宿敵とは言え、礼を告げるのは当然の事であろう」



 星天の王は、皮肉でもなく、ただ純粋にリーゼファラスへと向けて感謝の言葉を告げる。

しかし無論の事、彼女がそれを素直に受け取る事などありえなかった。

その言葉を耳にしたリーゼファラスから、地を砕き、天を焦がすような莫大な殺意が溢れ出す。

そしてそれは、彼女の身に纏わりついて一つの形を形成していた。



「――Gesegnet sei, du Reiner, durch das Reine!」



 神域言語とも異なる、リーゼファラス本人の祝詞。

彼女の身より放たれる莫大な力は、その身に纏わり着いて白い衣を形成する。

両手を覆うものは若干楯のように広がった水晶の手甲。

ドレスにも似た、しかし動きやすさを優先して足を動かしやすいよう大きく広がった白い衣装。

それを目にした星天の王は、紅の瞳を僅かに細めて声を上げる。



「戦姫の衣、か。懐かしいな。貴様のそれには、随分と苦しめられた」

「ならば、ここでもう一度味わうがいい!」

「あまり吼えるな。貴様とはここで事を構えるつもりはない」



 猛るリーゼファラスに対し、星天の王は変わらぬ調子でそう告げると、強大な魔力と共に一つの術式を展開する。

それが転移のものであると認識するよりも早く、リーゼファラスは跳躍し、星天の王の下へと駆け抜けていた。

彼女の拳は神速で迫り、テッサリアの外壁を水晶の欠片へと変じさせながら粉砕する――だがその中に、星天の王とカインの姿は存在しなかった。



『――コーカサスへ来い。あまり遅れるようならば、貴様らの都は滅びると思え』



 ――たった一つ、降り注ぐ水晶の中にその言葉だけを残して。





















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