08:ひとまずの収束
「喰らい、やがれッ!」
爆発音のような強い銃声が響き渡る。
それを放ったのは、ガンツの持つ長い銃身の魔力銃だ。
散弾型と呼ばれるそれは、射程は短いながら、近距離戦においては高い威力を発揮する魔力銃だった。
それを至近距離で正面から喰らい、《兵士》は頭部を損壊させながら大きく仰け反る。
そこに、駆け込んでくる女性の姿があった。
「《シルバーパイル》!」
ガンツの相棒たるソフィーアは、その巨大な武器の中にいくつかの魔力銃を仕込んでいる。
撃ち込んだ後に爆裂する榴弾や、強固な外殻を打ち抜く徹甲弾、連射型の魔力銃なども存在しているが、今彼女が使ったのは正確に言えば銃ではない。
魔力を杭状にして撃ち出す、一種の近距離武装だった。
放たれた魔力の杭は仰け反った《兵士》の腹部を撃ち抜き、確実に絶命させる。
「ふぃー、これで大半は片付いたか?」
「そうね。思ったよりは楽だったかしら」
「といっても、最初は修羅場だったがなぁ。がっはっは!」
景気よく笑うガンツに、ソフィーアは小さく嘆息を零す。
そして彼女は、戦線となっている場所の更に奥、先ほどの雷撃を逃れた魔物たちが存在している方へと視線を向けた。
ガンツたちは、彼らが取りこぼした敵を仕留める事に主眼を置いていたのだ。
あくまでも下層の人間である彼らは、集団で時間をかけて戦って、ようやく《重装兵》一体を倒せる程度の戦闘能力しかない。
敵に囲まれてしまえば一巻の終わりなのだ。無理に最前線に出るような真似はせず、出来る範囲の敵を倒していたのだが――
「相変わらず無茶苦茶よね、あの男は。どうしてあんな無茶して死なないのかしら?」
「さあなぁ。あいつ、どんだけ不利な戦場からでもとりあえず生きて帰るからな。あのバカが死ぬ場面なんて、俺には想像も出来ないね」
「ま、それに関しては私も同感だけどね……それにしても、今回は大層な面子が揃ったわね」
肩を竦めつつ、ソフィーアはそう呟く。
上位神霊と契約している人間が少なくとも二人。そして、それ以上の力を持つとされている『最強の聖女』。
そして、いかなる戦場からでも生きて帰る謎の男に、《重装兵》を一人で解体して見せた謎のメイド。
後ろの二人に関しては正体どころか意味も分からなかったが、あれだけ不利だった戦況はあっさりとひっくり返されてしまった。
その決め手となったのは『ケラウノス』の放つ天空神の雷であったが――
「本当に凄かったのは、むしろたった三人でしばらく前線を維持していたあいつらね」
「同感だ。ありゃ参ったわ」
3000という大群を相手に、彼らはしばしの間拮抗していた。
無論、その後すぐにその他の前衛組が追いついたのだが、ソフィーアは彼ら三人だけでも生き残る事は可能だっただろうと考えていた。
下層の出身である彼らの力は、上層の精鋭部隊にも劣らぬほどの物だったからだ。
(カインはまだ実力を知ってたけど、あのメイドは……)
『最強の聖女』リーゼファラスの傍に控えていた銀髪の少女。
彼女がただの使用人だと、そう思うほどガンツやソフィーアは腑抜けてはいない。
一目見た瞬間から気付いていたのだ。彼女にはあまりにも、濃い血の臭いが染み付いている。
「さて、大体終わりそうだし、少し様子を見て撤収準備かしら?」
「いいのか? あっちに行かなくてよ」
「行ってもあの子の邪魔なだけでしょ。むしろ、上位神霊契約者の戦いに付いて行けてるカインとあのメイドが異常なのよ」
付いて行けている――その言葉に、ソフィーアは胸中で苦笑を零す。
そんなレベルではない。契約者では無いカインにはありえない事の筈なのだが、彼はウルカと同等以上に動く事が出来ていた。
ただの技量と呼んでしまうには異常な、その身体能力。そしてアウルに至っては、彼ら二人を凌駕するほどの身のこなしを見せていた。ソフィーアにとってはそちらもまた理解不能ではあったが、どちらにしろ付いて行けない戦いである事に変わりは無い。
「……ホント、何者なのかしらね」
常に戦力を欲している傭兵隊とは言え、カインとあのメイドを誘う気にはなれない。胸中で呟き、ソフィーアは嘆息する。
始まりの戦は、終盤を迎えようとしていた。
* * * * *
三種の刃が翻る。
漆黒のファルクスと、大型のナイフ、そして炎を吹き上げる双剣。
それらが一太刀振るわれる毎に、ミラの攻撃をかろうじて逃れていた《渦》の魔物たちが斬り裂かれてゆく。
《重装兵》や《砲兵》と言った大型のものは真っ先に標的となっていたのか、落雷が過ぎ去った後には残っておらず、《兵士》ばかりとなっていたのだが――
「うーん、物足りないですねぇ……」
振るう刃で《兵士》を幾つもの肉片に解体しつつ、アウルはそう呟く。
彼女の纏うエプロンドレスには汚れ一つ無く、修羅場と呼べた雷以前の戦場すら、彼女には苦となっていなかった事が伺える。
そんな彼女の言葉に、跳躍して敵にファルクスを突き立てていたカインは小さく肩を竦めつつ嘆息した。
「気持ちは分かるが、仕方ねぇだろ。それとも、あの雷の雨の中で戦ってた方がよかったか?」
「流石の私も、雷を回避しながら戦うのは難しいですよ」
「不可能とは言わないんですね……」
ヴァルカンの剣を用い、真正面から敵を斬断すると同時に焼き尽くして、ウルカは二人に対して半眼を向けていた。
上位神霊の契約者、つまり能力だけ見るならば世界最高クラスの力を持つウルカは、この二人の持つ実力に内心で戦慄する。
ウルカは若く、己の未熟は自覚している。経験が不足しているためなのだから、それはこれから伸ばしていけばいい話なのだ。
ウルカに足りぬ技量と言う一点――それに関して、カインとアウルは非常に高い実力を誇っていた。
(僕じゃ、勝てない。例え契約を行使して身体能力が上昇している状態だったとしても、技量だけで圧倒される)
強固な甲殻を持つ《渦》の魔物を容易に斬り裂くファルクスやナイフに対しても疑問はあるが、ウルカは二人のその技量に対して純粋に驚嘆していた。
鎧袖一触と言うべきか、彼らは己の攻撃圏内に入ってきた相手を一撃で倒してしまうのだ。
力が強いと言う事ではない。身のこなしが優れているのは事実だが、それだけではない。
――この二人は、戦う事に優れすぎているのだ。
(戦場を有利に進めている。自分が有利になるように、優先順位をつけて敵と戦っている。この二人からは、学べる事が沢山ある……!)
強い力がある。けれど、それだけでは足りない。
それを強く思うウルカだからこそ、二人の持つ技術に惹かれるのだ。
下層の人間で、神霊契約者ではないにも関わらず、上層の人間以上に戦える力を持つ――そんな人間は、ウルカにとって理想的な存在だったから。
尤も、アウルというメイドに関しては、若干思う所はあったが。
彼女の技量は、カインすらも大きく超えている。あの雷を回避しながら戦う事も不可能ではないと口にしたその技量は、想像を絶するレベルであった。
彼女の業は人と言うよりは獣のそれ。本能で危険を察知し、的確に相手の急所へと刃を突き立てる。
それは果たして、人の身で辿り着ける領域なのだろうか――ウルカが思わずそう思ってしまうほどに、アウルの戦闘能力は隔絶されていた。
まるで全てが、相手を殺す事に特化しているかのごとく。
刃を振るい発した炎で目の前にいた《兵士》を消し飛ばし、ウルカは一息を吐く。
元より、既に消化試合のようなものだ。この程度の相手が散発的に襲い掛かってくるだけならば、遊びながらでも対処する事ができる。
それだけ、ミラの放った力が凄まじかったと言う事なのだが。
「ミラ・ロズィーア=ケラウノス……ジュピターの契約者、か」
剣を下ろし、ウルカは視線をクレーテの方へと向ける。
その城壁の上に立つ姿までは見えないが、彼はミラの魔力を確かに感じ取っていた。
彼女の力は確かに凄まじい。けれどウルカはそれ以上に、彼女の言葉を思い返していた。
上層の人間の中でも特に強い力を持ちながら、下層の者たちを護ろうとする彼女。
そんな人間がいないという訳ではないが、ウルカは今でも、彼女の強い言葉を反芻していた。
それほどまでに、彼女の言葉に対して衝撃を受けていたのだ。
と――
「おい小僧、あんまり呆けてんなよ」
「あ、はい。済みま――」
呼ばれた声に振り返り、ウルカは硬直した。
声の主に対してではない。その先にいた、一体の魔物の姿に驚いたためだ。
その姿は今までに現れていた《渦》の魔物と違い、幾分か人間に近い形をしている。
全身が黒に覆われているのは変わらないが、その腕は長く、四本指には鋭い鉤爪が伸びている。
若干猫背気味の格好に、突き出た頭は黒い巨大な複眼が大半を占めている。
マスクのような口と大きく肥大化した後頭部を含め、その姿は若干ながら昆虫としての要素も持っているように見えるだろう。
「《指揮官》……!」
「最後に少しは面白そうな獲物が残ってたじゃねぇか」
「あらカイン様、独り占めをなさるおつもりですか?」
警戒したように剣を構えるウルカだったが、二人は一切気にした様子も無く《指揮官》を観察していた。
《指揮官》は多くの《渦》の魔物を制御する、支配能力と呼べる力を持っている。
しかし、固体としての戦闘能力も高く、並みの契約者では太刀打ちできないほどの力を持っているのだ。
そんな相手を前にしても尚、カインとアウルの余裕は崩れない。
『ォ……ォォオオ……!』
大きな風がうねるような、そんな鳴き声。
それと共に、《指揮官》の周囲には黒い魔力の塊が浮かび上がる。
そこに集束している魔力の強大さに、ウルカは思わず戦慄していた。
上位神霊の契約者たるウルカが持つ霊的装甲ですら完全には防ぎきれない、莫大な魔力量。
一撃一撃が強烈な力を持つであろうそれが十数個。正面から受ければひとたまりも無いだろう。
それが撃ち出されると共にウルカは斜め後ろへと跳躍し――カインとアウルは、更に前へと踏み出した。
「な……っ!?」
二人の暴挙とすら呼べる動きに、ウルカは驚愕する。
高速で飛来する高威力の魔力弾を前に、彼らは一切恐れる事無く踏み出して行ったのだ。
一撃でも受ければ絶命するであろう弾丸の群れを――二人は、最小限の動きで躱してゆく。
「凄い……!」
それを目の当たりにして、ウルカは思わず感嘆の吐息を零していた。
胆力、反射速度、身のこなし。どれを取っても、今の彼では届かないものであったが故に。
二人が弾丸の群れを通過して《指揮官》の眼前へと駆け込んだ瞬間、敵はその長い腕を思い切り振り下ろして叩きつけていた。
細長いとすら形容できるその腕からは、見た目に反して強大な膂力が発揮される。
《指揮官》の繰り出した一撃は地面を打ち砕き、岩塊と粉塵を巻き上げた。
だが――その腕が裂いたのは虚空だけだ。
『ォォァア――』
《指揮官》は消えた二人の姿を探そうとして――大きく、そのバランスを崩した。
当然だろう。何故なら、その左足は攻撃を回避したカインによって切断されていたからだ。
痛みか、困惑か、《指揮官》の声の質が僅かながらに変化する。
が、その声が長く響くような事はなかった。何故なら――
「私の勝ちですよ、カイン様」
《指揮官》の頭上へと跳躍していたアウルが、手に持ったナイフを相手の頭へと突き立てていたからだ。
《指揮官》の弱点は、他の《渦》の魔物のような高い防御力や生命力を持っていない事。
故に、普段は隠れて魔物たちの制御に専念しているのだ。
その最大の急所は肥大化した頭部であり、そこへ刃を突き立てられた《指揮官》は、ひとたまりも無く倒れていた。
「ちっ、譲っちまったか」
「いえ、カイン様も流石です。今の攻撃が一瞬でも遅れていれば、その銃で撃ち抜いていたでしょう?」
「さてなぁ」
かく言うカインの左手には、強大な威力を誇る魔力銃が握られている。
この至近距離で引き金が絞られていれば、《指揮官》は粉々に粉砕されていただろう。
どちらにしろ、先ほどの攻撃を外した時点で、《指揮官》に生き残る術など存在していなかったのだ。
あまりにも鮮やかな二人の戦闘技能に、ウルカはただ呆然と、二人の姿を見つめていた。
その手に、強い力が入っている事にすらも気づかずに。
そんな彼の口元には、畏怖の混じった笑みが浮かべられていた。