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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
4章:追憶のセレナーデ
87/135

85:溢れ出した魔










 テッサリアの上層、頭上に存在する黒い塊の直下からは若干離れた場所。

その姿を見上げつつ、防御をアウルに任せて回復に努めていたミラは、近づいてくる気配を正確に感じ取っていた。

尤も、アウルはそれよりも遥かに速く、その気配を感じ取っていただろうが。

時間からすれば、ケレーリアが防護殻を形成してから数分も経たぬ程度。

残る三人のメンバーは、その間にミラたちの元に辿り着いていた。



「よっと……やれやれ、物騒な雨だな」

「簡単に迎撃できるとはいえ、こうしょっちゅう来られると面倒ですね」

「全くですね。あのような汚らわしい存在が、こうして自由にしているのを見ると、非常に腹立たしいです」

「リーゼ様、抑えて抑えて……さて、どうしましょうか」



 アウルの声に、集まったメンバーはそろって上空を見上げる。

上層を覆う外壁の高さは数十メートルもあり、例の黒い物体は更にその上に存在している。

つまり、それ相応の高さが存在しているため、通常ならば近付く事すら難しい。

しかも、外壁は神霊の力を借り手造られたものであり、ちょっとやそっとの衝撃では壊れないのだ。

ここからでは距離もある上に、アレを破壊したところで上空の物体が落ちてくるとも限らない。



「で、この中の連中はどうなってんだ? 若干死んでる気配がするが」

「負傷者多数って所かしらね。一応攻撃の直前には気付けていたから、死者はそれほど多くなかったみたいだけど」

「で、中で治療中って訳か……無事な所を見ると、地面からの攻撃もしっかり対策してるんだろうな」

「……そう言えばそれもあったわね。一瞬ぞっとしたわ」



 小さく嘆息し、地面に座っていたミラが立ち上がる。

魔力もプラーナも十全とは言えないだろうが、それでもあまりゆっくりとしていられる訳ではない。

刃を振るって調子を確かめたミラは、上空の物体へと向けて鋭い視線を向ける。



「さて、アレの対処をしていかなきゃいけない訳だけど……何か、厄介な点があるのよね?」

「何故そう思うのですか?」

「単純よ。あんなもの、貴方がこの世で一番嫌ってそうな存在でしょ、リーゼ。そんな物体、貴方が理由もなく放置しながら眺めてるなんて考えられないもの」

「ふむ……まあ、確かにその通りですね。実際に、厄介なものですよ、アレは」



 苛立ち混じりに吐き捨てたリーゼファラスは、その視線を巨大な物体の枝のような部分へと走らせる。

八つの足――まるで蜘蛛のようにも見えるそれは、各方角へと散って身体を固定させている。

離れた位置にある為に実感しづらいが、それはつまり、この巨大なテッサリアの上層と同じだけの大きさを持っている事を示している。

もしもこのまま動き出していたとしたら、それだけで脅威となってしまうだろう。



「一言で言えば、アレは《渦》の内部の世界そのもの。《渦》の核も、アレのどこかに存在しています」

「え……あの巨大な物体のどこかに、ですか?」

「ええ。ちなみに、核の大きさは変わりません。男性の握り拳程度の大きさです」



 その言葉を受け、一同は嫌そうに表情を歪める。

核自体は頑丈ではないが、上空を覆う巨体の中からそれを探せと言われれば、面倒この上ない事になる。

砂漠で針を探せ――とまでは言わないが、砂場で色の違う砂粒を一つ探すようなものだ。

とてもではないが、大雑把にやった所で見つかるはずがない。



「リーゼファラス。お前なら、アレを全て結晶化出来るんじゃないのか?」

「可能かどうかと問われれば、可能だと言えますが……アレだけの大きさでは、触れながらでも少々時間がかかります。その間に、核を地中に戻されてしまう可能性もありますし」

「でかい図体の癖に、そんな器用な真似までしてきやがるのか」



 リーゼファラスの能力は確かに強力だ。だが、それでも万能であるという訳ではない。

巨大な物体を結晶化するにはそれなりの時間がかかり、また相手が力を持つ存在の場合、視線だけで結晶化することは難しい。

たとえ回帰リグレッシオンを使っていたとしても、《将軍ジェネラリス》クラスであれば視線だけでは不可能なのだ。

つまり――



「お前が直接相手に触れられ、尚且つ核を逃がされる前に倒しきる必要がある、と」

「それに加えますと、あの物体は恐らく魔物の生産能力も持っている筈です。中途半端では、この街が魔物に埋め尽くされますよ」

「出入り口が一箇所しかないこの都市で、ですか……カインさんが言うとおり、棺桶になっちゃいそうですね」

「止めなさい、縁起でもない。とは言え、手が打ちづらいのも事実なのだけど」



 嘆息しつつ、ミラはレイピアを振るう。

瞬間、僅かに走った雷の軌跡が、振ってきた黒い刃を粉々に打ち砕いていた。

降り注ぐ鋭い切っ先にも動じなくなったのは、偏にカインの攻撃で見慣れているためだろう。

アレに比べれば、圧力も恐怖感も皆無に等しいのだ。

と、そんな姿を横目に見ていたリーゼファラスは、今度は逆にカインに対して問いかけていた。



「カイン、貴方の能力でアレを纏めて殺害する事は出来ますか? 記憶を取り戻した今の貴方なら、能力の自覚もあるとは思いますが」

「……ふむ。確かに力を操れるようにはなってるが、《刻限告げる処刑人ヘンカー・ザントゥーア》の性能が上がってるって訳でもないからな。一撃でそれなりに持っていける自身はあるが、それでも核に当たるかどうかは博打だろう」

「そうですか……賭ける価値が無いとは言いませんが、失敗したら厄介ですね」



 現状、最も高い攻撃力を有しているのはカインだ。

その圧倒的な殺害能力は、例え巨大な《渦》の化身と言えども容易く傷つけるだけの力を持っている。

だが、それでも、一撃で殺しきるまでには至らないだろう――それが、カインの判断であった。



「最も確実であるとすれば、お前が全力を出す事だろうが――」

「生憎と、許可は下りないでしょうね」

「だろうな。だとすれば……」



 目的は『《渦》の核を破壊する事』。

そしてその条件として、『核が逃げる前に一撃で仕留める必要がある』、『出現するであろう大量の魔物に対処する必要がある』という二つの点がある。

この二点を何とかしない限り、攻略は難しいだろう。



「……出現する魔物に関して、核を一撃で仕留めた場合、そいつらはどうなる?」

「残ります。ただし、核を破壊した後から魔物を生み出す事は出来ないでしょう」

「……ある程度魔物が生み出される事を度外視すれば、やれない事はないか」



 ――と、カインの呟いたその言葉に、全員の視線が集中していた。

攻撃に対する意識だけは逸らさぬままに、カインは言葉を続ける。



「アウル、俺とリーゼファラスをあの上に運べるな?」

「はい、それは大丈夫です。ですけど、その時点で核に逃げられてしまうのでは?」

「その前に、俺が動きを止める。そうしたら、俺とリーゼファラスで逃げ道を塞いでやればいい話だ」



 核が逃げる先は、結局は八方向に伸びている枝しか存在しない。

それら全てを破壊してしまえば、後は胴体を塵も残さず粉砕するだけである。

カインとリーゼファラスならば、ある程度溜める・・・時間があれば、それも可能だろう。

ただし、問題は――



「ま、俺達が逃げ道を塞いでいる間に、地上には魔物が降ってくるだろうけどな」

「……まあ、贅沢は言っていられないわね。それに、そちらの人たちも、何も仕事しないなんて納得できないでしょうし」

「――そりゃ、確かにね」



 不意に、横合いから声が掛かる。

そしてそれと同時、岩で出来たシェルターの半分が花弁が開くように展開し、中から治療を終えた聖女達の姿が現れた。

残っている半分に動けない怪我人を入れたまま、ケレーリア・デーメテールが姿を現す。

不敵な笑みを浮かべた彼女は、戦闘を行える聖女達を引き連れ、上空からの攻撃を迎撃しながら、ミラの方へと向けて声を上げた。



「お嬢、出てくる魔物共はあたしらに任せな! きっちり、仕事はしなけりゃいけないからねぇ」

「ええ、そうね。期待させて貰うわ」



 上位神霊契約者が複数名。ただの魔物を相手にするだけならば、十分すぎる戦力だ。

ミラには自分とウルカだけでも相手に出来る自身はあったが、それでも殲滅できるかと問われれば否と答えるしかない。

今回の目的は、あくまでも都市の奪還。《奈落の渦》は、僅かであろうとも残す訳には行かない。

その為の覚悟を決め、ミラが視線を細めた、次の瞬間――上空の物体は、鳴動と共に大量の刃を降らせていた。



「ちょっ……!?」

「おっと、的が増えて本気を出してきたか?」

「動きが随分と機械的ですね……若干不自然に感じます」



 嵐のような刃の中、それでも余裕を崩さぬ二人に、頼もしさと共に苛立ちを感じながらミラは叫ぶ。



「ちょっとカイン、準備ができたのなら早くしなさい! 私達はともかく、余裕の無い人間だっているのよ!」

「おっと、そうだったな。ま、そろそろ魔物を降らせ始めそうだし、やるとするかね」



 肩を竦めて呟き――カインは、その右手を広げていた。

まるで、あの大鎌を呼び出すあの時と、同じように。


 ――右手を、大きく広げて。



「さあ、始めよう。あの日の声を、あの日の終わりを――今、ここに」



 ――繰り返される、最愛の声。ただ、その声に、同調して。

 ――――あの日告げられた最期の願いを、己の内へと、飲み込んで。


 黒き男の右腕が――


 絡み合う黒い刃が――


 解けた腕より覗く、一筋の白い輝きが、軋む音を飲み込んで、囁く。



「“夜より生まれし白の一片ひとひら”」



 ちりん、と。

漆黒の中に輝く清廉なる白が、涼やかに擦れ、響く。



「“安らぎの枝と角の雫――安寧の翼”」



 右腕の奥より響く音は、男の黒衣を揺らし――そして、ゆっくりと進み出る。

本来交わるはずのない、けれど同時に等しい“死”の理。



「“陰惨なる夜の館に座する者”」



 ――そして、男の右腕が変貌する。


 螺旋を描くように刃は解け――


 黒き靄で出来た腕が――


 一振りの直剣を掴み取り――


 ――白き刃が、今ここに形を成す。


 絡み、さざめき、全てを揺らして――『彼女』の願いが、反芻される。


 その、内側より。

鈴を鳴らすような声音が、小さく響いた。



 “回帰リグレッシオン――”



「ああ、忘れていない。あの時の願いは、常に俺の中に在る」



 ――それは、一振りの白い直剣。

 ――それは、人々を救う事を望むもの。

 ――それは、人々の安寧を願うもの。


 ――――それは、たった一人。少年を護り、愛した少女の願い。


 普段とは異なる、だがまた一つ別の“死”を纏った男は――



「故に俺は、お前の願いを届けよう」



 響く切なる願いと共に――一振りの刃を、ゆっくりと掲げる。


 “《安寧フリーデン》――”

何処からか響く鈴の声音は、唄うように、請願するように。


 白き、刃が――

 白き、“死”が――


 ――祝福と共に、振り下ろされる。



「――《眠りの枝シュラーフ・ツヴェイグ》」






















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