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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
1章:始まりのエチュード
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07:天空神の加護












 無数に並ぶ黒の大群。

大きく目立っているのは、とてつもない巨体を誇る《重装兵クルス》であろう。

一体の突進だけで砦の外壁を破壊するその巨体は、どこから見ても分かるほどに大きい。

そして、その次に巨大な体躯を持っているのが――



「リーゼファラス! 《砲兵トルメンタ》の攻撃が来るわ!」

「はい。大半は弾きますけど、多少は迎撃してください」

「分かってる! 契約者は一旦攻撃を停止、《砲兵トルメンタ》の砲撃に備えなさい!」

『了解!』



 《砲兵トルメンタ》は、《重装兵クルス》の次に大きな体躯を持つ《渦》の魔物だ。

足は八本、蜘蛛のような多足であるが、その胴体についているのは亀の胴体にも似ている。

頭部についているのはワニのように巨大な口。だが、《砲兵トルメンタ》の口はそれだけではなかった。



「相変わらず、気色の悪い姿ね……」



 ひたすら魔力を練り上げ、純度を高めながら、外壁の上に立つミラは小さくそう呟く。

砲兵トルメンタ》の身体には、多くの口が付いている。

腹部にもそうであるし、その背にも二つ存在している。

そして、《砲兵トルメンタ》はその頭や腹の口を使って、戦場に落ちている《兵士ミーレス》や《重装兵クルス》などの死骸、そして人間の死体すらも喰らってしまうのだ。

どのような理由でそれを行っているのかは分からないが、喰らった死体はある事に利用される。

それが、あの魔物が《砲兵トルメンタ》と呼ばれる理由だ。



「ケラウノス様、来ます!」

「落ち着きなさい! 先んじて打ち落とそうとしても無駄よ。その軌道を見極め、攻撃を合わせなさい!」

「はっ!」



 周りの契約者たちに指示を飛ばし、それでも魔力を練る事への集中を欠かさぬようにしながら、ミラはじっと敵を見つめる。

味方が維持している前線、その後部にいる《砲兵トルメンタ》――その肩にある二つの口から、漆黒の砲身が現れた。

兵士ミーレス》とは比べ物にならないとは言え、《砲兵トルメンタ》の数も十分に多い。

そして、巨大で力強いとはいえ接近しなければ何も出来ない《重装兵クルス》と違い――《砲兵トルメンタ》は、文字通り砲撃を行うのだ。

――食らった多くの死骸を、砲弾に変えて。


 立ち並ぶ無数の《砲兵トルメンタ》達は、露にした砲身を一斉にクレーテの方へと向ける。



「っ、やっぱり《指揮官プラエフェクト》がいるわね……!」



 壮観にすら思えるその様相に、ミラは思わず舌打ちする。

指揮官プラエフェクト》と呼ばれる魔物は、一定範囲内にいる《渦》の魔物を操る力を持っているのだ。

固体の強さもさる事ながら、この大群を操るという性質自体が非常に厄介な存在である。

もしも《指揮官プラエフェクト》がいないのであれば、知能の低い魔物たちは足並みを揃えて攻撃するような真似はしない。



「ッ……」



 ミラは、一瞬だけ逡巡する。

これだけの規模の攻撃となれば、本来ならば自分以外に防ぐ事は不可能だ。

ミラは、上層の契約者たちに関しては、今回の人員全ての能力を把握している。

それらを考慮して、無理だと判断したのだ。

ミラ・ロズィーア=ケラウノス以外には、あの規模の砲撃を防ぐ手段は無い。

――たった一人を、除いては。



「さて、油断だけはしないようにお願いしますね」



 言い放ち、地面に立っていたリーゼファラスはゆっくりと歩き出す。

そして、門から数十メートルほど離れた地点。彼女はそこで、おもむろに地面へと拳を叩き付けた。

瞬間――



「おお……っ!」

「これが『最強の聖女』の力か!」



 リーゼファラスが拳を叩き付けた地点から前方、放射状に力が広がる。

そしてその地面から、無数の水晶の柱が立ち並ぶように発生したのだ。

誰も見た事の無いようなその力に、周囲の者たちから感嘆の吐息が零れる。

その透き通る水晶は、光を反射して何よりも美しく輝いていたが故に。

けれどそれを見つめ、ミラは視線を険しくしながら呟いていた。



「……あんな力を持つ神霊、聞いた事も無い」



 多くの契約者を知り、そして多くの神霊を知るミラは、あのような形で水晶を作り上げる力を持った神霊など、一度として耳にした事が無かったのだ。

ならば、彼女の持つ力とは一体何なのか――そんなミラの視線に気付いているのかいないのか、リーゼファラスは集まる注目を気にも留めず、跳躍して柱の上に立つ。

そしてそれとほぼ同時、遠方にいる《砲兵トルメンタ》達は一斉に砲撃を開始した。

肩の砲身より放たれるのは、一つ一つが直径一メートル近い巨大な砲弾。

更に魔力を含むそれは、衝突した瞬間に爆裂するという性質を持っているのだ。



「迎撃、構え!」



 故に、呆けている訳にはいかない。

ミラは力強く指示を飛ばし、リーゼファラスの力に見蕩れている者たちを正気に返す。

彼女も、決して全てを打ち落とせるとは言っていないのだ。

下層の者たちのところへ向かうものを優先的に潰す――ならば、上層の者達は自分の力で何とかせねばなるまい。

そう思い、タイミングを見極めようとした、その瞬間。


 ――リーゼファラスの姿が、衝撃と共に掻き消えた。

足場にしていた柱は砕け散り、離れているにもかかわらず、発生した強い風がミラの髪を揺らす。



「……え?」



 誰が呟いた言葉であっただろうか。

そんな小さな声は、連続して響き渡る轟音にかき消される。

クレーテに向けて飛来してきていた無数の砲弾――それらは、連射型の魔力銃を撃ち放つような音と共に、一斉に地面へと叩きつけられ砕け散っていたのだ。

数百あったそれらは一瞬の内に消滅し、残ったものは――



「放てッ!」



 未だ空中にあるうちに、契約者たちの放った力によって迎撃され、爆散していた。

全ての砲弾を迎撃した事を確認し、ミラは再び水晶の柱の方へと視線を向ける。

そこには、大量の砕けた水晶の破片と、僅かに残った柱――そして、その上に立つリーゼファラスの姿があった。

その状況を見て、ミラは目を細める。



(あの柱を足場にして移動……踏み込みだけであの柱を砕いたのであれば、加速能力? いいえ、それではあの水晶の力が説明できない。それに――)



 柱の下、無数の水晶の破片の中――そこにあの砲弾の姿は無かったのだ。

リーゼファラスによって地面に叩きつけられた砲弾は、一つとして爆裂することは無かった。

少なくとも、それに順ずるような爆音が発生する事は無かったのだ。

その理由を、極限の身体強化を持つミラは把握していた。



(攻撃した物体を、水晶に変質させた……? そんな無茶苦茶な力があるなんて)



 凄まじい速さの中で僅かに見る事が出来たのは、地面に落ちた砲弾が水晶となって砕け散っている瞬間だった。

その速さだけでも桁が違うというのに、そのような特殊能力まで持っている。

『最強の聖女』――その名は決して伊達ではないと、ミラは改めて思い知らされていた。

目指すべき背の遥か遠い事。それに小さく嘆息し――ミラは、視線を上げる。



「――リーゼファラス! こちらの準備は完了したわ! メーリュ、前線に伝達を!」

「はい、存分にどうぞ」

「分かりました、ケラウノス様!」



 ミラの言葉に、リーゼファラスは頷きながら柱より飛び降り、メーリュは伝達の術を持つ能力者に伝言を伝える。

リーゼファラスが元いた場所に戻った瞬間、残っていた柱も砕け散り、若干塞がっていた視界が開かれる。

未だに黒い大群がひしめく戦場。その先を見据え、ミラは練り上げた魔力を己の繋がりへと奉げつつ、ゆっくりと声を上げる。



「契約行使――《ジュピター》」



 瞬間、練り上げた膨大にして純度の高い魔力は、ミラの主たるジュピターへと奉げられていた。

そしてその代わりに与えられたのは、その魔力に見合うだけの膨大なる雷の力。

ミラは腰のレイピアを抜き放ち、まるで狙いを定めるように上空を示す。

その導を辿るように、ジュピターの力は天へと昇り、ただ広範囲に広がってゆく。



「ケラウノス様、退避は完了しました」

「ええ、これだけ離れていれば存分に狙い撃てるわ」



 広がった力はミラの感覚の一部。

視覚とも触覚とも言い難いその感覚が、味方の面々が《渦》より離れた事を理解する。

それでも狙いを大雑把にする訳にはいかないが――



「終わりよ、《奈落の渦》」



 後衛の者達の攻撃で、敵の進軍を更に押さえ、前衛と敵の距離を引き離す。

あまり大きな距離であるとは言えない。精々、十数メートルといった所であろう。

けれどそれだけあれば、ミラが敵と味方を分けて攻撃することなど容易かった。

戦場の状況を正確に把握し、ミラは口を開く。



「『Ερχόμενοι, της καταστροφής Θάντερ』」



 その口より発せられるのは神の言葉。

人が神の力を行使するため、主たるジュピターの言葉を借りて、ミラは世界を変質させる。

けれど、ミラは決して、それを己の力であると誤解する事はない。

あくまで己は、神の代行者であると。その力の持ち主は、変わらず主なのであると――それを再確認しながら。


 ――ミラは、力強くレイピアを振り下ろした。



「『Σφυρί του Θεού』」



 閃光、轟音、そして鳴動。

ミラの解き放った力は、反応すら許さぬほどの速さで天より振り下ろされ、眼を灼くような光と音のみで万物を砕かんばかりの衝撃と共に、黒き災厄の群れを蹂躙する。

それは、天より降り注ぐ無数の雷。天空神ジュピターの持つ、万物を打ち砕く雷霆の力。

幾百幾千と折り重なるように降り注ぐ光条は、一つ一つが強大なまでの破壊力を秘めている。



「凄い……っ!」



 僅かに響く、メーリュの感嘆の声。

しかしそれも、木の棒同士を打ち合わせたような音の中に消え去ってゆく。

そして、神の怒りのごときその破壊が過ぎ去った時――《奈落の渦》は、ほぼ大半がその姿を消滅させていた。

放たれた雷は、一つ一つが《重装兵クルス》を破壊するほどの力を秘めていたのだ。

例えどれほどの大群であろうとも、ミラにとっては有象無象の塊に過ぎない。



「……ふぅ」



 一気に大量の魔力を消費した疲労に、ミラはレイピアを鞘に納めつつ息を吐く。

けれど、動けなくなるほどに消耗しているという訳ではなかった。

ミラの魔力、そしてジュピターの力は、それだけ膨大なものなのだ。



「あれだけの数が、一瞬で壊滅するなんて……」

「これが、ケラウノス様の力なのか!」



 ミラにしてみれば、その言葉を肯定するつもりなど無い。

この力はあくまでもジュピターのものであり、自分はそれを借り受けただけに過ぎないと考えていたからだ。

無論、それを制御したのも、その力を引き出させたのもミラの力には違いないのだが。

ここでいちいち訂正している暇は無いと、ミラは声を張り上げる。



「勝ち鬨にはまだ早い! 敵はまだ残っているわ! 敵は《奈落の渦》、我らが主に楯突く汚らわしい獣共よ! 私達の同胞を傷つけた者を、私達は許しはしない! 一匹残らず、殲滅しなさいッ!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』



 その力強い声は周囲にいる後衛の人間たちだけではなく、前衛の面々にも響いていた。

地を鳴らす大群を前にしていた時のような恐怖心など、最早どこにも存在していない。

最早、彼らには眼前にある勝利しか見えていなかった。



「お疲れ様です、ケラウノス様」

「気を抜くには早いわ。けど、おおよそ理想的な形かしら」

「はい。聖女様方の力にかかれば、あの程度の敵は物の数ではありません。我々の勝利です」



 メーリュの言葉に対し、ミラは小さく嘆息を零す。

視線は前に向けたままであり、それは疲労を誤魔化すための吐息程度にしか見えていなかっただろう。

けれどその中に含まれているのは、自分たちの力しか見えていない者たちへの呆れだった。



(この戦いにおける真の功労者は、前衛で戦った者たち……無理はしないように命じていたとは言え、どうなっている事かしら)



 思いがけず上位神霊の契約者がいた事は、ミラにとって幸運だっただろう。

ウルカの存在が無ければ、この戦いは更に厳しいものとなっていたのは事実なのだから。

そして、それだけではなく――



(下層の出でありながら、前線で戦っていた者たち……少し、気にしておくべきかもしれないわね)



 残党狩りのために再び戦いへと身を投じている前衛の者達を目で追いながら、ミラはそんな事を胸中で呟いていた。





















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