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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
4章:追憶のセレナーデ
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71:ジュピターの契約者












「レームノスにいた頃も散々見ていましたけれど、流石は技術大国と言った所かしら」

「お褒めに預かり光栄ですよ、『ケラウノス』殿」



 初めの印象と変わらぬ穏やかな声の中に、僅かばかりの誇らしさを混ぜ、アルゴスは一礼する。

そんな相手の姿を見つめながら、ミラはどこか苦笑のような表情を浮かべていた。

ミラ達が駐屯地に到着してから三日。元は単なる集落の跡地でしかなかったその場所は、片面だけを見れば要塞のようにも見える外壁に囲まれていた。



「一応前面を覆いたい所ではありますが、資材の量にも限りがありますからね。とりあえず、テッサリアから来る敵を迎撃できる形にしました。残る資材は、修復用ですね」

「随分と頑丈そうに見えるけど……流石に、《重装兵クルス》の突撃までは防げないかしら?」

「と言うより、人間の建造物があの巨体を防ぐのはほぼ不可能ですよ。あれを正面から防げているのは、ケレーリア殿の力があってこそでしょう」

「まあ、ね。流石にあれは、私でも壊すのに苦労しそうだわ」



 優れた防御能力を持つケレーリアの創り上げる岩は、鉄や鋼などよりも遥かに高い強度を誇っている。

それ自体を武器として使用する事すらも可能なほどではあるが、これは偏に彼女の技量が高いが故だ。

もしも彼女以外のケレースの契約者が同じ事をしたとしても、これほどの強度を持つ岩を創り上げる事は出来ないだろう。

極限まで練り上げられた魔力と、独力でプラーナを僅かながらではあるが操るまでに至った技量。

驚嘆すべきそれらに憧憬すらも抱きながら、ミラは完成しつつある壁を見上げていた。



「横合いからの攻撃は……まあ視界も広いし、何とかなるでしょう。見張りは欠かせないでしょうけれどね」

「かの有名なプロセルピナの契約者殿がいればかなり楽になるのでしょうが……まあ、無いものねだりは出来ませんね。こちらも、駐屯地の護衛は尽力いたします」

「ええ。正直、士気に関わりますからね。そちらに関してはお願いします」



 兵糧や治療薬、その他諸々を維持する事となるのは、他でもないこの駐屯地である。

北都パルティナからの輸送はあるものの、それらを管理する事になるのはこの駐屯地だ。

即ち、この地が落ちれば、ミラたちの前線を支えるものがなくなってしまうのだ。

そうすれば当然兵士達の士気は落ち、勝てる戦も勝てなくなってしまうだろう。

だからこそ、この駐屯地は死守せねばならないのだ。



「後顧の憂い無く戦えるのは、こちらとしてもありがたいわ。よろしくお願いします」

「はい、それが我々に課せられた任務ですから」



 頷くアルゴスに、ミラもまた僅かに笑みを浮かべる。

後一日もあれば、駐屯地を守護するこの外壁も完成するだろう。

数メートルごとに魔力銃の砲台を配備し、大量の銃撃による防衛線を展開できる。

その先には未だに残るケレーリアの石柱もあり、それだけでも十分な防衛能力が期待できるだろう。

魔力銃の弾薬となる魔力の補充は、多くの契約者を内包するファルティオンの軍がいる限り問題は無い。

レームノスとしても、そこまで遠慮なく弾丸を撃てる機会はそうそう無いだろう。

残るは二つの軍の協調性ではあるが――そこには、若干の不満も出つつあった。



「そちらは、兵士達の感情のほうは大丈夫かしら?」

「ええ、精鋭を連れて来ておりますから。それに、任務は後方支援……貴方がたほど、気が立ってはいませんよ」

「対するこちらは、超大型の《渦》への突入ですからね……上位神霊契約者わたしたちが友好的に接してるし、余計な諍いをせぬよう律してはいるけれど、あまり余裕が無いのは事実でしょう」

「となると、出立はあまり時間を置かずに、と言った所ですか?」

「ええ。この外壁の完成と、後方支援輸送の安定化が済み次第、細かな編成を開始する事になるでしょう」



 ファルティオンとレームノスは元々敵対国家でないとはいえ、それほど仲がいいという訳ではない。

《奈落の渦》が発生する以前からの話ではあるが、ファルティオンが根本的に契約者第一主義であるのに対し、レームノスは技術に関して先行しているのだ。

近年ではファルティオンでも見直されつつあるものの、技術的に生み出された兵器は未だに軽視されがちな傾向にある。

それでも、レームノスは大国であり、更にトップに君臨しているのは上位神霊であるヴァルカンだ。

そういった点もあり、一応ながらファルティオンもレームノスを同格の国家として認めているが、契約の力に頼らぬ彼らの性質を好ましくは思っていないのだ。


 そして、レームノスの側からしても、ファルティオンは頭が固く古臭い国家であると言う認識が成されている。

レームノスとて、契約者の力を軽視している訳ではない。国の始祖はあくまでもヴァルカンであるし、強大な魔物への対抗手段として、契約者は非常に貴重な存在だ。

かと言って、それに傾倒しきるほど、レームノスは人の力に安定性を見出していないのだ。

確かに強力な力ではあるが、契約者はあくまでも人間であり、その力はコンディションによって大きく左右される。

更に数が多い訳でもなく、現在のように常に戦火に晒されている現状では、数の少ない契約者では安定性に欠けてしまうのだ。

その点、兵器ならば使い手を選ばず、さらにどのような状況でも一定の効果を発揮する事が出来る。

安定性という側面に関していえば、契約者よりも遥かに有用なのだ。

尤も――手に負えないような強大な魔物が現れた場合、打つ手が無くなってしまう事もまた事実なのだが。


 ともあれ、ファルティオンとレームノスの間柄は、お互いに中立と言う表現が最も適切であると言える。

積極的に仲良くしようとも思わないが、相手が敵対してこないならば喧嘩を売る必要も無い、と言った程度の関係だ。

協力関係が敷かれ始めたのも近年の話であり、それ以前は必要以上の交流は存在していなかったのだ。

それ故、今回の作戦でも、顔を合わせた両者はどう距離感を置いていいのかという点で頭を悩ませる事となっていた。



「はぁ……お互い逆の長所と短所を持っているのだから、協力すれば補えると思うのですけどね」

「はは、そう簡単に行かないのが国と言うものですよ」

「ええ、理解しています」



 今の所、政治にまでは直接関わっていないとはいえ、ミラもジュピターの契約者なのだ。

いずれはそういった領域に身を置く事になる可能性は十分にある。

何事も勉強だと、軽く肩を竦めながら、ミラはじっと完成しつつある外壁を見上げていた。

と――そこに、軽やかな声が掛かる。



「もし。そこの貴方、ミラ・ロズィーアですわね?」

「ん? ええ、そうだけれど……」



 感じる気配は三人分。何か予定があったかと頭の中で自らのスケジュールをチェックしながら、声の方向へとミラは振り返っていた。

そこに立っていたのは、三人の女。声をかけてきたのは、その中央に立つ少女だ。

金色の長い髪はウェーブがかかり、彼女が身体を動かすたびにゆらゆらと揺れる。

纏う服装は確かに動きやすそうなものではあったが、それでも戦場に立つには少々質が良すぎる品にも思えた。

だが――



(……ふぅん? 魔力はそれなり、ね)



 感じる魔力の量と質は、間違いなく一級品と呼んでも過言ではないものであった。

総量で言えばミラ自身より若干少なめ――おおよそウルカと同じ程度の量と言った所だ。

そして、魔力の質自体もかなり良質だ。ここの所リーゼファラスから直接指導を受けているミラやウルカとは比べるべくも無いが、上位神霊契約者として考えれば遜色ないものとなっている。

一目でそこまでを判断したミラは、向き直り改めて声を上げていた。



「貴方は、一体何者かしら? こちらは、レームノスの将軍と話をしていたのだけれど」

「あら……そうでしたか、それはごめんなさい。一応、挨拶をしておこうと思いまして」

「ふむ。挨拶、ねぇ」



 金髪の少女の姿を爪先から頭頂までじっくりと観察し、ミラはそう呟く。

見覚えの無い相手ではあるが、魔力の中から感じる気配はあまりにも馴染みがありすぎる。



(ジュピター様の気配……と言う事は、この子が例の相手って事かしらね)



 己以外の、ジュピターの契約者。

その存在の事を思い返し、ミラは僅かに目を細めていた。

別段、そういった存在がいたからと言って何か問題があるわけではない。

世界中を探せば、ジュピターの契約者など他にも存在するのだから。

問題は、そんな相手が何故今話しかけてきたのかという点だけだ。



「では改めて、私はミラ・ロズィーア=ケラウノス。そしてこちらにいるのが、レームノスのアルゴス将軍よ」

「よろしくお願いします、お嬢さん」

「これはご丁寧に。わたくしはレイクレア・キュロス。誇り高きジュピター様の契約者ですわ」



 その言葉に、アルゴスの視線がちらりとミラのほうへと向く。

それを受け止めながら、ミラは内心で僅かに苦笑を零していた。

同じ上位神霊と契約した者同士、どのような関係なのか――あまり深く踏み込むつもりが無くとも、興味を抱いてしまうのは無理からぬ事だろう。



「お話の邪魔をしてしまいましたわね。後ほど改めるとしましょう」

「ああ、いえいえ。我々の話はもう終わっていたのですよ」

「報告を聞き終えた時点で、大抵はね。後は、多少雑談……いえ、私が勉強させて頂いていたと言った所かしら」

「ははは、こちらとしても興味深いお話が聞けましたよ」



 レームノスの将軍アルゴスは、油断ならぬ相手である――それが、ミラが彼に対して抱いた印象だ。

若き身でありながら、内心を決して悟らせない老獪さを持っている。腹芸では逆立ちしても敵わないだろうと、ミラは早々に見切りをつけていた。

だが幸いにして、ミラは国の中枢に――正確に言えば政に――食い込んでいる人間ではない。

ミラにとって明かしてはならない情報は、リーゼファラスよりもたらされた経験に関する物事だ。

そしてそれらの情報は、アルゴスにとって価値のあるものではない。

だからこそ、ミラは注意こそしていたものの、リラックスした状態で言葉を交わす事が出来ていたのだ。



(それに関しちゃこの娘も同じでしょうけどね。キュロスの家か……ま、どこも似たようなものよね)



 ロズィーアほどではないものの、実力主義を掲げた家系だ。

ただし、若干派手気味な気質を持っているため、堅実さを主眼とするロズィーアとはあまり合わないと言ってもいいだろう。

とはいえ、家系だけで相手を決め付けるほど、ミラは狭量な人間ではない。



「まあ、そういう事よ……それで、どのような用事かしら?」

「ええ、先ほども言ったとおり、挨拶のつもりでしたわ。ジュピター様の契約者たるあなたに」



 そう声を上げるレイクレアの口元には、薄っすらと笑みが浮かべられている。

二人の取り巻きを含め、向けられている挑戦的な表情――それに対し、ミラは内心を隠しながら穏やかに笑みを浮かべていた。



「貴方は私の後輩と言う事になるのかしらね。よろしくお願いするわ」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ですが――油断しているなら、追い落とさせて頂きますわよ」

「ええどうぞ、頑張ってジュピター様の力になる事ね」

「っ……ふふ、激励の言葉ありがとうございますわ。それでは、また後ほど」



 一瞬だけ浮かんだ悔しげな表情を瞬時に隠すと、レイクレアはそう口にして踵を返す。

一つ一つの動作が貴族として洗練されている辺りは、流石キュロスと言った所か――などと感心しているミラに、ふとアルゴスが声をかけた。



「一応、彼女も貴方と同じ立場のようですが……ああも焚きつけてしまって良いのですか?」

「ええ。実際の所、彼女はまだまだ未熟ですから」



 契約の力には、それ相応の熟練が必要となる。

その点に関し、ジュピターと契約を交わしたばかりのレイクレアは、まだまだ経験不足であると言えるのだ。

それに加え、今のミラはプラーナを操りより高度な術を操れるようになっている。

多少の訓練程度では埋まらない、圧倒的な力の差が存在しているのだ。



「まあ、貴族だの何だのとしての在り方は、彼女の方が優れているのでしょう。私は、幼い頃から才能を見出されて、物心付く前から戦いの事を学んできましたから」

「それは……戦時中だから、と言う事ですか」

「それもありますが、一番の理由は、やはり私がロズィーアだからでしょう」



 力無き者は実子としてすら扱われない。

逆に、力ある者であればどのような出自であれ認められる。

完全なる実力主義。伝統も何も無い、あるのはただ実績を積み上げるためだけに鍛え上げられた戦いの覚悟と誇りだけだ。

そしてその集大成とも呼べるのが、『ケラウノス』の称号を得たミラなのである。



「彼女が私に追いつけるならば、ファルティオンにとって益になる。追いつけないならば追いつけないなりに、頑張って結果を残してくれればいい。ただ、それだけです」

「貴方の持論、と言った所ですか」

「まあ、それもそうなんですけど――」



 言って、ミラは小さく苦笑する。

視線が向かうのは、去っていくレイクレアの背中だ。

気が高ぶっているのか、僅かに魔力が漏れ出ている彼女の姿。そんな姿を、微笑ましく思いながら。



「焚き付けた最大の理由は、彼女が私に似ていたからかもしれません」

「貴方に、ですか?」

「正確に言えば、以前の私に」



 去っていくレイクレアの姿。

――それは、以前リーゼファラスへと対抗意識を燃やしていた、ミラの姿そっくりなものであった。





















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