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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
4章:追憶のセレナーデ
72/135

70:現状












「まず、我々に何よりも必要なのは情報だね」



 駐屯地の中心近く、会議用のスペースとして設けられたテントの中で、折り畳み式の椅子とテーブルに着いた者は四人。

その中で真っ先に先ほどの声を上げたのは、きつく口を結んだケレーリアだった。

そしてそれに同調するように、ミラは軽く肩を竦めながら同意する。



「それに関して異論はないわ。何も分からないまま突撃するなんて、単なる自殺行為だもの。とはいえ、問題は――」

「我々には、その情報を得る手段がないという事ですか」



 ミラの言葉を受け継ぐように、レームノスの将軍アルゴスは視線を細めながらそう言葉を口にする。

紛れもない事実であるその言葉に、一同はそれぞれの表情で首肯を返していた。

戦において、情報は何よりも強力な武器となる。

いたずらに兵力を減らせるような余裕の無い現状では、出来る限りの情報を集めて戦に臨むべきだろう。

しかし――



「現状、テッサリアは都市そのものが一つの巨大な《奈落の渦》と化しています。斥候部隊を送り込ませても、一人として戻ってはこれないでしょう」



 軽く肩を竦め、ミラの隣に座るリーゼファラスがそう言葉を口にする。

テッサリアはファルティオンの九大都市の一つであり、その規模はオリュークスにこそ及ばないものの、パルティナやクレーテと大差ないほどの大きさを持っている。

それだけの大きさを持つ都市が、丸ごと《奈落の渦》となってしまっているのだ。

当然、その内部にいる魔物の数は通常の《渦》とは比べ物にならないほどの量となっている事は想像に難くない。

そんな場所へ少人数で偵察に向かうなど、単なる自殺行為でしかないだろう。



「唯一可能性があるとすればザクロだけど……あれだけの規模である以上、《将軍ジェネラリス》がいる可能性は非常に高いわ。流石のあの子も、《将軍ジェネラリス》と鉢合わせれば無事では済まないでしょう」

「一応、カインならば正面から乗り込んでも何とかなるでしょうが……当然、蜂の巣をつつく結果になるでしょうね」



 視線を細めるミラと、軽く息を吐き出すリーゼファラス。

隠密行動に長けたザクロならば都市内部に忍び込む事も可能かもしれないが、見つかってしまった際のリスクを考えると、その行動を許可する事は出来ないだろう。

また、カインならば敵に見つかっても一人で対処する事は可能だが、一人で敵と戦い大騒ぎを起こして魔物たちを暴れさせてしまう可能性は非常に高い。



「しかし、だからと言って何の準備もなく突撃するのは下の下でしょう。敵の力は強大だ、それ相応の準備は必要となるはずです」

「それについては、あたしも同意する所だね。しかし、どうするつもりだい、リーゼファラス? こちらから相手を探る方法なんてあるのかね」



 例え情報を得る手段が無くとも、ただ敵陣へと突撃するだけでは大きな消耗をする事となってしまう。

そんな指摘をするアルゴスとケレーリアの言葉に、リーゼファラスは重々しく首肯していた。

例え好かぬ連中が仲間であるといっても、彼女たちを見捨てるような選択肢がリーゼファラスにある訳ではない。

それがジュピターからの命令である以上、遵守するのみなのだ。



「そうですね……一応、陽動を考えてはいます」

「陽動、ねぇ。別部隊で誰かが乗り込み、その間にもう一つの部隊で一気に攻め落とすってか?」

「はい。手法としてはありきたりですが、それだけに効果はあると思います。知能があるといっても所詮は魔物、猪突猛進な性質に変わりはありません」

「そう上手くはまってくれるもんかねぇ? そもそも、奇襲するにしてもこれだけの大戦力じゃ――」

「ああいえ、違います違います。攻撃を行うのは私達ですよ」



 その言葉に、他の三人はぎょっとして視線をリーゼファラスへと向けていた。

アルゴスとケレーリアは驚愕した表情で、そしてミラはどこか呆れを交えて眉根を寄せながら。

そんな反応の差に苦笑しつつも、リーゼファラスは軽く指を立てながら声を上げる。



「敵の《将軍ジェネラリス》を倒せるのは我々だけです。ケレーリア、貴方はまさか、あのメンバーで《将軍ジェネラリス》を圧倒できるなどとは考えていないでしょうね?」

「そりゃ、まあな……あのメンバー全員で戦って、ようやく何とかなるかもしれんっていう程度だ」

「相手の強さにもよりますが、その通りでしょうね。そして、貴方達が倒れれば、あの軍は瓦解します。貴方達はそれだけ、周囲からの信頼を集めすぎているのですから」

「……否定は、出来ないね」



 ファルティオンにおいては、家柄の格というものはあまり強くは意識されていない。

それよりも遥かに重要視されているのは、それぞれの契約している神霊の強力さだ。

つまり上位神霊契約者は、その他の契約者達から雲の上の存在のように認識されてしまっているのだ。

その為、上位神霊契約者が倒れてしまえば、周囲の者たちに強い動揺が広がる事となってしまう。

今回の戦場において、それはあまりにも致命的であるだろう。



「ですから、貴方達を最前線に立たせる訳には行きません。仕事は割り切りましょう……《将軍ジェネラリス》のレベルの魔物を相手にするのは、我々です」

「つまり……あたしらが大人数の軍勢で敵を威圧し、それによって現れた木っ端の魔物共を相手にする」

「そしてその間に、貴方がたは敵陣へと侵入して、出来る限り速く敵の総大将を討ち取る……そういう事ですね?」

「現状では、被害を抑えながら戦う事を優先しなければなりません。正直な話、私達がいても貴方達とは上手く連携も取れないでしょうからね」



 軽く肩を竦め、リーゼファラスはそう締めくくる。

『最強の聖女』の異名を持つリーゼファラスは、上位神霊契約者達よりも立場は上であると認識されている。

また、ミラも主神ジュピターの契約者として名が通っているために、リーゼファラスと同じように認識されているのだ。

そんな彼女達が戦場に立てば、兵士達は二人の言葉に影響を受ける事となる。

軍を指揮する能力を持たない二人からしてみれば、口出しがしづらく面倒な立場であると言えるだろう。



「幸い、この駐屯地を完成させれば、後方からの支援は容易くなります。陽動として大兵力を受け止めていたとしても、戦力を拮抗させる事は十分に可能なはずです」

「とは言え、無茶は禁物だと思うわ。相手は人間ではなく、テッサリアも最早都市ではない。敵は無尽蔵に湧いて出てくると考えた方がいいでしょうね」

「ああ、それは分かってるさね。あたしだって、敵を甘く見ちゃいない……リーゼファラス、アンタがあの星天の王と戦ってる所を見た以上、そんな甘い判断はできないよ」

「……成程、そうでしたか」



 かつて、《渦》の総大将と引き分けた記憶――自身にとっては屈辱以外の何物でもないそれに、リーゼファラスは顔を顰める。

しかしながら、《将軍ジェネラリス》の脅威を理解している人間が増える事は、彼女にとってもありがたい事であった。

リーゼファラスからすればそれほどの相手ではないが、ただの上位神霊契約者程度ではそうそう勝てる相手ではない。

現在のミラやウルカで、何とか一対一で戦えるという程度の領域であろう。



「ともあれ、軍の指揮は貴方に任せます、ケレーリア。そちらも、独自に動いて構いませんので」

「と言うと、敵が打ち止めになったらこっちから仕掛けてもいいって事かい?」

「ええ。まあ、その場合罠である確率が非常に高いと思いますがね」

「そりゃあ分かってるさ。ま、来ると分かってる罠ならどうとでもなるがね」



 不敵な笑みを浮かべてそう返すケレーリアに、リーゼファラスは僅かに口元を緩ませる。

油断をしていないのであれば問題ないと、彼女は小さく首肯を返していた。



「さて、それじゃあアンタたちはアンタたちで話を詰めといてくれ。こっちは、この将軍さんと話をしとくんでね」

「ええ、了解しました。他の上位神霊契約者達にも、話は通しておいて下さいね」

「分かってるさ。それじゃ、また後でな」



 軽く手を振るケレーリアに頷き、リーゼファラスはミラを伴って立ち上がる。

軽く会釈をするアルゴスにも返礼し、二人はそのまま踵を返してテントから離れて行った。

二人の話に興味が無いと言えば嘘になるが、あまり余計な事を考えている余裕があるわけではない。

テッサリアの奪還は勿論目的の一つではあるが、リーゼファラスの目的はあくまでもカインの記憶に関する事なのだ。



「陽動、ね。要するに、こっちは静かに攻め込む事になるのかしら?」

「ええ……ですが、貴方たちやカインがいる限り、気付かれずに進む事は不可能でしょう。あるいは、カインに別行動をさせるのも手だとは思いますが」

「そうね……あいつなら、一人でいても問題はないでしょうし」



 ただの魔物どころか、強力な《将軍ジェネラリス》にすら殺す手段がないカインだ。

放置しておいても死ぬような事はまず無いだろう。

とは言え、カインの記憶が目的である以上、放置しておく訳にも行かないのだが。



「まあ、カインには私かアウルがついている事としましょう。私としても、彼の記憶と力には興味がありますから」

「放置しておくよりはマシかしらね。よろしくお願いするわ。さて……それで、当の本人はどこに行ったのやら」



 呟き、ミラはぐるりと周囲を見渡す。

しかし、その視界の中に、カインの姿が映る事は無かった。











 * * * * *











「カインさん、勝手に出歩いていいんですか?」

「さあな」

「いや、さあなって……」



 駐屯地の中を歩き回り、内部の様子を確かめたカインは、その足で再び外へと出向き、周囲の散策を続けていた。

特に目的らしい目的がある訳でもない、気が向いたから行っているだけの散歩だ。

正印教会の人間でもなく、契約者でもないカインの事を呼び止めるような人間はおらず、結果として自由に動き回っていても咎められる事はなかったのだ。

むしろ、駐屯地の中にいたほうが、余計な難癖を付けられる可能性が高かっただろう。



「……何か、妙な気分だな」

「何がですか?」



 後ろをついてくるウルカの言葉に、しかしカインは言葉を返す事無くその場に立ち止まっていた。

舗装はされていない、しかし人や馬車の足で踏み固められた土の道。

《渦》の魔物が出現する事により一般の人間が使う機会は大きく減り、今では行き交う人の姿も見当たらない。

そんな場所で――



「……覚えている、気がする」

「え?」

「俺は……ここを歩いて、いたのか?」



 自分に問いかけるように、カインは延々と続く道の先を見つめる。

その方角にあるのは、北の都市たるパルティナだ。

歩いていけばどれほど掛かるかも分からない距離。何の用意もなければ、途中で野垂れ死ぬのが当然の道筋。

けれど、カインにとってみれば、生きる事は容易く死ぬ事は難しい。

何より、怠惰な生だけは認められないが故に――この道を、ただ必死に歩いていた。



「ここを行った……だが、その前に何があった? あの場所で――」



 振り返り、反対側の道の先。その先にあるのは、死の都と化したテッサリア。

その場所で、果たして何があったのか。今のカインには、その記憶は殆ど残っていない。

かの地で何を感じ、何を得て、何を失ったのか。

ただあの場所が地獄であった事を漠然と覚えているのみで、詳しい事など何も分からない。

今まではそんな事など何も気にしていなかったというのに――



(近付いてきたからか……? 確かにあれ以来、テッサリアに近付くような事は無かったが――)



 眼を凝らせば薄っすらと見える、巨大な外壁に囲まれた都市。

そこでの出来事を思い出そうとすればするほど、何かが軋むように記憶は動きを止めてしまう。

僅かに見えるのは、揺らめく白――



「……誰だ、お前は」



 記憶の彼方の相手へか、或いは自問自答なのか。

自らですら判断できぬまま、カインはただじっと、彼方に見えるテッサリアを見つめ続けていた。

まるで、己の中にある薄れた記憶と、照らし合わせているかのように。





















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