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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
4章:追憶のセレナーデ
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69:聖女の因縁











 ネレーア・クレヌコス。

上位神霊エノシガイオスと契約を結んだ聖女であり、ファルティオン中央首都オリュークスに属する上位神霊契約者。

そんな彼女は契約者達の中でも下層の人間を特に蔑視――と言うよりも敵視している人間であった。

その感情は、当然ながらカインやウルカといったジュピターの私兵に対しても向いている。



(まあ、いる事は予想してはいたが……さっさと目に留まっちまったなぁ)



 口元に笑みを浮かべ、カインは胸中でそう呟く。

肩を怒らせながら向かってくるネレーアを、動じる事もなく待ち構えながら。

オリュークス所属の上位神霊契約者である以上、この作戦に参加しているであろう事は簡単に予想が付く事であった。

以前に大神殿の前で出会った時も言い争いとなった相手なのだ、出会ってしまえば言い争いになる事など想像に難くない。



「やれやれ、俺は普通にしてるただの一般人だってのに、向こうから絡んで来るんだしなぁ」

「などと供述しており」

「くはは。さてさて、どう出てくるもんかね」



 くつくつと笑いながら、カインは寄ってくるネレーアの方へと視線を向ける。

既に視線は険悪な様子で尖っており、苛立っている事が手に取るように分かる表情であった。

とてもではないが、まともに話が通じる状況には思えない。

けれど、そんな相手の様子すらも楽しみながら、軽い調子でカインは声を上げていた。



「よう、何か用かい、聖女様」



 ひらひらと手を振りながら、斜に構えた姿勢で口元を笑みに歪め――一言で言えば馬鹿にしているとしか思えない姿勢で、カインはネレーアに対してそう声を発する。

とはいえ、その姿勢はカインが普段から行っているものであり、相手を馬鹿にする意志はそれほど強いわけではない。

そんなカインの態度も、仲間達は既に慣れて何とも思っていないのだ。

しかし――最初からカインに対して悪感情を持っているネレーアが、その笑みをどう取るかなど分かりきった答えであった。



「貴様、やはりここまで来たのか」

「随分と分かりきった事を聞くもんだな。俺はジュピターの私兵だぜ? いない訳がないだろうが」

「貴様、ジュピター様を呼び捨てで呼ぶなど、不敬にも程があるぞ!」

「別に俺はジュピターを崇めている訳でもない。それを言い出すんだったら、お前はレームノスの人間にも喧嘩を売ってくるのか?」

「彼らは神霊ヴァルカンを崇めている……貴様のような愚か者とは違う」



 敵意全開でそう口にするネレーアの言葉に、カインはただ小さく苦笑を零す。

レームノスの場合、『崇めている』というよりは『共感している』という言葉が近いだろう。

彼らは何かを作る事に対して常に情熱を持っており、同じ性質を持つヴァルカンに憧れている部分がある。

火と鍛冶の神霊、何かを作り上げる事を得意とする上位神霊。一ヶ月間彼らと行動を共にしたカインだからこそ、実感を持って頷く事が出来た。

とはいえ、そんな事を言い合っていた所で、ネレーアがカインの言葉で納得する事はありえないだろう。

初めから聞く耳を持たない相手など、まともに話をするだけ無駄だ――そう判断して、カインは口元を歪めながら声を上げた。



「ま、その辺の認識の所在はどうでもいいだろう。で、用がないんだったら俺は行くが?」

「っ……答えろ。貴様は、此度の戦いに参加するつもりか」

「当然だろう。それがなきゃ、こんな所まで来る訳がない。分かりきった事を聞くなよ、お嬢様?」



 ミラに言わせれば、そういったいちいち癇に障る言動をしなければいい話だという所なのだろう。

が、現状ここに彼女はいない。ザクロは静観を保っており、アルテアは既に離れた場所にいる。

ネレーアを止める者など、どこにもいないという状況だった。



「貴様など必要ない。この戦いは我々が成し遂げる……貴様のような者と肩を並べて戦場に立つなど、考えられん」

「それはそれは、結構なお言葉だ。ま、聞く道理はないがな」



 しかし、カインがネレーアの挑発に反応する事は無かった。

かつてであれば――強い敵を求めていた頃のカインであれば、その挑発にも嬉々として乗っていたのだろう。

けれど、今はそれに乗る理由など一切無い。ただくつくつと笑い、踵を返すだけだ。



「話はそれだけだな? 生憎と、こちらはアンタみたいに暇を持て余してる訳じゃないんでね、そろそろ行かせて貰おうか」

「っ、私を愚弄するつもりか、下郎!」

「事実だろう? 戦後の処理で忙しいはずなのに、わざわざ俺の所へと文句を付けに来てるんだから。それとも、邪魔だからって仕事を干されたのか?」

「そんな訳があるか!」



 実際の所、契約者達からすれば、ネレーアは非常に頼れる上司である。

彼女が敵視しているのはあくまでも下層の人間であり、上層の人間に対しては常に誠実で真面目だ。

ミラの性格を上層だけに当てはめた性格――と、カインはそう判断して皮肉った笑みを浮かべる。



「なら、自分の仕事を果たせよ。子供じゃねぇんだ」

「ぐ……」



 カインには果てしなく似合わないが、口にしている言葉はどこまでも正論である。

ネレーアはそれだけ責任ある立場であり、このような場所で立ち話をしていていいはずがない。

しかも、アルテアのように純粋に用事があるならばまだしも、ネレーアはただ文句を付けに来ているだけだ。

そのような行動が許されるはずもない――それは、ネレーア本人としても分かりきった事である。

しかしながら、カインから――下層の人間から正論で諭される事は、ネレーアにとっては非常に認めがたい事であった。



「……何故だ」

「あん?」

「何故、貴様などが選ばれる。あの小僧や、貴様のような下層の人間が、何故……!」

「はっ」



 半ば怨嗟のような、ネレーアの言葉。

それに対し、カインの口から零れた言葉は、単純な嘲笑であった。



「自分が選らばれなきゃおかしい、ってか?」

「違う。貴様のような下層の人間が、ジュピター様に選ばれるなど――」

「お前は上辺を、ジュピターは本質を見ている。それが答えだろう……それに前も言ったが」



 言いつつ、カインは再び正面に向き直る。

敵意を全開にして睨んできているネレーアへと向けて、笑みを消して淡々と次げるようにしながら。

――刹那、空気を震わせる圧迫感が、カインの全身より放たれていた。



「――ッ!?」

「お前か、お前の知り合いなのかは知らんがな。下層で何があったのかなんぞも知らん、俺にとっちゃどーでもいい話だ」



 カインの持つ“死”の気配。それは、あらゆる人間にとって根源的な恐怖へと直結するものだ。

ミラでさえ、あらかじめ覚悟を決めておかねば飲まれてしまうようなそれに、初見で対処できるような人間などほぼ存在しないだろう。

意志の弱い人間が目にすれば、ただそれだけで即死してしまうほどの物なのだ。

例え上位神霊契約者といえども、“死”の本能的な恐怖から逃れる術はない。



「お前に憎みたい相手がいるなら、勝手に憎めばいい。殺したいなら殺せばいい。だが、そいつらに向けてる感情を、俺に向けないで欲しい所だ。お前の殺意は質が悪すぎる」



 向けられている感情が、己に対する敵意であるかどうかなど、カインにとっては簡単に見分けられる事柄であった。

ネレーアはかつての経験の中に存在する相手を憎み続けている。

下層に対する蔑視はあくまでもその副産物であり、彼女本来の敵意であるとはいえないのだ。

故にこそつまらないと、カインはそう断ずる。強い感情は好みであるが、それが自分に向いていないのならば意味が無いのだ。

二の句が告げられないネレーアを嘲るように笑い、カインは告げる。



「ま、俺の事を憎んでくれるって言うんなら、甘んじて受けてやるぞ? 挑みたいなら来ればいい。お前はあまり面白い相手という訳でも無さそうだが、他の有象無象よりはマシだろう」



 少なくとも、プラーナを扱えるミラやウルカよりは弱い。

そう判断し、カインは軽く肩を竦めていた。

その程度の相手が己を殺せるとも考えられないが、上位神霊契約者である以上、他の者より多少は強い。

魔物の群れを相手にするよりは楽しめるだろうと、元々の戦好きな部分が、カインにそう告げさせていたのだ。

対するネレーアは、カインの身より発せられる“死”の気配と、常人には考えられないような発言に硬直し続けている。

今の今まで、彼女は考えていなかったのだ。ジュピターに選ばれた下層の人間が、一体どんな存在なのかという事を。



(こんな、化け物が、いるなんて……!)



 下層の事について短慮な面があるといっても、ネレーアは経験豊富な上位神霊契約者だ。

彼我の力の差を理解できないほど、愚かという訳ではない。

ネレーアはカインの戦っている姿を見た訳ではないが、その力の一端を理解してしまったのだ。

あまりにも大きな力の差が、そこには存在してしまっていると。

絶句したまま硬直しているネレーアの姿を見つめ、カインは軽く息を吐き出す。

ここまでやっておけば、向けられる感情が良い方向に向くにしろ悪い方向に向くにしろ、今よりはマシになっているだろうと。



「……ふむ。んじゃ、こっちはお迎えが来たようなんでな。お暇させて貰うぜ」



 “死”の力を向けてネレーアを黙らせたまま、カインはくるりと踵を返す。

そんなカインの視線の先には、走り寄ってくるウルカの姿があった。

なにやら慌てた様子であったものの、カインが踵を返したのを見た瞬間、驚いたように目を見開いて歩調を緩めていた。



「よう、小僧。どうした、そんなに慌てて?」

「いや、あの聖女の人がいたので、また絡まれて喧嘩でもしそうなのかと思ったんですが……やり過ごしたんですか?」

「ま、そんな所だな。相手してもあまり面白くも無さそうだし」

「あー……まあ、何もなかったんならいいです。さっさと離れましょう」



 コートを掴み、引っ張りながら連れて行こうとするウルカに、カインは軽く苦笑を零す。

当初はカインの事を敬遠がちだった少年も、時間が経って慣れたのか、或いは力をつけて自信を持ち始めたのか、随分と遠慮が無くなり始めていた。

カインとしても、その態度に不満を感じることはなく、引かれるままにウルカの後を付いていく。

そのままふと気になって、カインはウルカに対して問いかけていた。



「そういや、他の連中はどうした?」

「皆お仕事ですよ。ミラさんとリーゼさんはここの人と話し合いで、アウルさんはレームノスの人の方に」

「成程な。ま、俺達には縁の遠い話か」

「ま、そうですね」



 いくらジュピターの私兵といえども、軍の指揮権がある訳ではない。

助言をする事は出来るだろうが、それを聞き入れる人間がいるかどうかも分からない。

余計な事はせずに大人しくしていろ、という事なのだろう。



「んじゃ、適当に休んでるとするかね……つっても、俺達が使う所があるのかどうかって話だからな」

「あー……ファルティオンってそういう国でしたよね。しばらくレームノスにいたので忘れてましたけど」

「今更といえば今更だがな。それなら、交渉役にアウルの奴を連れて来るとするか」

「今、仕事中ですよ?」

「待ってりゃいいだろ、どっちにしろ暇なんだ」



 軽く嘆息し、レームノスの軍服を纏った人間の姿を探して視線を走らせ――カインはふと、視線を細めて動きを止めていた。

そこにいたのは、周囲に溶け込むほどに薄い気配しか持たぬ、黒髪の少年。

アルベールと名乗った、何らかの能力を持つ男の姿がそこにあった。



(……いまいち、はっきりしない能力だな。気配を消す力があるのは確かだが)



 今この時でさえ、ふと気を抜けば姿を見失ってしまうような『薄い』存在感。

しかし、それ自体が能力ではなく、副次的に現れた効果であるとカインは考えていた。

カインの持つ《永劫アイオン》で言えば、不変という性質を持っていたが故にカインの身が不死となった。

またアウルの場合、あらゆるものを断絶する《分断ディヴィディエート》を持つが故に、断ち切る前の流れを見る事が出来る。

能力には、そういった副次的な効果が現れる事があるのだ。



(あれの能力が一体何なのか、そもそも何の目的があって俺達に付いて来たのか――)



 あの存在感の薄さは、能力を利用して逃げられてしまえば決して終えなくなってしまうほどに厄介なものだ。

要求を飲まなければ、有耶無耶の内に姿を消してしまっていただろう。

だからこそ余計に、アルベールが何を考えているのか分からないという事でもあったのだが。

と、そう考えながら視線を他所へと向けていたカインに、動きが鈍った事でいぶかしんだウルカが声をかけた。



「カインさん、どうしたんですか?」

「ん、ああ……いや、何でもない。行くとするか」



 カインは軽く首を振り、再びウルカの後ろを歩き出す。

ふと先ほどの場所へ視線を向けてみれば、その場所からは既にアルベールの姿は消え去っていた。





















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