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聖女の唄う鎮魂歌  作者: Allen
4章:追憶のセレナーデ
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68:死神と聖女たち












 無数に立ち並ぶ石柱に手を触れ、カインはゆっくりと周囲を見渡す。

立ち並ぶ柱は遥か彼方まで続いており、これを成した者の技量の高さを伺う事が出来る。

一つ一つが、強い魔力と神霊の力によって構成されている石柱。

その強度は凄まじく、これだけの数があり、更に大量の魔物によって攻撃されていたにもかかわらず、一つたりとも破損していないのだ。

傷の付いているものや、若干ながら罅の入っているものもある。しかし、完全に壊れてしまったものは存在せず、白い柱は未だ魔物たちを防ぐ防波堤としてその役目を果たし続けていた。



「ケレーリア・デーメテール。成程、噂に違わぬ実力って事か」



 いくつもの戦場を戦い抜き、未だにその戦績を伸ばし続けている聖女。

カインは、彼女の実力を今現在のミラと等しいレベルであると分析していた。

純粋な神霊の力や魔力の量などでは、明らかにミラの方に軍配が上がるだろう。

更に、今のミラはプラーナを使う事で更に強力な力を行使する事が出来る。

その力は眼前に広がる戦場跡を見れば分かるように、有象無象が相手では話にならないというレベルにまで達していた。



「射程距離の延長だけでなく、至近距離まで正確に狙いをつけて撃ってる……一月の間に随分と上達したもんだ、が」



 神霊の力、敵を殲滅する力では、ミラの方が強い。

けれど――ケレーリアの方が無駄がない・・・・・。カインは、そう感じていたのだ。



(ある意味、俺とアウルの比較に似ているな。正面から試合として戦えば、あいつの方が俺よりも強い。だが、殺し合いであるならば――)



 アウルとはいえ、回避不能の大鎌までは対処できない。

戦闘術の面でアウルに劣るカインではあるが、アウルにカインを殺し切る事はできない。

逆に言えば、カインが大鎌を使わない限り、千日手となる可能性が高いという事なのだが。

ともあれ、ミラとケレーリアが正面からぶつかった場合、純粋な能力ではミラの方が強いが、戦闘の上手さや戦術面で言えばケレーリアに軍配が上がる。

更に防御にも長けているため、ミラの攻撃でもそう易々と貫く事は出来ないだろう。



「ま、以前なら興味を持っていたんだろうが……今は極上の相手を知っちまったからな」



 軽く肩を竦め、カインは口元を歪める。

これだけの実力を持つケレーリアには興味を持ってこそいたが、直接戦いたいとまでは考えていなかったのだ。

無論、機会があるならば戦う事も否とは言わないカインではあるが、積極的に挑もうとまでは考えていなかった。

とてもではないが、彼女がリーゼファラスと勝負が出来るとは思えなかったのだ。



「さて……それで、お前さんはいつまでそこで観察してるつもりだ?」

「おー……バレた」



 自らが手を触れている柱、その横へと視線を向け、カインは声を上げる。

瞬間、何もない場所から――否、その柱の影の中から、突如として少女の声が響いていた。

それと同時、柱の影はその黒さを増し、奈落のそこのごとき漆黒の空間を作り上げる。

その内側より現れたのは、眠そうな半眼を浮かべる黒衣の少女、ザクロであった。



「おひさー……」

「言うほど久しぶりって感覚でもないがな。で、何か用か? 姫さんなら向こうに行った筈だが」

「そっちは後でー。今は、貴方の仲間を観察中……」

「そうか。アウルを見る時は気をつけておくべきだな。いきなり気がついて攻撃を仕掛けてくるかも知れんぞ?」

「ほーい」



 分かっているのかいないのか、ぼんやりとした調子でザクロは頷く。

特に敵意を感じるでもなく、蔑視がある訳でもない。上層の人間にしては珍しい様子に、カインは距離感を掴みきれず、若干ながら己が困惑するのを感じていた。

どう対応したものかと、だれて影の中に寝そべっている少女の姿を見下ろす。

自称ミラの友人であるというザクロ。上位神霊プロセルピナの契約者。

能力の特殊さという面において他の追随を許さない存在であるが、本人の人格においても非常に変わった聖女である。

一体彼女が何を考えているのか、カインにはそれを察する事など出来なかった。



「観察、ねぇ」

「んー?」



 疑問符を浮かべるザクロに、カインは何でもないと、ただひらひらと手を振って返す。

その内心に浮かんでいたのは、体のいい監視であろうという考えだった。

ザクロ本人にそのつもりがあるのかどうかは読めないが、この少女が先にミラと会っていたとしたら、その可能性は十分に考えられる。

それでなくとも、リーゼファラスやミラと共に行動する下層の人間として注目を集めやすい立場にいるのだ。

ある程度警戒されるのも当然かと、カインは自嘲じみた笑みを浮かべていた。



「ま、何でもいいがな……俺は行くが、お前はまだそこにいるのか?」

「んにゃ、暇だし移動」

「ああ、そうかい」



 ならば何故ここに来たのかと胸中で突っ込み、カインは踵を返す。

そんな視界の端で、ザクロは再び影の中に潜って姿を消していたが、彼女の気配は未だに近くにある事をカインは感じ取っていた。

どうやら、付いてきているらしい。



(ふむ……まあ、別に問題はないか)



 好き好んで問題を起こそうという訳ではない。

相手から攻撃して来たならば話は別だが、今のカインにとっては上位神霊契約者も食指が動く相手ではない。

自分から戦いを挑む理由も存在しないのだ。

感じるザクロの気配を意識の片隅に追いやって、カインはゆっくりと駐屯地の方へ進んで行った。

周囲には負傷者の搬送や壊れた柵の撤去などで動いている兵士達が多く、戦闘後の慌しい気配が漂っている。

しかし、あれだけの規模の魔物が押し寄せたにもかかわらず、死傷者の数はかなり少ない様子であった。



(ケレーリア・デーメテールの対処が早かったおかげか。それと……)



 カインはちらりと、視界の端に映った姿のほうへと視線を向ける。

視線の先にいるのは、担架に乗せられた兵士の横で、何らかの能力を行使している女性だった。

長大な弓を背負う彼女は、白い紙に包まれた薬と思われる粉末に己が力を込め、怪我人へと与えている。



(上位神霊ディアーナの契約者。確か、クレーテのアルテア・フィニクスだったか?)



 良く効く傷薬を生み出し、出来る限り犠牲を少なく勝利を収めるアルテア。

夜間の戦闘をたった一人で全て受け入れるザクロとは違うが、戦線を維持する上で効果的な方法の一つであると言えた。

純粋なる治癒能力とは異なるが、人を癒す力を持つ優しき聖女の一人。

そんなアルテアの視線が、ふと彼女を観察していたカインの視線とかち合った。

ボロボロの黒衣を纏ったカインの姿に、アルテアは一瞬ぎょっとしたように硬直する。

が、すぐにカインが何者であるか気付いたのか、数秒ほど逡巡するような様子を見せ、それから意を決したように立ち上がった。

そのままゆっくりと近づいてくる彼女の姿に、カインは少しだけ視線を細めながら待ち構えていた。



「済みません。貴方がカイン様でよろしいでしょうか?」

「……ほう?」

「あ……人違いだったでしょうか?」

「ああいや、違う違う。上層の人間が俺なんぞを様付けで呼んでくるとは思わんかったからな……アンタの言うとおり、俺がカインだ」

「そうでしたか。では改めまして……わたくしはアルテア・フィニクスと申します。先日は、本当にお世話になりました」



 そう口にして、アルテアは深々と頭を下げる。

そんな彼女の仕草に、面食らったのはカインの方であった。



「おいおい、クレーテの防衛は雇われて仕事をしただけだぞ? こちらは契約を果たしただけに過ぎん」

「それでも、貴方が《将軍ジェネラリス》を討った事はミラ様から聞いた以上、貴方の事を無視する事は出来ません。あなたのおかげでクレーテが救われたのは事実なのですから」

「また無茶な事を言う聖女様だな。俺がいなくても、リーゼファラスが何とかしただろう」

「ええ……ですが、実際に討ったのは貴方です。ならば、貴方に礼を言うのが筋というものでしょう」



 見た目にそぐわぬ実に頑固な物言いに、カインは思わず苦笑を零していた。

上位神霊契約者らしい、実に頑固な人間である。

一度決めた事を曲げないその実直さは、カインとしても好感が持てる要素であったが。



「はぁ……分かったよ、あんたの礼を受け取ろう」

「はい、ありがとうございます」

「ま、何だっていいがな。ところで、アンタも戦場に出るのか?」



 今回の場合、神霊ディアーナはあまり戦力を発揮できない戦場である可能性が高い。

弓と医術の上位神霊たるディアーナは、木々のある場所でなければその真価を発揮できないのだ。

無論、例え平原であったとしても放たれる矢は強力なものであるが、その他の神霊と比較すれば力不足は否めない。

そして今回の場合、向かう場所は一つの都市なのだ。多くの木々がある場所など、あまり望む事は出来ないだろう。

つまるところ、今回の戦場はアルテアが真価を発揮できる場所ではないのだ。

そしてそんなカインの懸念どおり、アルテアは苦笑交じりに首を横に振る。



「いいえ、わたくしは後方部隊の援護に回ることでしょう。レームノスの方々のおかげで、輸送の護衛までは回らなくてよくなりましたので、多少は楽になったとは思いますが」

「いいのか、他国にそこを完全に任せちまって?」

「完全に、という訳ではありません。ある程度力のある契約者も何人かそちらに回しておりますよ」

「そうかい。ま、その辺は俺には関係のない話だがな」



 皮肉気に口元を歪め、カインはひらひらと手を振ってそう口にする。

事実、カインにとってはあまり興味の持てない事柄であった。

国同士の問題などあまり興味も無く、愛国心と呼べる感情も持ってはいない。

そんなカインからすれば、至極どうでもいい話でしかなかったのだ。

そして、そんなカインの言葉に対し、アルテアもまた苦笑を零して声を上げる。



「ええ、貴方は戦いに集中して下さい、カイン様。貴方がたが後顧の憂いなく戦えるようにする事が、わたくしの仕事です」

「ああ、そうさせて貰おう。それじゃあな」

「はい、それでは」



 軽く手を上げて別れを告げると、カインはそのまま踵を返して駐屯地の内部へと向かっていった。

そんな彼の背中に、影の中から声が響く。



「嫌われ気味?」

「む……お前、良く気付いたな。あの聖女様は随分と上手く隠してたと思うが」

「アルテアは、律儀。それに、大人。嫌いでも笑顔で対応ぐらい、朝飯前」



 ザクロの言葉に、カインは小さくくつくつと笑う。

以前の礼を口にし、自身の現状について笑顔で対応して見せたアルテア・フィニクス。

しかしカインは、その瞳の奥にある、探るような視線を敏感に察知していた。

嫌われている――というよりは、警戒されていると言うべきであろう。

何処の誰とも知れぬ人間であり、そのくせジュピターと直接面会する事のできる人物。

性格や人格も決して褒められたものではなく、むしろ警戒を絶やしてはならない人物であると言えるだろう。

アルテアの持っている負の感情も、当然といえば当然だ。



「律儀、か。成程な、確かに正確な表現だ」



 しかしそんな感情とは関係なく、彼女は己が護るべき都市を救って貰った恩を忘れてはいなかったのだ。

故に彼女は、感情を抜きにしてカインに対して頭を下げた。

その姿勢を好ましく感じ、カインは軽く笑みを浮かべる。



「少しは見習ってもらいたいものだよなぁ」

「ねー」



 同意を求めるように足元の影に声をかけつつ、カインはちらりと視線を横へ向ける。

――その先に、肩を怒らせながら近寄ってくる、長く蒼い髪を持った槍の女騎士の姿があった。





















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