06:戦線
クレーテの東門から外に出て、続く街道へと足を踏み出してゆく。
そんな中で、隣から発せられた声にカインは振り向いた。
「……良かったんですか?」
「あ? 何がだ?」
「いえ、僕に付き合うみたいな形で前線まで出てきてしまって……いくら何でも、3000は多すぎます。契約の力も無しにそれは――」
「あーあー、問題ねぇよ」
そんなウルカの言葉に対し、カインはがりがりと頭を掻きながら声を上げる。
前方に視線を向ければ、まだ距離はあるものの、黒い大群がこちらへと近付いてきているのが見て取れた。
中には巨大なものも存在し、距離がある今では、それらは一つの巨大な塊にすら見えてしまう。
遠雷のように地響きが足元に伝わり、けれどその圧倒的な物量に対して、カインは一切の恐怖を抱いていなかった。
「言っただろ、俺はそれなりの数の戦場を潜り抜けてきてるんだよ。これぐらいなら大した事はねぇ」
「けど、貴方はさっき『死に場所を求めている』って――」
「ああ、『相応しい死に場所』、な。あんなゴミの群れを相手に死ぬ事が相応しいとは、まず思わねぇよ」
「そうだぜ、坊主。このバカはなぁ、生き残る事に関しては最強なんだなぁ、これが」
背後からかかった声に、二人は振り返る。
そこにたっていたのは、一人の女性を連れた大柄な男だった。
僅かに灰色の混じった刈上げの髪と、鍛え抜かれた肉体。その肩に担がれているのは、大型の魔力銃。
それに付き添う女性もそれなりに背が高く、短めの髪とその手に下げられた箱のような魔力銃が印象的であった。
傭兵隊の隊長と副隊長、ガンツとソフィーア。この前線の場に出てきた下層の傭兵は、この面子が全てであった。
「よう、カイン。テメェ、やっぱり生きてやがったか」
「そっちこそな。上手く逃げおおせたみたいじゃねぇか」
「まぁな。テメェが殿を引き受けてくれたおかげだぜ、礼を言っとく」
「なら、美味い飯と酒を奢ってもらおうか」
「それぐらいはお返ししないと、こっちも仁義に反するってものだしね。後で用意しとくわよ」
気安く話しかけてくる二人に、カインもまた同じような調子で返す。
ガンツ傭兵隊は、下層出身の傭兵たちの中でもトップクラスの練度を誇る面々だ。
彼らの強みは何よりも、己の弱さを知る隊長の強さだと言っていい。
ガンツは、戦場において決して無理をしない。限界を正確に見極め、撤退を決めるのだ。
だからこそ、こうして長い間生き残っている。
ちなみにその強かさは、ソフィーアによって支えられている面も大きい。彼女は、戦場に出る際に雇用契約を大切にするのだ。
無茶な契約は絶対にしない、それが彼女の信条である。
――カインとは、正反対な人種であると言えた。
「えっと、貴方がたは……」
「おう、さっきのお嬢さんの前でも名乗ったが、俺はガンツでこっちがソフィーアだ。よろしくな、坊主」
「あ、はい。僕はウルカといいます」
「がっはっは! また随分と礼儀正しいじゃねぇか、だがバカを黙らせる力はある、と。どうだ坊主、俺の傭兵隊に入るか?」
「え、えっと……」
「ガンツ、今は勧誘してる場合じゃないでしょう」
笑いながら迫ってくるガンツの圧力に、ウルカは思わず一歩下がる。
巨大な髭面は、それ相応に威圧感があるのだ。
いくら舐められたら終わりな下層とは言え、強面の男が接近してきたら誰でも一歩下がる。
そんな彼を諌めたソフィーアは一度嘆息すると、改めてウルカへと声をかけた。
「ともあれ、貴方の言葉は中々嬉しいものだったわ。後で勧誘はさせてもらうと思うわよ」
「あ、あはは……ありがとうございます」
「子供らしい対抗意識とは言え、きっちりとした主張があったんだからな。中々見物だったぞ。まあ、アレだけの啖呵を切ったんだ、存分に活躍も見せて貰わんとな」
「はい、それは十分に」
頷き、ウルカは視線を戻す。
押し寄せてくる《奈落の渦》の魔物たちは、あまりにも膨大すぎる量を誇っている。
その様は、黒い津波のようですらあった。
強い力を持つウルカでも、それに対して恐怖を感じずにはいられない。
けれど――
(証明するんだ。下層は、上層に劣らない……住んでる場所なんかで、勝手に決め付けさせたりしない)
拳を握り締め、真っ向から見据える。
例え子供らしいと言われようと、下らないと言われようと、上層に対する恨みこそがウルカを支えてきたものなのだ。
今この場所こそが、自分の力を証明するのに最も優れた場所。
ならば、今自分たちの斜め前に整列し、武器を構えている面々よりも多くの敵を仕留める。
それこそが己のすべき事だと、ウルカは自分に言い聞かせた。
「後衛、構え! まずは一当て、それで敵の足並みを崩しなさい! その後、前衛は突撃よ!」
黒い波は、凄まじい速さで押し寄せてくる。対するミラの言葉は、強く、鋭い。
そしてそれに呼応するかのように、カインやウルカが立っている場所の後方からへ、一斉に魔力が収束し始めた。
後衛に布陣する者達が、まずは押し寄せる《渦》へと攻撃し、僅かに動きが止まった所で前衛が抑える。
後は時間稼ぎ――『ケラウノス』たるミラが、存分にその力を発揮するための時間を稼ぐ。
「さぁて、んじゃァ一丁やりますかね」
「いざとなったらお前を囮に逃げるからな、カイン。任せたぜ」
相も変わらず、戦場慣れした者たちに緊張感は無い。
けれど、既に彼らの戦闘準備は万全だった。
カインの右手には漆黒のファルクスが、そして左手には銀色の魔力銃が。
防具も纏わず、両手にはあまり大きいとは言えない武器。その姿は、酷く頼りなく見えるだろう。
けれど、カインは、ただただ不敵に笑う。
そして――――
「――放てぇッ!!」
ミラの号令と共に、ありとあらゆる力が、そして長距離攻撃用の魔力銃が、一斉に火を吹いた。
それらが頭上を通り抜けてゆく中、カインは一気に踏み切り、敵へと向かって駆け出してゆく。
漆黒の風と化した彼は上層の舞台を一気に抜き去り――
「契約行使――《ヴァルカン》ッ!」
――その隣に、一人の少年が並んだ。
神霊契約によって得られる力は主に三つ。身体強化と霊的装甲、そしてそれぞれの神霊が持つ特殊な力だ。
それらの強度は全て神霊の力によって左右されるものであり、上位神霊と契約するウルカが持つ力は、それ相応に強いものだ。
そして火と鍛冶の神霊であるヴァルカンの持つ力は、彼の作り出した強力な武具を召喚する事。
ウルカの両手に現れたのは、その力によってもたらされた武器だ。
「へぇ」
それを横目に見て、カインは唇を歪める。
先ほども目にしてはいたが、今回ウルカが呼び出したのは、同じものを二つ――まったく同じ形状をした、二振りの刃であった。
柄が長く厚めの刃を持つそれは、年若い少年が持つにはあまりにも巨大なものだ。
しかし、彼はそれを小枝か何かのように軽々と振るって構えながら、カインの横を併走する。
そしてその直後、後衛の放った攻撃が《奈落の渦》の魔物に直撃した。
『GYIIiiiiiiiiiii―――――!!』
巨大な衝撃と共に、紙くずの様に《兵士》が吹き飛んでゆく。
発せられた悲鳴は非常に大きく、その音にカインは笑みを浮かべる。
そして――
「吹き、飛べッ!!」
ウルカの振り下ろした二刀と共に、炎を纏う衝撃波が迸り、《渦》の魔物たちに追撃をかける。
ジュピターにこそ及ばぬとは言え、上位神霊たるヴァルカンの持つ力は強大だ。
連続して巻き起こった二つの破壊によって、魔物たちの動きは一時的とは言え鈍る。
その群れの中へと、カインは踊りかかった。
「はははははははッ!」
見渡す限りの敵、何をしても攻撃が敵に命中する。
それを愉快に思いながら、カインは刃を振るい、目の前にいた《兵士》の足の片側を全て切断した。
漆黒のファルクスは、その見た目にそぐわぬ凄まじい切れ味で、まるでバターに熱したナイフを当てるかのごとく、魔物たちを容易に斬り裂いてゆく。
けれど、敵の数は多い。当たれば楽に敵を倒せるとは言え、見渡す限りに敵がいるのだ。
敵を倒している間に、そのほかの敵が一斉に殺到してくるほどに。
「カインさん!」
「人の心配なんかしてんなよ、坊主!」
けれど、カインの武器は一つではない。
殺到してくる魔物の群れへ、彼は適当に狙いを定めて左の銃を撃ち放った。
規格外の口径と連射速度、人間が扱いうる領域を遥かに超えているはずのそれを、カインは左腕一本で軽々と操る。
放たれる弾丸は、一発一発が頑丈な魔物たちの甲殻を貫き、内部へと致命的なダメージを与えていた。
近付く敵を剣で斬り裂き、届かぬ敵へ弾丸をばら撒く――カインの戦法は、単純明快なものだ。
「テメェは出来る限りの敵を倒せ! テメェの目的はそれだろう!」
「っ、はい!」
勢いよく返事をし、ウルカは両手を払うように剣を振るう。
迸る炎と共に周囲の魔物を吹き飛ばすと、彼は片方の剣を峰に持ち替え、双剣の柄尻同士を結合させた。
元々長い柄を持っていたヴァルカンの剣は、連結させる事でダブルセイバーと化す。
扱いづらい形態にもかかわらず、ウルカはそれを大きく旋回させ、構えた。
「おおおおおおッ!」
突き、そして払い。それと共に反対側の刃が翻り、並み居る敵を斬り裂いてゆく。
剣はその切っ先から炎を発し、大きく旋回する事で、ウルカを中心とする炎の円環を作り上げていた。
鋭い刃は敵を斬り裂き、発する炎は敵を焼き尽くす。
鎧袖一触、上位神霊との契約者たるウルカにとって、《兵士》程度は一山いくら程度の相手でしかない。
だが――
「カインさん! 《重装兵》、来ます!」
「ああ、どこにいたって見えるさあのデカブツ!」
体高およそ五メートル、六本足のそれは、カブトムシと呼ばれる昆虫に良く似た姿をしていた。
ただしその角は三本あり、先端は槍のように鋭く尖っている。
移動速度はそれ程速くないものの、甲殻の頑丈さとその大きさは《兵士》とは比較にならない。
分厚いその甲殻は厚さのみで五十センチ近くあり、通常の武器ではまず相手にならない。
重量もかなりのものであり、《重装兵》一体の突撃で、砦の外壁を容易く破壊してしまうほどだ。
非契約者が《兵士》を相手に出来たとしても、《重装兵》を相手にする事は不可能である。
「よっと」
その巨体に対し、カインは左の銃口を向ける。
放たれる弾丸は《重装兵》の頭部に一点集中し、その甲殻を少しずつ穿ってゆく。
その間、周囲にいる《兵士》達はウルカが相手をし――そして、《重装兵》がギリギリまで接近したところで、カインは銃撃を止める。
その頭部に穴は開いているものの、未だ《重装兵》はダメージを受けた様子は無い。
けれど――
「小僧!」
「はい!」
カインの声に応えるように、ウルカは跳躍する。
そして《重装兵》の角の一本に飛び乗ると、彼はそのまま敵へと向けて駆け出した。
刃は再び分離させ、二刀を突きの体勢で構えて角の上を駆け抜ける。
鈍重な《重装兵》が反応する、その前に。
「貫けぇぇぇええッ!」
裂帛の気合と共に放たれたウルカの突きは、薄くなった《重装兵》の甲殻を貫き、その奥で炎を炸裂させた。
傷口から炎が吹き上がるが、ヴァルカンの炎がウルカ自身を傷つける事は無い。
内部から焼き尽くされた《重装兵》はその動きを止め――大きく、上空へと持ち上げられた。
「う、わあ!?」
突き刺した剣を抜いていなかったウルカは逃れる事が出来ずに、そのまま一緒に持ち上げられる。
それを成したのは、先程とは別の《重装兵》であった。
《重装兵》の数は《兵士》十体につき一体ほど。
動きが鈍重だからこそ今まで数が少なかったが、後になればなるほど多くなってしまうのだ。
ウルカはそのまま放り投げられては堪らないと、剣を支えに何とか足を着き、剣を抜いて跳躍する。
《重装兵》の死体はそれとほぼ同時に放り投げられ――もう一体の《重装兵》は、その角の切っ先を空中のウルカへと向けた。
「串刺しにするつもりか……けど!」
高熱を放つヴァルカンの剣は、それだけで《重装兵》の甲殻を傷つけられる。
危険ではあるが、もう一体倒すチャンスでもあるのだ。
そう思い、ウルカは剣を構えて――
「――ふう、やっと追いつきました」
――グラス同士を鳴らしたような澄んだ音と共に、《重装兵》の角が地面に落ちた。
「な――!?」
否、それだけではない。
外殻も、足も、その身体が全て、破片となって崩れ落ちたのだ。
バラバラになった《重装兵》の死体、その中心に立つのは――メイド服を着た、一人の少女。
その隣に着地しながら、ウルカは彼女――アウルの姿を見上げる。
彼女が両手に持つのは大型のナイフ。だが、そんな武器で《重装兵》を解体するのは不可能だろう。
訝しげにウルカが見つめていると、アウルはにっこりと笑みを浮かべながら声を上げた。
「おかげさまで順調です。あと少しだけ前線の維持をお願いします。後続も追いついたようですし、ね」
「……あの時のメイド、か」
「リーゼファラス様の従者、アウルです」
彼女の姿に、カインは視線を細めながら呟く。
対するアウルは、あくまでもにこやかな表情であった。
戦場にはあまりに似合わぬその姿に、カインは僅かに笑みを浮かべる。
その姿とは裏腹に、彼女にこびり付いた血の臭いはあまりにも濃い。
「ははっ! いいな、役に立てよ」
「はい、承りました」
「……もう少し、ですね」
背後から近寄ってくる味方の気配と、目の前に存在している無数の敵。
それらの中間に立ちながら、カイン達は戦いが佳境に入ってきた事を感じるのだった。