65:車での行軍
「この光景って、世界初なんじゃないですかね?」
「ええ、まず間違いなくそうでしょうね……戦時中とはいえ、技術の進歩とは大したものです」
《エリクトニオス》の窓から身を乗り出して外を見つめるウルカの言葉に、更に後ろの座席に座っていたリーゼファラスが首肯する。
窓の外に広がっているのは、多くの魔力自動車が二列になって走行している光景だ。
レームノスから派遣された軍勢、人数にすればおよそ300人程度。
国が救援として派遣する軍としては、かなり人数は少ないものであろう。
しかしながら、有している装備は間違いなく世界最新と言っても過言ではないものだった。
「私からすれば魔力機関車も驚きでしたが……中々に便利な代物ですね」
「古いものは淘汰されていく。ま、当然と言えば当然の事だ」
リーゼファラスの言葉に、運転席のカインが頷く。
見た目以上に年月を重ねているリーゼファラスと言えど、その年の総数は未だ人間の領域だ。
彼女からすれば、驚くほどの速さで技術が進んでいったようにも感じられるだろう。
契約の力に特化したファルティオンと、技術の力に特化したレームノスという差もあるが、この発展スピードは間違いなく速い。
そしてそういった技術の進化は、リーゼファラスにとっても好ましいものであった。
「いずれ、契約の力……魔力の強弱では戦闘が左右されない時代が来るのでしょう。資質に頼らぬ兵器である事こそが重要なのでしょうから」
「……一応だけど、聖女なんて呼ばれてる人間の言葉じゃないわよ、リーゼ」
「勝手に呼ばれているだけですからね」
神霊を蔑ろにするような発言を流石に聞きとがめ、青い顔をしたミラが呻くように声を上げる。
例によって、乗り物酔いによるグロッキー状態であった。
相変わらず慣れる様子のない彼女に苦笑しながら、リーゼファラスは改めて声を上げる。
「まあ、貴方ほどの上位神霊契約者であれば、戦場を左右する事も可能だとは思いますが……ただの契約者程度では、武器を持った大量の軍勢には叶わないでしょう」
「それは……そう、ね」
「上層と下層の逆転とまでは言いません。しかし、その境は徐々に失われていく事でしょう……楽しみですね、ウルカ?」
「う……返答しづらいから僕に振らないでくださいよ」
ミラの横でどう答えたものかも分からず、ウルカはリーゼファラスの問いに対してそう答える。
しかしながら、それは間違いなくウルカの望みとも言える内容であった。
上層に比べて、下層の人間の数は――非契約者の数は明らかに多い。
彼らは力を持たぬからこそ、下層に追いやられてしまっているのだ。
しかしながら、協力で量産可能な兵器が次々と開発されていけば、非契約者を有用な戦力として数える事が出来るようになるだろう。
無論、契約者が無用になる訳ではない。新たな技術を受け入れられれば、兵器と契約の力を合わせた新たなる戦い方が生まれるだろう。
だが、上層と下層の間にある隔たりは、限りなく狭まるはずだ。
「……でも、その方が望ましいのかもしれないわね」
「え?」
「今のままっていうのは……多分、駄目なんだと思うわ。そう思えるようになった」
それだけ口にして吐き気がぶり返してきたのか、ミラは大きく息を吐いて窓の近くに寄る。
外から舞い込んでくる風を浴びている彼女の姿に、ウルカは何も口に出来ずただぼんやりとその姿を見つめていた。
どのような心境の変化があったのか、ウルカには全く分からない。
けれど、ミラの纏う雰囲気がいつの間にか柔らかくなっていた事には、数日前から気がついていた。
(何て言うか……切羽詰ってない? 余裕が出来た、っていう感じなのかな)
窓の外を見つめるミラの横顔をぼんやりと眺めながら、ウルカは胸中でそう呟く。
不思議に思いながらも、ウルカはそれを好意的に受け止めていた。
と言うのも、こうなってからのミラはウルカに対してより積極的に話しかけてくるようになったからだ。
無論、度を越えて話しかけてくるという訳ではない。
ウルカからすると、どちらかと言えば、遠慮がなくなったといった印象であった。
(僕の事、あんまり子供扱いする事も無くなってきたし……まあ、仲良くしてくれる分には文句もないか)
ウルカとしても、ミラ・ロズィーアという人物は好意的に捉えている人間の一人である。
と言うよりも、上層の人間の中では最も信頼している人物であると言えるだろう。
リーゼファラスやアウルも信頼していないわけではないのだが、尊敬できる人間であるかどうかと問われればそれはまた別の問題である。
ともあれ、ウルカにとってミラは尊敬も出来る貴重な人間であり、この仲間メンバーの中でも特に懐いている相手であった。
故にこそ、ミラの変化はウルカにとって好ましいものだったのだ。
(ミラさんの事だし、国の将来を考えてさっきみたいな事を言ったんだろうけど……)
そんなミラの言葉だからこそ、ウルカは好意的にそれを捉えていた。
本来、上層の人間がそんな言葉を口にした所で、全く信じなかった筈なのに。
ウルカもまた、ミラに触れる事で価値観が変化し始めていたのだ。
「……やっぱり、嬉しいかな」
小さな声は、車の駆動音の中に紛れて消える。
しかし、運転席から車内を見渡すためについている小さな鏡には、笑みの形に歪むカインの口元が映っていた。
彼はそれを気づかれぬ内に消し去ると、軽く視線を横に動かし前方を走る車を見つめる。
カインたちは軍勢の先頭付近を走っていたが、それ以外にもう一台、斥候として前を進む車が存在していたのだ。
《奈落の渦》の魔物達が現れた際、早急に対応するための偵察部隊。
それ以外は、ほぼ大半が輸送車と呼ばれる兵士運搬用の大型車両だったのだ。
唯一量産化の行われている魔力自動車であり、多くの人間を素早く輸送するという点に関して非常に優れた機体である。
「さて、姫さんよ。もうじき目的地に着く筈なんだが……到着後の事に関して聞いてもいいか?」
「ぅう、それは……ごめんなさい、アウル、頼める?」
「あ、はい。承りました」
口を開こうとして吐き気に襲われたのか、ミラは青い顔のまま仕事をアウルへと明け渡す。
若干苦笑交じりの表情を浮かべたアウルは、視線でリーゼファラスの許可を取ってから頷いて話し始めた。
「目的地についてからは、まず現地の戦力との合流を行います。ただ、資材を運んでいる方達は、その運び込みを優先ですね。私たちの仕事は、まず現地の指揮官……確か、ケレーリア・デーメテール様でしたね。彼女に会う事です」
「ほう……あのケレーリアとはな」
「あれ、カインさん知ってるんですか?」
「ま、それなりに有名な女だからな」
ウルカの問いに、カインは軽く肩を竦めながらそう答える。
ケレーリア・デーメテール――堅牢なる上位神霊契約者、鉄壁のケレーリア。
その戦績は、戦場を渡り歩き様々な傭兵と言葉や酒を交わしてきたカインには、よく耳にする事であったのだ。
直接会った事こそないものの、その実力は常々耳にするほどのものだ。
先の見えぬ今回の戦においても、彼女の実力は十二分に発揮される事だろう。
「とにかく、まずはケレーリア様と合流し、作戦の詳しい内容について協議を行います」
「あらかじめこっちの情報は渡ってるんじゃないのか?」
「あくまでも書面上だけの話ですからね。特にレームノスの戦力は、直接見なければ分からないようなものが多いですし」
「ふむ……まあ、それもそうか」
機銃のついた魔力自動車が十数台――レームノス側の戦力と明言できるのはその程度だ。
無論、機動力と火力を考えれば十二分に強力な兵器であるのだが、その力をファルティオンの人間が言葉だけで理解するのは難しいだろう。
その為、現地の戦力にレームノスの力がどの程度あるのかという事を理解させる必要がある。
だが――そこで、リーゼファラスが嘆息交じりに口を挟んだ。
「とはいえ、少々面倒な話し合いになるかもしれないですがね」
「え? 面倒、ですか?」
「上位神霊契約者は総じて頭が固いですからね。新しい概念を取り入れるのが苦手なのですよ」
強い魂を持つが故、強固な意志を持つ上位神霊契約者。
それは悪く言ってしまえば、自信の固定観念に縛られがちであるという事なのだ。
常に新たなものを取り入れていくレームノスの考えとは根本的に相容れず、お世辞にも相性がいいとは言えない。
「ケレーリアは実物を目にすれば納得するでしょう。事実を認識できないほど愚かな人間ではありませんからね。しかし、風聞に縛られぬとはいえ神霊至上主義者たちの頂点……魔力銃を豆鉄砲と考えるような者達です。説得は面倒かもしれませんね」
「まあ……そりゃあ確かに、普通の魔力銃なんて大した威力はありませんけど……あの銃座の威力ってかなりありますよね?」
「あの連中は十把一絡げにそういうのを纏めちまうんだよ。ま、その辺は指揮官の強権で黙らせて、実戦で分からせた方が早いだろ」
「乱暴ではありますが、それも一理ありますね」
カインの言葉に、リーゼファラスは肩を竦めてそう返す。
通常の魔力銃は、上位神霊契約者に対してはダメージを与えられぬ程度の威力しかない。
無論、普通の人間相手には十分すぎる威力だが、現在の規格では上位神霊契約者の霊的装甲を貫く事は不可能なのだ。
しかし、魔力自動車に取り付けられた機銃――大型の魔力銃はその限りではない。
カインの持つ魔力銃と同じく、上位神霊契約者にとっても意識的に防御しなくてはならない兵器だ。
「まあ、目で見て分からぬような愚か者であれば、作戦に連れて行くつもりもありませんがね」
「お前に言われたら随分とショックを受けてくれそうだな」
「カイン様、そこで大笑いするとまた眼の敵にされますよ?」
にこやかに笑うアウルではあるが、常人の感覚からすれば、多くの上位神霊契約者に喧嘩を売るような行動など考えられたものではない。
しかしながら、カインたちはそれを平気で行うであろうと言う事が分かっており、近場で聞くウルカはひくひくと頬を引き攣らせていた。
と――ふと感じたものに、ウルカははっと顔を上げていた。
風の中、ほんの僅かに鼻腔を掠めた臭い。炎を操るウルカであるが故に、嗅ぎ慣れたもの。
それは――
「カインさん、煙の臭いが!」
「何? ……成程、厄介な事になってるようだな」
ウルカの言葉に反応し、カインは目を細める。
窓から入ってくる風に集中する事で、ようやく僅かながらにそれを感じ取る事ができたのだ。
それは確かに、カインが戦場を渡り歩く中で感じ取ってきたものと同じ臭い。
戦禍の臭いと――そう形容しても間違いではないものであった。
「おい姫さん、喋れるか?」
「ええ……何とか」
「恐らく、前を走ってる偵察の奴が、先に現地の状況を目視して連絡を入れてくるだろう。その後、こちらの全軍および現地のファルティオンの軍にも通達を行う必要がある……アンタが喋ってくれ」
「カインさん、でも今のミラさんは――」
「ぅ、っ……いいの、ありがとうウルカ。これは、私のやるべき仕事よ」
乗り物酔いは相変わらずであるが、それでも気丈に顔を上げ、深呼吸をしてからミラはそう返す。
名目上、隊のリーダーはリーゼファラスではあるが、彼女は魔力の扱いに優れているわけではない。
全軍に通達を送れるほどの高度な制御力は、ミラしか持ち合わせていないのだ。
そして、ミラ自身もそれを理解している。やらねばならない事を投げ出すなど、ミラが認められるはずもなかった。
そんな彼女の姿に、ウルカは軽く眉根を寄せながらも首肯する。
彼女の邪魔は出来ないと、そう理解していたのだ。
「でも、一体何が……」
「ま、何が起こったかなんて一つしかねぇだろうよ。問題はそっちじゃなく……どの程度かって事だ」
口元に笑みを浮かべるカインは、前方を走る斥候の遥か向こう、僅かに影が見え出した目的地へと目を細める。
何が起こっているのかなど、疑問に思うまでもない。
徐々にテッサリアに近づいてきているこの地――ならば、ここは既に危険地帯であると言っても過言ではないのだ。
故に問題は、その危険がどの程度であるのかという事だけだ。
(さて、どう出てくるか――)
カインが胸中で呟いた、その刹那――遥か前方で一条の光が奔り、一瞬遅れて轟音が鳴り響いていた。




